実況!4割打者の新井さん

わーたん

プロ野球選手になったら……。アルバイトも終わりですわね。

「えー。では、新井君からお別れの言葉を頂きましょう」



1月某日。俺はバイト先である那須塩原市内の自宅近くで5年ほどですかね。勤めていたというか、面倒を見てもらっていたパチンコ店の最後の勤務を終えた。



時刻は夜の0時ちょうど。遅番で出勤し、普段通り勤務はしていたわけですが、ホール内ですれ違う度に、スタッフとニヤケ合ったり、事務所に行くと社員さんが思い出話をしてくれたり。


何よりお客さんがね。常連のおじちゃん、おばちゃんな話掛けてくれたりして。

今日が最後なのー。と、ずいぶん長く働いていたわねー。と、野球選手になるんだって? などと、耳の早いおば様もいた。


さすがにね、みんなに黙っているのもあれだし、心配させちゃう部分もあると思うので、プロ野球選手になるので、アルバイトは卒業しますと宣言しましたわいや。


そして最後。遅番の終礼でみんなの前に立たされた俺は今まで雇ってもらったお店と一緒に働いたスタッフ達に感謝の意を込めた言葉を述べた。



このパチンコ店に勤めて5年。入れ替わりの激しい業界で、気づけば遅番メインのバイトの中では最古参。



社員になれ。社員になれと暗示を掛けられ続けてはいたけれど、最後はそれなりに惜しむようにしながら俺は別れの挨拶を述べた。



「えー。新井君は長い間お店を支えてくれまして、バイトリーダーという事で、みんなからの信頼も厚く、お店全体を盛り上げてくれた存在でした」



店長が俺に対する賛辞の言葉を送り、とりあえずこの場は拍手に包まれる。



そして、色紙やプレゼントを渡された。



そこには、スタッフ全員のカラフルなメッセージでいっぱいになっている。



俺はそれを受け取る間も、ずっとプロ野球選手としてやっていけるのだろうかと実はそんな風にも考えていた。



感動がないことない。



不安の方が大きい。



しかし、アルバイト歴が長かったからこそ、野球をしてお金をもらえるようになる事に、現実離れしたような感覚を覚えたりもする。



遅番で出勤する前に、通帳記入をしにいってみた俺の口座には先日、北関東ビクトリーズとの契約金であるおよそ700万円が間違いなく振り込まれていた。



色々引かれてたり、球団の判断で、寮や球団施設の利用費で半分近く引かれてはいたけど、今まで50万60万程度の貯金しかできなかった俺にしてみれば夢のような大金だ。




契約金は実質700万。年俸は300万ちょっと。





安い。支配下のプロ野球選手としては最低の最低。





そのうちのおよそ25%は税金で引かれて、12当分されて毎月25日に振り込まれるから、月給は20万弱か。





そう計算すると余計悲しい。





それでも、一括で振り込まれた契約金のおかげで、今までのアルバイト生活では考えられない金額が俺の通帳に記載されている。







これは使うしかない。







何を買ってやろうか。プロ野球選手なのに軽自動車は恥ずかしいから、ピカピカの国産車でも買ってやろうかと思ったけど、俺は両親を連れてリフォーム会社を実家に呼んだ。





今まで親孝行なんてした事なかったんだ。





契約金をはたいて、ボロ屋を立て直そうじゃないか。



今まで世話になったからね。


そう考えたら、後輩スタッフや社員、店長の前で泣きそうになったかな。

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