恋を知らない小鳥~幼馴染の愛に包まれて~

安里紬@書籍発売中

ライバルは、突然に

「今日から、企画部で働くことになった藍沢瀬里さんだ」

藍沢あいざわ瀬里せりです。よろしくお願いします」

部長の隣に立つ藍沢はふわふわパーマのかかった明るい茶色の髪を持つ、若い女性だった。

ぱっちりとした目に、艶のあるぷるんとした唇。

背は低いが、スタイルはよく、とても目を引く容姿をしている。

「来栖、いろいろ教えてやってくれ」

「わかりました」

シャンと背筋を伸ばした伶弥が軽く頭を下げると、藍沢はじっと見つめ、口元を緩めた。

その瞬間、詩陽は胸にツキンと痛みを感じた気がした。

冬も深まったある日。何の区切りでもないこの時期に、突然、藍沢は配属されてきた。

詳しい事情はわからないが、中途採用にしても不自然さがある。

誰もが怪しさを感じながらも、口にしないのは社交辞令とでも言おうか。

触れてはいけない気がする部分だからだ。




「で、藍沢さんはどんな感じ?」

夕飯を食べて、二人でお茶を飲みながらゆっくりしているところだったが、詩陽は気になっていたことを聞いてみることにした。

ソファーに座る詩陽の後ろから、包むように座っている伶弥を振り向いて見つめる。

藍沢が配属されて、今日で一週間。

もともと忙しかった伶弥は藍沢の指導のせいで、忙しさに拍車がかかってしまった。

会社では本当に必要最低限の会話しかできないし、帰りも遅くなることが増えた。

「……変わった子ね」

伶弥は上を見て、少し考えた後、ぼそっと呟いた。

「変わった子? 可愛い子、じゃなくて?」

「可愛いかしら?」

不思議そうな顔で聞き返す伶弥を見て、詩陽はホッとしたが、すぐにそんな自分に驚いた。

誰が見ても可愛らしい外見をしているし、少し見ている感じでも女の子らしくて、守ってあげたくなるような雰囲気を持っている。

あまり接していない詩陽がそう思うのだから、一番近くで見ている伶弥はもっと実感していると思っていた。

「可愛いでしょ」

あの子が可愛くなかったら、もともと可愛くない詩陽はどうなる。

伶弥はムッと口を尖らせ、そっぽ向いた詩陽を後ろからぎゅっと抱き締めた。

「詩陽より可愛い子は、この世に存在しないわ」

そう言って、伶弥はちゅっと頬にキスをした。

「甘い……!」

「えぇ!?」

がばっと立ち上がった詩陽の勢いに負け、伶弥は背もたれにぶつかった。

詩陽は振り向き、伶弥に向けて指を立てる。

「伶弥はすぐにキスしすぎ!」

本当は嫌じゃないくせに、詩陽は真っ赤な顔で目を吊り上げる。

ぽかんと口を開けていた伶弥だったが、すぐに口元を緩めて、体を起こした。

「だって、いくらしても足りないんだもの。本当はずっと繋がっていたいくらいなんだから」

「バカなの!?」

伶弥は羞恥で震える詩陽の手を取り、そこに唇を押し当てた。

「もう、キスだけでこんなになるなんて……どうしよう。食べちゃいたい」

「私は食べ物じゃない!」

詩陽の返しに、伶弥は楽しそうに笑う。

詩陽は頭の中が大噴火しているというのに。

「ほら、ここにはキスしてあげる」

伶弥はそう言って、詩陽の手を引き寄せ、服の上から下腹部にキスした。

少し顔を離した位置から、上目遣いで見つめてくる伶弥の涼し気な目元には、いつの間にか熱が籠っている。

きゅんと鳴いたのは、心臓なのか、体の芯なのか、どちらだろう。

熱くなってくるのは顔だけじゃない。

まだ何もされていないのに、奥の方から熱が広がってきて、血液を沸騰させようとでもしているみたいだ。

「エッチ!」

「知ってる」

震える唇で抗議したのに、伶弥は可笑しそうに笑うだけだ。

次はどう罵ろうかと考えている間に、伶弥の腕が詩陽の腰に回って、抱き締められた。

伶弥は詩陽の下腹部に顔を埋めている。

いつもは上にある頭が、ちょうど触りやすい位置にあって、詩陽は無意識に包み込んでいた。

「詩陽が心配するようなことはないから」

下の方から聞こえた言葉に、詩陽はドキッとした。

「べ、別に、何も心配してないから」

「そう? それなら、いいんだけど」

クスクスと笑う伶弥の頭をぽこんと叩くと、サラサラの髪が詩陽の指を擽った。

この時、詩陽は本当に何も心配していなかった。

油断していたと言ってもいいかもしれない。

会社では恐れられ、嫌われている伶弥が誰かに狙われることになるなんて、想像もしていなかった。




「来栖さん、これはどうしたらいいですか?」

デスクで企画書を作っていた詩陽の耳に、可愛らしい声が飛び込んできた。

何気なく視線を遣ると、伶弥のデスクで、伶弥と藍沢が会話をしている様子が見える。

顔を寄せ合って、一枚の紙を見ているせいか、やけに距離が近い。

二人が同時に紙から視線を上げ、見つめ合った瞬間、詩陽の胸に苦いものが広がった。

「仕事だから」

詩陽は呟き、こっそり溜息を吐く。

伶弥とまともに話をする社員は珍しい。

そのせいで気になるんだと、詩陽は思っている。

いや、思い込もうとしている。

そもそも、普通の人であれば、こうした社員同士のやりとりは当たり前のものだし、詩陽ですら男女ともに、よくやりとりしている。

二人きりという状況はないが、昼食に西村がいることもある。

伶弥が珍しすぎたのだ。

詩陽はまた顔の近づいた二人から目を逸らし、仕事を再開した。

「あの二人、ちょっと仲良すぎません?」

なんとか伶弥と藍沢を意識の外に追い出したと思ったら、隣にやって来た心葉が耳打ちをしてきた。

「そうかな?」

詩陽は敢えて視線を落としたまま、素っ気なく答える。

「だって、来栖主任があんなに丁寧に仕事を教えるなんて、ありえなくないですか?」

その言葉に、詩陽は言葉を詰まらせる。

確かに、冷たく突き放して、人の成長を促すことの多い伶弥にしては、やけに丁寧に教えている気がする。

気のせいだと思い込もうとしていたのに、他の人から見ても、同じ印象を受けるとなると、無視できなくなる。

「主任だって、教える時は教えるんだよ」

詩陽は自分の言葉に喉を絞められた気がした。

「いや、怪しいですよ。結局、主任も若い女の子がいいですね」

二十二歳だと言っていたから、詩陽よりも四歳も年下だ。

若さを比べられたら、絶対に勝てない。

「なんだかんだで、藍沢さん、可愛いですし」

ああ、本当に胸が痛い。

いちいち鋭いものが刺さってくるから、煩わしくて仕方がない。

「確かに可愛いね」

上手く返事をしなければ、と思って返してみたが、思っていた以上に低い声になってしまった。

心葉が驚いたように、詩陽を凝視している。

「いや、うん。主任も若くて可愛い子には、弱いのかもね」

詩陽は自分で自分の首を絞めているとわかっているのに、動揺を誤魔化すためだけに、余計なことを言ってしまった。

後悔したが、当然、遅い。

「ことりさん! こうなったら、二人をくっつけましょうよ!」

「はい!?」

「だって、藍沢さんとくっつけば、もしかしたら、主任も丸くなるかもしれないじゃないですか」

「いやいやいや……!」

「小鳥、香椎、うるさいぞ」

詩陽はブンブンと首を振って、拒否しようとしたが、タイミング悪く、当の本人から叱責が飛んできてしまった。

「すみません! ことりさん、今度、作戦練りましょう!」

「えっ、いや、待って」

詩陽は、満面の笑みを浮かべる心葉の腕を掴もうとしたが、残念ながら、空振りに終わった。

藍沢と伶弥の間を取り持つなんて、どんな苦行だ。

だいたい、伶弥の彼女は自分なのに。

そう思って、詩陽はガタンと椅子から立ち上がった。

「小鳥、静かにしろ」

再び伶弥の声が聞こえたが、それどころではない。

詩陽が伶弥の方を盗み見ると、既に伶弥の意識は隣の藍沢にあるようだった。

ツキンと鋭い痛みが胸を刺す。

詩陽はこれ以上二人の姿を見たくないと思い、慌ててトイレに向かった。

誰もいないトイレに駆け込み、鏡の前に立つ。

そこに映る詩陽は、不細工な顔をして泣きそうになっている。

「何が彼女よ。付き合ってないじゃない……」

結局、詩陽は伶弥との関係をはっきりさせることなく、今日まで来てしまった。

伶弥だって、好きだ好きだとは言うのに、付き合おうとは言ってこない。

やることをやっていたって、今日から彼氏彼女だと宣言しなければ、それば交際していることにならない。

「伶弥は、どういうつもりなんだろう」

そう言ったものの、そもそも詩陽は一度も気持ちを口にしていない。

返事をしていない状態のままだった。

詩陽は頭を抱えて、その場に蹲った。

返事を保留にし、普段は冷たく遇う詩陽ではなく、若くて可愛くて、素直な藍沢を選んだって不思議ではない。

「どうしよう……」

もう手遅れだろうか。

自業自得なのだから、伶弥の選択を尊重すべきかもしれない。

でも、大切な存在である伶弥を奪われるのは許せない。

詩陽はしばらくの間、悶々と出口の見えない問答を繰り返した。



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