恋を知らない小鳥~幼馴染の愛に包まれて~

安里紬@書籍発売中

遠慮するのは、もうやめる


程よく温まった体に、冷たいお茶を流し込む。

それから、詩陽はほうっと息を吐いた。

「お風呂、最高……」

一人の時も入浴時間は大切にしていたが、詩陽の自宅よりも広い浴室のお蔭か、伶弥のマンションで入る湯船の方が疲れは取れる気がする。

カフェを出た後、二人は昼食をとると、ウィンドウショッピングをして、公園を散策し、夕飯の材料を仕入れて帰ってきた。

夕飯は今年初の鍋だった。

きのこたっぷりの鍋はヘルシーで、出汁のきいた風味は詩陽の体と心を満たしてくれた。

食後はのんびりとバラエティ番組を観ながら、梨を食べ、時間に追われることなく入浴を終えた。

なんて最高な休日だろうか。

「二人だからかな」

詩陽はソファーに座り、ぼんやりと呟いた。

一人で過ごす休日は気楽で、どれだけだらけていてもいいから、嫌いではなかった。

だが、二人で過ごす休日の方が休まって、心も体も充電できる気がするから、とても不思議だ。

買い物はそれほど服に興味がないから、頻繁には行かなかったし、行っても疲れるだけだったのに、伶弥となら楽しいと思える。

疲れはするが、嫌な疲れではなく、充実感が得られる。

「今までだって、伶弥と出かけることはあったけど」

これまでだって、二人で過ごすのは楽しいと思っていたが、最近、何かが変わってきた気がする。

それが何であるか、明確な答えを見つけられないが、自分の中に起こった変化が原因であることは薄々気付いている。

「なあに? 独り言?」

背後からのんびりとした伶弥の声が聞こえ、詩陽は膝を抱えて座ったまま、ことんとソファーの背もたれに頭を置いた。

そのまま見上げると、伶弥が近くで髪を拭きながら、口元を緩めている姿が目に入った。

「モデルのオフショット」

「え?」

「何でもない」

最近、すぐに思考が声になってしまう。

気が緩みすぎかもしれない。

仕事でキリッとしている伶弥もかっこいいが、こうして気を抜いた伶弥も違ったかっこさよさがある。

どちらも知っているなんて、もしかしたら贅沢なのもかもしれない。

「眠い?」

伶弥が隣に座り、親指で詩陽の頬をスッと撫でる。

頬を覆われて、無意識に目を閉じ、すり寄っていた。

「なかなか懐かない小鳥が甘えた貴重な瞬間みたいだわ」

クスクスと笑う伶弥を、詩陽は上目遣いで睨んだ。

「甘えてないし」

「はいはい。ほら、眠くなってきたなら、先に寝る?」

「ううん。待ってる」

「じゃあ、急いで髪を乾かしてくるわ」

伶弥は詩陽の頬にキスをすると、詩陽に笑顔を見せて洗面所へ向かった。

詩陽はキスされた場所を押さえて、ソファーに転がった。

キスが当たり前になってきている。

伶弥にとってだけでなく、詩陽にとっても。

「嫌じゃない時は、受け入れたらいいのかな。拒否するのは嫌だけど、こんな風に受け入れていていいのかな」

恋愛に疎いせいで、交わし方も受け入れ方も、さっぱりわからない。

誰かも相談した方が良いかもしれない。

そう思ったものの、恋愛、それもキスのことを誰かに話すことを想像して、それだけで心臓が痛くなってきてしまった。

「みんな、どうして恋バナなんてできるの!?」

恥ずかしがることなく、楽しそうに話している女子を思い出し、詩陽はソファーの上でジタバタと暴れる。

それにしても、入浴後は心地よい気怠さがある。

考えることを放棄したくなった詩陽は、寝る前の瞑想だと言い訳をしながら、少しだけのつもりで目を閉じた。





揺れているのは、体が脳か。

詩陽ははっきりしない意識で体を動かし、見つけた枕に抱き着いた。

温かくて、少し硬い。

詩陽は頬を押し付け、いい場所を見つけるためにぐりぐりと擦ってみる。

「……試練なのか?」

近くから聞こえた低い囁き声に、詩陽の意識がふわりと浮上した。

視界よりも先に意識に割り込んできたのは、心地良いシャボンの香り。

「……ん」

「可愛くて死ぬ」

「伶ちゃん?」

「やはり殺す気か」

その言葉で、詩陽の意識はようやく完全に覚醒した。

目の前にあるのはモスグリーン色をしたパジャマ。

少し視線を上げれば、綺麗な鎖骨とすっきりしたフェイスラインが現れる。

「起きた?」

「な、何で……!?」

詩陽の顔を覗き込む伶弥と目が合って、零れんばかりに目を見開く。

腕が伶弥の体に巻き付いていることに気付き、慌てて引っ込めようとした。

それをわかっていたかのように、伶弥は詩陽の体を抱き寄せ、腰を密着させる。

隙間のなくなった体同士に、腕を離しても意味がないことを悟った。

「一緒に寝ようと思って」

「い、一緒に!?」

「遠慮するのはやめる。そうしないと掻っ攫われそうなんだもの」

伶弥はわざとらしく溜息を吐き、こつんと額を合わせる。

長い睫毛が触れてしまいそうなほどの距離に、詩陽は体を硬くした。

「何のことを言ってるの?」

「わかっていないから、余計に危険なの」

「じゃあ、教えてくれたら、気を付ける」

真っ赤な顔をして、首を振る詩陽の額に唇が押し当てられた。

「詩陽が気を付けて、解決するといいんだけど……」

そう言って、伶弥は苦笑した。

その様子に、詩陽は自分では手に負えないことだと受け入れざるを得なかった。

詩陽よりも詩陽のことをよく知る人が、難しいというのだから。

「ところで、今日は覚悟してって言ったこと、忘れた?」

そういえば、何か言っていた気がするが、何を覚悟すればいいのかわからなくて、すっかり忘れていた。

詩陽はどう返事をするのが正解かわからず、ただ首を振る。

すると、伶弥は眉を下げて笑い、詩陽の肩に顔を埋めて囁いた。

「起きなかったら、我慢するつもりだったんだけど……ねえ、私がこうして触れるのは怖い?」

「前も言ったけど、怖くない。ただ恥ずかしいから、やめて欲しいだけ」

「嫌じゃない?」

「嫌、でもない」

嫌じゃないから困っている。

伶弥以外の男性が怖くて、そのせいで恋愛に対しても、あまりいいイメージがない。

それなのに、キスなんて恋愛のど真ん中なのに、伶弥とは怖いとも嫌だと思わないから、最近、自分がわからなくなる。

「じゃあもっと触れていい?」

先程から、肩と首に伶弥の吐息がかかって熱い。

大きな手が背中を宥めるように滑っていて、胸がぎゅっと締め付けられる。

「も、もっと……?」

「そう。もっと、もっと。詩陽を独り占めしたい。男が怖いなら、オネエのままでいるから。詩陽の全部が欲しい」

伶弥は少しだけ顔を離し、ジッと見つめてきた。

真っ直ぐな瞳がかつてない程、詩陽に懇願している。

甘えている時とも、ふざけている時とも、優しくしてくれている時とも違う。

詩陽の本能を求めて、切に願っているのだ。

「詩陽に、私の全部をあげるから。とっくに詩陽のものだけど……本当の意味で、全部あげる」

「伶弥……」

詩陽だって、全く知識がないわけではない。

始めは何を求めているのかわからなかったが、流石にここまで来ると、伶弥の求めているものを理解した。

「私のこと、いらない?」

不意に、伶弥の目が泣きそうに歪み、詩陽は我に返った。

「欲しい」

反射的に出てきた言葉は、とてもシンプルでストレートなものだった。

「嬉しい」

目元を赤らめた伶弥は、ホッとした表情を見せ、詩陽に軽いキスをした。

それを合図に、伶弥のキスが次から次へと降ってきて、軽いものから深いものまで、ありとあらゆる波が詩陽を溺れさせた。

キスの合間に、息の切れた詩陽は覆いかぶさっている伶弥の首に腕を回した。

詩陽は理屈じゃなく、願うことがある。

「男の伶弥でいいよ」

もしオネエ言葉が演技なのなら、素のままの伶弥になってもらいたい。

伶弥なら男を見せられても怖くない。

むしろドキドキして、体が熱くなるから、きっと詩陽はそんな伶弥を求めているのだろう。

「我慢しなくていい。いつも我慢してくれているでしょ? 遠慮もやめるんでしょ?」

詩陽のことばかり優先してきた伶弥が、我慢をやめて、初めて欲求をぶつけてきたのだ。

これを喜ばなくて、どうする。

「詩陽、好きだ。ずっと、お前だけを見てきた」

「……うん、知ってる」

伶弥はいつも詩陽に愛情を向けてくれていた。

恋愛がわからない詩陽でも、そのくらいはなんとなく気付いていた。

ただ、本気の度合いには自信がなかったから、こうして真剣な顔で真っ直ぐ見つめられて、オネエの仮面を取り払った伶弥から聞いた言葉が、ようやく確信を与えてくれた。

「いつか……」

伶弥の呟きが途中で止まった気がしたが、詩陽はそれを聞き返すどころではなくなってしまった。

伶弥に連れて行かれた初めての世界は甘くて、熱くて、胸が苦しくなるほどの想いで溢れていた。


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