恋を知らない小鳥~幼馴染の愛に包まれて~

安里紬@書籍発売中

街中でのキスは禁止します


「いい話だった!」

詩陽は両頬を覆って、うっとりと宙を見る。

家族愛を描いた洋画で、評判通り、いや、期待以上の出来の作品だった。

派手さはないが、家族それぞれの心の揺れと絆が上手く描かれていて、詩陽は大満足である。

向かいでコーヒーの飲んでいる伶弥も満足そうな顔をしている。

「ええ、いい話だったわね」

映画好きの伶弥も楽しめたことが嬉しくて、詩陽は満面の笑みで紅茶を口に運んだ。

二人は映画鑑賞の後、近くにあるカフェに入り、余韻に浸りながら休憩することにした。

休日ということもあり、今は満席になっているが、騒がしくはなく、お互いの声も聞き取りやすい。

詩陽の好みを知り尽くしている伶弥は、詩陽好みの店を見つけてきては、詩陽を連れて行ってくれる。

出かける先に困ったことはなく、外れることも決してない。

頼もしい幼馴染である。

そうして、二人が映画について話をしている時だった。

「あ、こんにちは」

詩陽が伶弥の後ろにやって来た男性に気付き、声をかけた。

男性は伶弥の後ろの席に案内され、座ろうとしていたようだ。

男性にしては小柄であり、清潔感のある服装と物腰の柔らかさで、詩陽としては比較的接しやすい男性の部類に入る。

男性は詩陽の顔を見て、驚いたように目を見開いた後、破顔した。

「こんにちは。なんだかお久しぶりです」

男性が律義に頭を下げたため、詩陽もつられて会釈をする。

「詩陽?」

伶弥の声が説明を求めていると感じ、詩陽は伶弥に視線を戻した。

「伶弥、この方は私のマンションの向かいの家に住んでいる方なの。時々、家の前で会ったり、近くのベーカリーで会ったりして、挨拶するようになったんだ」

詩陽の紹介を聞きながら、伶弥はジッと男性を見つめた。

柔和な印象を受ける男性で、少し中性的な雰囲気もあるから、詩陽は恐怖感を抱きにくい。

甲斐かい浩史ひろしといいます」

甲斐は伶弥にも詩陽に向けた笑顔と同じものを向け、頭を下げる。

一瞬、何かを考えるような表情を見せた伶弥だったが、すぐに外向きの笑顔を見せた。

「来栖伶弥といいます」

詩陽は挨拶を交わす二人を眺め、妙な擽ったさを感じていた。

「小鳥さん、最近見かけなくなったから、心配していたんですよ」

「ちょっと、いろいろあって……今は、伶弥の家にお世話になっているんです」

「来栖さんの?」

「はい、詩陽はうちに住んでいます」

伶弥の声はプライベートだからか、優しくて穏やかだ。

でも、何かを探っているような雰囲気もあって、詩陽は首を傾げる。

詩陽が男性と会話をすることは、それほど多くない。

話しかけられたら、普通に会話をするが、自分から声をかけることはあまりないことを知っているから、伶弥は怪しんでいるのだろう。

「小鳥さん、最近カレーパンの新作が出たんですよ」

「え、本当ですか! 最近行っていなかったので、今度行きます!」

甲斐は伶弥の雰囲気に気付かなかったのか、話題はパンへと移った。

それからしばらく間、三人は世間話をしていたが、あまり長く居座るのも、という伶弥の言葉もあって、詩陽と伶弥はカフェを出ることにした。

会計を終えると、伶弥はすぐに詩陽の手を掴み、詩陽を外へ連れ出した。

その様子に余裕がない気がして、詩陽はバランスを崩しかける。

「ちょっと、伶弥!?」

前を歩く伶弥はちらりと詩陽を見ただけで、止まる気がないらしい。

いつもは詩陽に合わせて歩いてくれるのに、今は詩陽が小走りにならないといけないほどのスピードを出している。

カフェのある通りから曲がって、ようやく伶弥はスピードを緩めてくれた。

「も、もう、なんなの……」

「ごめん」

息が切れてしまっている詩陽が言葉に詰まりながら抗議すると、伶弥は眉を下げて、明らかにしゅんとしている。

そんなに反省するくらいなら、始めからゆっくり歩いてくれたらいいのに。

そう思うが、伶弥が理由もなく、詩陽のことを無視するとは思えず、謝罪よりも理由が聞きたいと思った。

駅に向かって歩きながら、詩陽は少し落ち込んだ様子の伶弥を覗き込む。

伶弥はそんな詩陽に気付くと、へらっと笑って、手を繋いでいない方の手で詩陽の頭を撫でた。

休日だからと、伶弥の手でハーフアップにされた詩陽の髪がふわふわと揺れ、背中を擽る。

セミロングだった髪は伸び、今はロングヘアと言ってもいいかもしれない。

「何かあったの?」

繋いでいる手を引くと、伶弥は笑顔を見せ、首を振る。

「別に何でもないわ」

「じゃあ、どうして? 伶弥は理由もなく、あんなに余裕がない感じにならないでしょ?」

詩陽はどんなサインも見逃さないように、伶弥の顔をジッと見つめる。

だが、目にも頬にも口元にもおかしなサインは見つけられなかった。

「私はいつも余裕なんてないわ。詩陽に関してはね」

そう言って、伶弥はさっと腰を屈め、詩陽の頬に唇をつける。

「ちょぉぉぉ」

ここは休日の街中。

多くの人が行き来しているし、伶弥の外見のせいか、人の視線を無数に感じているというのに。

詩陽は繋いでいた手を振り払って、温もりを感じた頬を覆う。

そこは、冬がすぐそこに来ているとは思えない程、熱くなっている。

「さっきまでのどこに、伶弥の余裕がなくなる要素があった!?」

「充分あったのよ。私って、かっこ悪いわね」

そう言って、大きな溜息を吐いた伶弥の背中を、詩陽は思いっきり叩いた。

「痛いわ……」

伶弥は予期していなかったせいか、詩陽の想像以上のダメージを受けたらしい。

少し涙目になって背中を擦っているところを見ると、やり過ぎたのだと後悔したが、それよりも怒りの方が勝った。

「あのね、伶弥はかっこいいからね。今だって、かっこ悪いなんて思わなかったし、むしろ、たまにはかっこ悪くてもいいんじゃないかってくらい、いつも完璧なんだよ」

「詩陽っ!」

「変態なだけで」

「詩陽……」

喜びと絶望を一瞬で味わった伶弥は目を輝かせたのも束の間、がっくりと肩を落としてしまった。

詩陽は力なくぷらんとしている伶弥の手を取って、引っ張って歩く。

大人しく着いてくることを確認しながら、詩陽は思った。

これ以上、伶弥がかっこよくなったり、完璧さに磨きがかかってしまったりしたら、手の届かないところへ行ってしまう気がする、と。

オネエ言葉はどうやら意識して使っているようだし、仕事も家事もできるのだから、優しくて頼もしい伶弥の欠点が無くなってしまう。

「伶弥はそのままがいい」

「え、変態のまま……?」

「ち、ちがう! 今のままの伶弥が」

「私が?」

詩陽は伶弥に顔を覗き込まれて、勢いよく顔を逸らした。

自分が真っ赤になっているのは見なくてもわかる。

純粋に聞き返している様子の伶弥を横目で見て、詩陽は大きく息を吐いた。

今、自分が言おうとしていた言葉。

それは『好き』というものだった。

もちろん昔から今まで、ずっと伶弥のことは幼馴染として好きだった。

それは確かなのに、今、その言葉を口にすることを躊躇ってしまった。

「これからどうしようか!?」

叫ぶ内容ではないが、思わず声が大きくなり、その上、上擦りしてしまった。

すぐに伶弥から返事がないことに怖くなり、詩陽はそっぽ向けていた視線を伶弥へと戻した。

上の方にある肩が震え、口を押さえている手も小刻みに揺れている。

「なぜ笑う!?」

「詩陽が可愛くて」

可愛いと笑うのか、と叫びたくなる。

だが、言葉を飲み込んだのは、離れたところに甲斐の姿を見たような気がしたからだ。

「甲斐さん……?」

「もうカフェを出たのかしら」

「一人だったし、おしゃべりして居座るわけじゃないもんね」

甲斐は一人でベーカリーやカフェ、パティスリーを回るのが趣味だと聞いている。

何の仕事をしているかは知らないが、もしかしたら関係のある仕事なのかもしれない。

ただ、少し違和感があったのは、甲斐が離れたところから詩陽たちを見ていたことと、詩陽が視線を遣った瞬間、目を逸らされたことだ。

「考えすぎか」

詩陽はふっと肩の力を抜き、伶弥の手を握り直した。

「久しぶりね」

伶弥の呟きに、詩陽は隣を見上げる。

伶弥は空を見上げていたようで、詩陽も視線を更に上げてみた。

最近は曇り空が多かったが、今日は久しぶりに快晴だ。

だから、大きな仕事を終えたからだけでなく、気分もいいし、開放感を感じているのだろう。

「いい天気だもんね」

「違うわ。こんなに長く手を繋いでいることよ」

伶弥は二人の手を軽く上げ、詩陽に見せた。

きゅっと握られた手は、あまりに自然で疑問にも思っていなかった。

伶弥に言われて、カフェを出てから、ずっと繋いでいたことに気付き、詩陽は慌てて話そうとした。

「詩陽が自分から繋いでくれたじゃない」

「そんなわけ……」

否定しようとして、心の中で叫ぶ。

確かに、この手は自分から握っていた。

「意識せずに繋ぐなんて、愛よねぇ」

「あい!?」

とんでもなおい言葉が出てきた。

恋という言葉さえ、未だに受け入れがたいというのに、愛だなんて。

だが、隣の伶弥は嬉しそうに頬を染めている。

少し離れたところで、女性の感嘆の溜息がいくつか聞こえた。

歩く恋愛製造機だ。

「よりデートっぽくていいわね。このまま手を繋いでいきましょう?」

全力で嫌だと言いたいのに、期待するようなキラキラした目を向けられ、詩陽は口を噤んだ。

いつも詩陽を甘やかしてばかりの伶弥のおねだりだ。

頼られたいと思っていたことを思い出し、詩陽は渋々受け入れることにした。

そもそも恥ずかしいから離して欲しいだけで、伶弥を傷付けてまで拒否したいかというと、そうではない。

そんな自分に戸惑いはあるものの、幼い頃はよく繋いでいたのだから、と軽く考えることにした。

というか、そうしないと精神衛生上、よろしくない。

「……今日だけね」

「詩陽、優しい。ありがとう」

本当に優しいのは伶弥なのに。

少し手を繋いだだけで優しいと言われるなんて、なんだか不本意である。

「……こちらこそ、ありがとう」

詩陽は囁くような声で呟く。

雑踏の音に紛れて、聞こえるはずがないと思っていたのに、伶弥はしっかり拾ってしまったらしい。

花が開いたように満面の笑みを浮かべると、詩陽の体を抱き寄せ、髪に額に頬にとキスを降らせた。

「待て待て待て……!」

「今日は覚悟していてね」

そう言った伶弥は艶美な笑みを浮かべ、人差し指で詩陽の唇に触れた。

ふるふると揺れる感覚に、背筋が共鳴するかのように震える。

何も知らなかった昔とは違い、唇にされるキスの気持ち良さを知っているせいだ。

詩陽は言葉を失い、顔を真っ赤に染め上げる。

「服の中まで赤いのかしら」

その言葉に、詩陽は伶弥の靴を踏みつけ、力任せに手を引っ張った。

手を振りほどくこともできるのに、それを考えもつかない詩陽は、いつの間にか伶弥のペースに乗せられているとは思いもしないだろう。

「街中でのキスは禁止します!」

「二人ならいいのにね」

クスクスと笑う伶弥に、羞恥で泣きそうな詩陽。

そんな幸せで平和な日常に、忍び寄る悪魔の存在。

この時に向けられた視線に気付くことができたら、未来は変えられたかもしれない。

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