恋を知らない小鳥~幼馴染の愛に包まれて~

安里紬@書籍発売中

何度でも言ってやる

「企画の成功を祝して、乾杯!」

部長の一言で、詩陽は近くにいた社員たちとグラスを合わせた。

今日は企画の打ち上げで、居酒屋に来ている。

体調が万全となった詩陽は意気揚々として参加しているが、少し離れたところに座っている伶弥はあまり乗り気ではないようだった。

嫌われ者に徹している伶弥は、飲み会の席で皆に緊張させないよう、あまり参加することがない。

楽しい場に水を差したくないという考えなのは理解できるが、詩陽としては、伶弥がそこまで自分を犠牲にしなくてもいいのにと思っている。

伶弥だって楽しいことは好きだし、本来は明るくておしゃべりなのだから、きっと飲み会の場も好きなはずだ。

今日は強引に連れてきたが、せっかくだから楽しんでもらいたいものだ。

「ことりさん、お疲れさまです」

伶弥を眺めながら、酎ハイを一口飲んだところに、向かいから声がかけられた。

「西村くんもお疲れさま。この度は、本当にお世話になりました」

ジッと見つめてくる西村の視線を避けるように、詩陽は軽く頭を下げる。

仕事を通して、気まずさは解消したものの、詩陽としてはまだ少し苦手意識が残っている。

「こちらこそ、素敵な企画に携わらせていただいて、ありがとうございました」

西村は優しい笑みを浮かべ、詩陽と同じように頭を下げた。

詩陽だって、西村のことは本当にいい子だと知っている。

実力も人気もあるのに、傲慢なところはないし、人を見下すこともない。

常に努力をしていることも知っている。

詩陽は男性恐怖症を治せなくても、なんとかして西村に対する苦手意識を解消したいと思っているが、その方法はわからないままだった。

「今日は楽しんでね」

詩陽が言うと、西村は二カッと笑い、グラスを差し出してきた。

詩陽も笑顔になり、グラスを合わせると、キンッと涼し気な音が響いた。

それから、詩陽は西村と話をしながら、料理と酒を楽しんだ。

少しずつ酔ってくると、西村に対しての意識が緩くなっていく。

麻痺し始めた思考で、チャンスかもしれないと気付いた。

酔いに任せて、少しだけ距離を近づけてみてはどうだろう。

もしかすると、普段よりも鈍くなっているから、恐怖感も不快感もあまり抱かずに済むかもしれない。

「ことりさん、顔が真っ赤ですけど大丈夫ですか?」

西村の心配そうな表情を見て、詩陽はことんと首を横に倒す。

「うん、楽しい」

「少しズレている気がしますが……」

西村は苦笑し、詩陽からグラスをそっと取り上げた。

「あっ、酷い」

「休憩した方がいいですよ。まだ、体調が万全ではないかもしれないですし」

「万全だもん。今日はたくさん飲むって決めてたの!」

詩陽は頬を膨らまし、西村を睨みつける。

目元が赤いどころか、顔が真っ赤で、体も揺れているから、誰が見ても酔っ払いなのだが、本人に自覚はない。

「もう飲んじゃダメとは言いませんから、休憩するだけです。お水をもらってきますね」

西村が立ち上がったため、詩陽も慌てて立ち上がった。

「わっ」

「こ、ことりさん! 危ないですよ」

酔っ払いの詩陽が立ち上がっても、碌なことにならない。

詩陽はバランスを崩したが、辛うじて転倒だけは避けられた。

心配した西村がテーブルを回って、詩陽の隣にやってくると、腰を屈めて顔を覗き込んできた。

いつもなら恐怖を感じるはずの距離だが、今の詩陽はそれほど怖いとは思わない。

これまで、飲み会の場でも男性が近くに来ないように気を付けていたから、酔っている状態なら大丈夫なのか、西村だから大丈夫なのかは判断できなかった。

「ことりさん?」

「私が取りに行くから、西村くんは飲んでいてください」

詩陽はうむ、と一人で頷き、ふらふらと歩き始める。

西村が吹き出す音が聞こえ、振り向くと、西村が腹を抱えて笑っていた。

ほんのり血色がよくなっていた西村の顔が赤くなっていく。

「そんなに面白いこと言った?」

「いえ、可愛いなと思っただけです」

西村が指で目尻を拭い、詩陽の隣に並んだため、詩陽は首を傾げた。

「じゃあ、一緒に行きましょうか」

「西村くんもお水が欲しいの?」

「はい」

クスクスと笑う西村を眺め、詩陽は頷く。

「それなら仕方ない」

何が仕方ないのか、よくわからないが、酔っぱらいに理屈など通じない。

そうして、二人は仲良く店員のいるところに向かった。




そこかしこで酔っ払いが笑っている中、打ち上げはお開きとなった。

詩陽は途中で休憩を挟んだことがよかったのか、前後不覚になるほどの酔い方にはならず、最後まで陽気に楽しむことができた。

「西村くん、ありがとう」

それもこれも、詩陽のペースを上手くコントロールしてくれた西村のお蔭だ。

酔った頭でもわかった詩陽は店先にいる西村に頭を下げる。

「僕も楽しかったです」

西村は頬を掻きながら、嬉しそうに笑う。

一歳しか変わらないが、どことなく可愛らしくて、弟のように思える。

今日に限ってはお世話されっぱなしだったのだが。

「西村くんは、本当に営業に向いているね」

「そうですか?」

「うん。人を楽しませるのが上手だし、お世話もしてくれるし、怖くないかも」

西村は照れた様子で聞いていたが、最後の言葉を聞き、僅かに眉間に皺を寄せた。

「やっぱり、そうなんですね」

「ん?」

「いえ、何でもないです。僕は怖くないんですか?」

「うん。今日は大丈夫」

「今日は……」

ヘラッと笑う詩陽とは違い、西村はすっかり真面目な表情になっている。

「慎重になっていてよかった……」

西村には詳しいことはわからないはずだが、詩陽の男性恐怖症を察したらしい。

独り言を聞き逃した詩陽は首を傾げた。

「これからは、攻め方を変えます」

「仕事熱心だねぇ」

詩陽は仕事の話だと勘違いし、感嘆の息を漏らす。

それを見た西村は苦笑したものの、それ以上訂正することを諦めた。

「危ないから、送りますよ」

「大丈夫だよ。タクシーで帰るし」

「じゃあ、一緒に」

そう言いかけた西村の肩に大きな手が乗った。

「方向が同じだから、俺が送っていく。向こうで西村のことを探してたから、もう行きなさい」

冷たい伶弥の声に、西村は背筋を伸ばした。だが、その目はジッと伶弥を見つめている。

「家を知っているんですか?」

「同期だからな」

「それだけですか?」

「それだけだ」

普段は柔らかい印象を受ける西村だが、目の前にいる彼はどことなく硬さを感じる。

伶弥に至っては不機嫌さ五割増しだ。

「もう、喧嘩はダメ」

「喧嘩はしていませんよ。今日は来栖主任に送ってもらってください」

西村は苦笑いを浮かべて詩陽を見ると、とても残念そうに言う。

喧嘩ではなかったことに安心した詩陽は、素直にこくんと頷き、片手を振った。

「またね」

「気を付けて帰ってくださいね」

「うん、ありがとう」

それから、西村は律義に頭を下げて、少し離れたところの集団に合流していった。

小鳥おどり

不意に上から声が降ってきて、詩陽は緩慢な動きで見上げた。

伶弥は無表情というより、眉間に皺が寄っていて怒っているように見える。

「どうしたの?」

「帰ろう」

詩陽の疑問は流され、目は逸らされてしまった。

伶弥が目を逸らすなんて珍しい。

「伶弥、怒ってる?」

「怒ってない。いいのか、皆いるけど」

主任のまま詩陽と接する伶弥が、周囲を指さしたため、詩陽も見回してみた。

確かにまだ移動していない人もいるが、どのグループからも距離は離れている。

「いいの」

酔っているせいか、『主任』に向けた接し方を煩わしく感じてしまった詩陽は、ほとんど考えることもなく、『伶弥』に返事をした。

伶弥は小さく溜息を吐いて、後頭部をわしゃわしゃと掻く。

「あーあ、ぐちゃぐちゃにして」

詩陽は咄嗟に手を伸ばして、伶弥の髪を直そうとした。

だが、髪に触れる前に手首を掴まれ、阻止されてしまった。

「もう、邪魔しないでよ」

「帰ったら触っていいから、今は我慢しろよ」

ふわふわとした思考が、なんとなく違和感を抱く。

だが、言葉にできずにいる間に、詩陽は手首を掴まれたまま、伶弥に引っ張られて歩き始めた。

「伶弥?」

「なんだよ」

「なんだろう?」

呼んでみても、返事をもらっても、何かがおかしい気がして、半歩前を歩く伶弥の横顔を見つめる。

詩陽の視線に気付かないはずはないのに、伶弥は詩陽の方を見ようともせず、ひたすら前を見て歩き続けた。

それからタクシーに揺られている間に、睡魔が詩陽を襲い、ぼんやりとしていた景色の境界線が完全に失われていった。





何かが軋む音が聞こえ、詩陽はゆっくりと目を開けた。

記憶を遡ろうとしたが、上手く頭が働いてくれないのか、いつの間に眠ったのかさえ曖昧だ。

ここはどこかと考えて、ふわふわなところに寝ていることに気付いた。

それから、目の前にいつも伶弥が使っているアクアブルーのシーツが見えるから、横向きに寝ているようだと意識すると、少しだけ現実に戻った気がした。

「起きた?」

突然、近くから聞こえた伶弥の声に驚き、詩陽は声のした後方へと顔を向けた。

伶弥は思っていた以上に近くにおり、あろうことか、詩陽の背後に横になっている。

しかも、詩陽の方に体をむけているせいで、なんだか後ろから包まれているよう泣きになる。

「……伶弥」

「うん」

「私、まだ寝てる?」

「寝てるのかも」

目が覚めたと思っていたが、伶弥が隣で寝ているの理由に見当がつかず、いまいち現実感がない。

詩陽は頬を抓ろうとして、後ろから伸びてきた手に遮られた。

手を繋ぐようにぎゅっと握られているが、痛くはないし、もちろん嫌でもない。

「伶弥の手って、こんなに大きかったっけ?」

詩陽は大きな手を目の前に持ってくると、角度を変えながら、四方八方を観察するように眺めた。

華奢に見えがちだが、間近で見ると意外とごつごつしていて、やはり女性の手とは異なる。

かさつきもなく、滑らかだから触り心地がいいし、爪が細長くて、形も綺麗だからネイルが似合うかもしれない。

伶弥は詩陽の好きなようにさせてくれていたが、不意に手が離され、気付けば後ろから抱き締められていた。

少し丸くなっていた詩陽の背にぴったりと沿うように、伶弥の体が触れている。

いつの間にか、伶弥の手が詩陽の体を捕まえていて、力が込められると、更に体が密着してしまった。

「なな、なに」

「詩陽、今日は楽しかった?」

「う、うん」

「西村と話せて、よかった?」

「そりゃ、もちろん。だって、西村くんには本当にお世話になったし」

「西村は男だよ」

「わかってるよ。急に何言ってるの?」

耳元で話す伶弥の吐息が耳殻を擽り、熱まで伝わってくる。

全身の産毛が立っていくような、ソワソワとした落ち着きないの感覚に、詩陽はもぞっと腰を動かした。

「怖くないのか……」

「え?」

ひと際小さな声で言われ、詩陽は至近距離にも関わらず、聞き逃してしまった。

だが、返事はもらえず、その代わりとばかりに肩を引かれ、仰向けにされた。

伶弥が上から覆いかぶさり、真っ直ぐ見下ろしてくる。

真っ直ぐすぎて、少し熱くて痛い。

伶弥の顔の横にある照明が眩しくて、詩陽は目を細めた。

「な、なに……?」

詩陽は状況がつかめず、恐る恐る問いかける。

伶弥の目にいつもの余裕がない気がして、不安になってくる。

「詩陽」

低い声には艶を帯びた色が乗っている。

瞳が揺れていて、その中に緊張している自分の顔が見えた。

伶弥の顔が近づいてきて、額にそっと唇が触れる。

まだ酔いが残っているのか、いつもよりも体温の高い詩陽に比べ、伶弥の唇はヒンヤリとしている。

まさか伶弥がそんなことをするとは思っていなかった詩陽は、ただ茫然と離れていった伶弥の顔を見つめた。

「見すぎ」

唇が動いたせいで、思わずそこに視線を遣ってしまった。

すると、すぐに影ができて、今度は頬に温もりを感じた。

両頬の次は、両瞼に。

鼻先に。

口の端に。

何も考えられなくなっていた詩陽だったが、唐突に伶弥の唇の行き先に気付いて、ぎゅっと目を閉じた。

「ほんと、ズルいくらい可愛い」

伶弥はクスッと笑い、愛しむように唇を合わせた。

唇同士がしっとりとくっつき、まるで終わりを惜しむかのように、なかなか離れることがなかった。

ようやく離れた時、二人の唇はぷるんと揺れ、詩陽は反射的に手の近くに置かれていた伶弥の袖をぎゅっと掴んだ。

「詩陽の男性恐怖症が治ることを願っている反面、私だけを許していて欲しいとも思う。そんな矛盾した私を、詩陽は嫌うかしら」

真剣な表情に、悲しそうな瞳。それに、不安も見え隠れしている。

「嫌うなんて、あり得ないよ」

「怖い?」

「伶弥を怖いと思ったことはない」

「それはオネエだからかもしれない」

詩陽は記憶にないほど幼い頃から隣にいる伶弥を見つめ、いろいろな伶弥を思い出す。

笑っていても、真剣な表情をしていても、悲しそうに眉を下げていても、詩陽のために怒っていても、一度も伶弥を怖いと思わなかったし、それどころか傍にいて欲しいと望んでいた。

それに、オネエ言葉になって久しいが、その前は普通の男の子だったのだ。

家族を除いて、男性で唯一人、怖くない存在が伶弥である。

「やっぱり伶弥は伶弥。オネエでも、オネエじゃなくても、私は一緒にいたいよ」

「俺はお前が好きだ。これまで何度も言ってきたけど、全部本気の想いだって、ちゃんと伝わっていたか?」

突然、言葉遣いの変わったことに驚き、詩陽は目を大きく見開いた。

すぐに少しだけ口を尖らせて、ふいっと横を向くと、伶弥の左手首に着けている腕時計が目に入り、就職した時にプレゼントしたことが蘇った。

「いつもふざけてるから、わかりにくい」

「俺にはお前だけだ。何度でも言ってやる」

「もう! 急にどうしたの!?」

恥ずかし過ぎて、詩陽は逃げ出したくなった。

聞きたいような、聞きたくないような複雑な感情が頭の中を駆け巡っている。

「西村と仲良くしているところを見たら、もう我慢できなくなった。怖くなった。いつか詩陽が俺から離れるんじゃないかって」

打ち上げの最中、ほとんど一人で飲んでいた伶弥を、詩陽も時々確認していた。

楽しそうに見えない伶弥のところへ、何度行こうと思ったかわからない。

それでも行かなかったのは、どこかで周囲に二人の距離感を見られるのが怖かったからだ。

詩陽は不安そうにしている伶弥を見た瞬間、複雑だった感情がぴたりと止まった。

ただ照れくさいだけで、詩陽にとって、伶弥の存在が揺ぎないものであることは確かだ。

それが、恋愛感情であると自覚したことは無かったし、今も正直わからない。

それでも言えることはある。

「……離れたりしないよ」

「本当?」

「本当!」

伶弥は半分やけになって叫んだ詩陽をぎゅっと抱き締め、額に頬ずりをする。

猫みたいだ。

さっきまで男らしい伶弥だったのに、結局やることは可愛いままで、自然と詩陽の口元が緩んだ。

詩陽は甘えている伶弥の髪を撫で、小さく笑う。

可愛いんだか、かっこいいんだか、よくわからない不思議な人だ。

でも、それが来栖伶弥という男であると、詩陽は理解している。

「したい」

「ななな……!?」

耳元で囁かれ、詩陽の心臓がドクンと跳ねた。

意味がわからないけど、本能が反応したようだ。

言葉にならなかった音を聞いた伶弥はくすりと笑う。

「ゆっくりするから」

「だから、何を……!」

体を起こした伶弥の目元がほんのりと赤い。

詩陽の方はとっくに真っ赤なのだから、伶弥の方が余裕があるのかもしれない。

てっきり返事をしてもらえると思っていたのに、伶弥は行動に移すことにしたらしい。

唇に感じた温もりはすぐに離れ、またすぐに戻ってくる。

何度も何度も。

その度に、唇から全身に電気が走り、詩陽は何も考えられなくなる。

頬にしたキスも顔中にされたキスも気持ちよかったが、それとは比べ物にならない。

ふわふわしているのはどちらのものだろう。

温かいのはどちらだろう。

繰り返される軽いキスをただひたすら受けていたが、不意に何かが唇を這って、詩陽の肩が震えた。

「甘い」

またすぐにでもキスできそうな距離で言われ、胸の奥が強く締め付けられた。

「怖くないか?」

心配そうな声にハッとして、詩陽は至近距離にある目を見つめる。

「怖くない」

「オネエがいいか?」

「どっちの伶弥も伶弥でしょ?」

オネエに馴染んでいると思っていたが、不思議と言葉遣いが違っても抵抗はない。

昔を知っているからかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。

「……うん」

「どっちの伶弥もいいと思うよ」

特別なことを考えるまでもない。

何か計算するほど器用でもないし、恋愛したことがない詩陽に気の利いたことは言えない。

だから、思ったままを伝えただけなのだが、伶弥の喉がごくりと動き、詩陽も思わずつられてゴクリと飲み込んだ。

「……本当に恐ろしいヤツ」

思いがけない言葉に、詩陽はムッとして口を尖らせる。

すると、そこにすかさずキスが降ってきた。

「子どものい頃からの癖だよな。怒ると口をツンって尖らせるの」

「し、知らない」

自分の知らなかった癖のことを初めて聞かされ、詩陽は隠れてしまいたいほど恥ずかしくなり、顔を逸らせた。

隠れたくても、伶弥が覆いかぶさっているせいで身動きが取れず、それが焦りとなって胸をざわつかせた。

「見る度に、キスしてやろうと思ってた」

更に聞かされた告白に、遂には詩陽の眦に涙が浮かび始める。

「嫌か?」

「ズルい!」

今、それを聞くのは卑怯だ。

嫌じゃないことなんて、詩陽のことをよく知る伶弥ならわかっているだろうに。

ただ恥ずかしくて、処理しきれなくなってきただけだ。

「知らなかったのか?」

「知らないよ!」

「じゃあ、知らないままでいろよ」

そう言って、伶弥は二ッと笑うと、これまでの余裕を捨てたような性急な様子で口を塞いだ。

わざと立てられるリップ音が耳を犯し、どこもかしこも痺れていく。

伶弥が短く息を吸った、次の瞬間、淡く開いた口が詩陽の唇を食んだ。

甘噛みされたかと思うと、宥めるように舌が這う。

それが何度も繰り返されると、全身の力が抜けて、思考は完全に溶け始めてしまった。

トロトロ、トロトロと崩れていく意識。

ふわふわと雲の上に乗っているような体の感覚。

すっかり痺れてしまった唇は、溶け合って一つになってしまったと言われても納得できる。

「詩陽?」

「……ん」

「おい、嘘だろう」

そんな言葉を最後に聞き、詩陽は夢の中へと旅立った。

「恋を知らない小鳥~幼馴染の愛に包まれて~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く