恋を知らない小鳥~幼馴染の愛に包まれて~
ドキドキ休日出勤
「夕方には帰って来るから!」
詩陽は凛とした声で告げると、苦笑している伶弥に背を向け、玄関から飛び出した。
今日、休日出勤するのは詩陽だけで、伶弥にとっては貴重な休日である。
普段、伶弥が休日出勤をし、詩陽が休日というパターンが多いが、詩陽が企画の中心となっている今、その立場が逆転した。
詩陽は、伶弥がバリバリと仕事をしている姿を見るのが好きだ。
それに比べ、自分が特別できる方でもなく、地道に仕事をするタイプであることも自覚している。
だから、伶弥が休んでいる時に、自分が仕事をする日が来るなんて、思いもしなかった。
詩陽が努力している時、伶弥はその何倍も努力していたのも知っているから、差は開くばかりだったのだ。
「ちょっと、キャリアウーマンになったみたい」
ホームに上がる階段を上りながら、詩陽はクスッと笑う。
そうして、大袈裟な自分が可笑しくて、大きな笑いになるのを堪えた。
会社には社員がほとんどおらず、企画部のフロアには詩陽一人だ。
普段は活気のある空間が静まり返っていると、少しだけ寂しくて、心細くなる。
だが、今日は週明けに行われる営業のために、最終的な調整をしておきたいのだから、気を抜いている場合ではない。
西村たち営業マンが、いよいよ関係会社を回って、今回の企画について話をしてくる。
これまででも充分準備はしてきたし、詩陽だけでなく、皆の意見が加わって、よりブラッシュアップされているのは確かだ。
それでも、詩陽は大きな企画の立案者として、絶対に成功させたいと思い、こうして一人で細部へのこだわりを見せつけにやってきた。
パソコンを立ち上げている間に、資料の山から何冊かファイルを取り出す。
それから、詩陽は集中して、丁寧に仕事を進めていった。
時計の音が耳に入らなくなっていたことに気付いたのは、目の前の書類に影ができた時だった。
「詩陽」
「びっくりした……」
顔を上げると、家でゆっくりしているはずの伶弥が立っていて、詩陽のことを見下ろしていた。
仕事の時にはスーツを隙なく着ている伶弥だが、今日は休日だからか、カジュアルな服装のまま来たようだ。
詩陽もオフィスカジュアルというには普段着に近い格好をしているから、何も言えない。
とはいえ、カジュアルな格好すらかっこよく着こなしている伶弥とは、あまり並びたくない。
「来ちゃった」
「来ちゃった、じゃないよ!」
てへっという擬音を思いだすような伶弥の様子に、詩陽は目を吊り上げた。
「退屈だったんだもの」
「せっかくの休みなんだから、仕事のことも私のことも忘れて、リフレッシュしないと! それなのに、こんなところに来ちゃうなんて」
詩陽は手元にあったファイルを拳で叩いた。
以前から、四六時中一緒にいては、伶弥も疲れるだろうと危惧していた。
だからこそ、今日はいい機会だと思ったのに、伶弥は一体、何を考えているのか。
「詩陽がいない休日なんて、休日じゃないわ」
「バカじゃないの?」
弁護士を目指していた時期があるほど有能な男が、遂におかしくなってしまった。
「ひどいわ」
そう言って、伶弥は顔を手で覆って、泣き真似をし始めた。
鬼上司として知られている伶弥のこんな姿を誰かに見られでもしたら。
想像するのも恐ろしい。
立ち上がった詩陽は上の方にある伶弥の手首を掴み、顔から引き離した。
出てきた顔には涙の欠片もなく、口元はにやけている。
詩陽は自分の口元が引きつったのがわかった。
「伶弥、今すぐ帰って」
「嫌よ」
「伶弥は仕事無いでしょ? 今の伶弥を誰かに見られたら、どうするの!?」
「どうもしないわよ」
「どうにかなっちゃうから!」
威厳やかっこよさ、謎めいた私生活など、壊れるものが多すぎる。
「私がどうにかなっちゃう方が、良くないんじゃない?」
伶弥の言葉に、詩陽は首を傾げた。
見下ろしてくる彫刻のような顔をジッと見つめてみるが、言葉が書いてあるわけでもなく、やはり詩陽は理解できなかった。
「どうにかなりそうなことがあったの?」
ふと、先日の焼き芋の夜を思い出した。
少し弱っている様子だった伶弥だ。
もしかすると、元気になったと思い込んでいただけで、ますます元気がなくなっていたのかもしれない。
「死んじゃダメ!」
「はい?」
詩陽の叫びに、伶弥は瞠目し、動きを止める。
「今は辛いかもしれない。でも、生きていたら、きっといいことがあるから! 私じゃ、何もできないかもしれないけど、一緒に美味しいご飯を食べたり、おしゃべりをしたりできるし、他にもやって欲しいことがあったら、何でもする。だから、死んじゃダメだよ」
話しているうちに、徐々に詩陽の目元は熱くなっていった。
「伶弥?」
うんともすんとも言わない伶弥の様子に、詩陽は不安になり、服を掴んだ。
掴んでいないと、どこかに消えてしまう可能性がある。
伶弥の涼し気な目がぱちりと瞬きをした。
そうして、顔を歪めた伶弥を見て、詩陽の方が本格的に泣きそうになる。
そう思ったのも束の間だった。
伶弥は素早く手を伸ばして、詩陽を抱き締めると、その髪に顔を埋めた。
「り、伶弥!? どうしたの? もう限界?」
「ええ、限界」
切なげな声に驚き、詩陽は慌てて腕の中から抜け出そうと試みた。
「逃がさない」
伶弥の声が鼓膜を擽って、ずくんと腹の奥に響いた。
「何でもしてくれるの?」
「う、うん。私にできることなら」
「ふうん」
何かを考えている雰囲気を感じ、詩陽は言葉を待った。
「じゃあ」
「わっ」
伶弥の言葉が聞こえたと同時に、詩陽は抱き上げられ、気付けばデスクに座らされていた。
目の前にある伶弥の瞳は揺れていて、真剣な表情をしている。
詩陽は事の重大さを感じ、ごくりと息を飲んだ。
「お礼をしていなかったわ」
「え? 何の?」
詩陽がお礼をしなければならないことはたくさんあるが、伶弥にお礼を言ってもらうようなことをした覚えはない。
「倍返ししてあげる」
答えになっていない返事に、詩陽は口を尖らせた。
時々、伶弥は言葉が足りなかったり、会話が飛んだりする。
それは昔からそうだから、慣れてはいるが、ついていけないことは面白くない。
いつの間にか近づいていた伶弥の人差し指が、詩陽の桃色の唇にちょんと触れた。
伶弥に言われて、丁寧にケアするようになった唇は潤いも弾力も充分だ。
伶弥が指を離すと、ぷるんと揺れた。
「美味しそう」
伶弥の言葉に、詩陽は心臓が止まる思いをした。
最近、口にした気がするセリフだ。
偶然にしては心臓に悪い。
固まっていた詩陽の頬に、伶弥の唇が触れる。
「気持ちいい」
上昇し続ける体温をコントロールできず、詩陽は両頬を覆った。
本能が危険を察知したのだ。
目の前にある唇は薄くて、形も整っている。
うっすらと開いていて、そこから知らない色気が漏れている気がした。
茫然としているうちに、今度は手の甲に唇が押し当てられた。
左の次は、右の甲にも。
指の付け根に触れて、指一本一本にキスが落とされる。
時折、伶弥の熱い息が掠めていって、詩陽は呼吸も忘れ、ただただされるがままだ。
伶弥の両手が詩陽の手を覆い、目の前に顔を寄せられると、頭が真っ白になった。
距離が近いことは何度かあったが、これほど近くで見つめ合ったことはない。
真っ直ぐな視線が詩陽の視線を捕らえて、逃げ場を奪った。
普段はクールな印象の瞳に熱を感じて、詩陽の鼓動は際限なく速くなっていく。
ゆっくりと手を握られ、顔から手が離れていった。
弱い力にも関わらず、逆らうことができない。
そうして、机に乗った時は、伶弥の指が詩陽の指を絡めとっていた。
「詩陽」
返事をしたいと思ったが、いつもとは違う伶弥の雰囲気に飲まれて、言葉が出てこない。
「ここ、どこだった?」
伶弥の言葉の意味がわからず、詩陽は鈍っている頭を働かせ、逡巡した。
唐突に視界に飛び込んできたのは、見慣れた風景。
「バババ、バカ!? ここをどこだと思ってるの!」
「会社の詩陽のデスク」
動じる気配のない伶弥は、しれっと答える。
「そこで、何を……!」
「何度もキスした」
「言わないで!」
「言わせたくせに。もっとしようか」
伶弥の舌が薄い唇を舐めたのを見て、詩陽は目を逸らした。
「してないところが、まだまだたくさん」
低い声がより一層低くなった。
伶弥はクッと笑い、顔を近づけた。
詩陽は反射的に目を閉じ、身構えた。
額に温もりを感じ、柔らかさに胸が締め付けられる。
一瞬で離れるかと思っていたのに、今度はなかなか離れてくれない。
離れて初めて、詩陽は詰めていた息を大きく吐き出すことができた。
「真っ赤になって、可愛い」
晴れやかな笑顔を見せる伶弥を前に、詩陽は体を震わせる。
「誰か来たら、どうするの!?」
「見せつける」
「はぁっ!?」
最早、返す言葉もない。
詩陽にはとことん優しくて、甘い伶弥のはずなのに、さっきから様子がおかしい。
少し意地悪な伶弥に慣れないせいか、キスのせいか、動悸が激しくて、苦しいくらいだ。
「どうして……」
「詩陽が可愛いせい」
「はぁっ!?」
結局、また返事らしい返事をすることはできなかった。
不意に頭に重みを感じて、詩陽は彷徨っていた視線を伶弥に戻した。
どうやら、頭を撫でられているようだ。
その手には馴染みが合って、無意識にホッと肩から力を抜いた。
「お昼ご飯、食べ忘れているでしょう?」
「あ」
突然、話が変わったことに機嫌を悪くしかけた詩陽だったが、続いた単語に意識を奪われてしまった。
「サンドイッチ持ってきたの。食べない?」
「食べる!」
ふふっと笑った伶弥に手を引かれ、デスクから降りると、ふわっと空気が動いた。
気付けば腕の中にいて、詩陽の体に鼓動が響く。
それが伶弥の鼓動だと気付いたのは、すぐのことだった。
詩陽と同じくらい速くなっている。
そのことを嬉しく感じたのは、振り回されたのが自分だけではないと思ったからだろうか。
それとも、何か別の意味があるのだろうか。
まだまだ詩陽には難しい問題だった。
詩陽は凛とした声で告げると、苦笑している伶弥に背を向け、玄関から飛び出した。
今日、休日出勤するのは詩陽だけで、伶弥にとっては貴重な休日である。
普段、伶弥が休日出勤をし、詩陽が休日というパターンが多いが、詩陽が企画の中心となっている今、その立場が逆転した。
詩陽は、伶弥がバリバリと仕事をしている姿を見るのが好きだ。
それに比べ、自分が特別できる方でもなく、地道に仕事をするタイプであることも自覚している。
だから、伶弥が休んでいる時に、自分が仕事をする日が来るなんて、思いもしなかった。
詩陽が努力している時、伶弥はその何倍も努力していたのも知っているから、差は開くばかりだったのだ。
「ちょっと、キャリアウーマンになったみたい」
ホームに上がる階段を上りながら、詩陽はクスッと笑う。
そうして、大袈裟な自分が可笑しくて、大きな笑いになるのを堪えた。
会社には社員がほとんどおらず、企画部のフロアには詩陽一人だ。
普段は活気のある空間が静まり返っていると、少しだけ寂しくて、心細くなる。
だが、今日は週明けに行われる営業のために、最終的な調整をしておきたいのだから、気を抜いている場合ではない。
西村たち営業マンが、いよいよ関係会社を回って、今回の企画について話をしてくる。
これまででも充分準備はしてきたし、詩陽だけでなく、皆の意見が加わって、よりブラッシュアップされているのは確かだ。
それでも、詩陽は大きな企画の立案者として、絶対に成功させたいと思い、こうして一人で細部へのこだわりを見せつけにやってきた。
パソコンを立ち上げている間に、資料の山から何冊かファイルを取り出す。
それから、詩陽は集中して、丁寧に仕事を進めていった。
時計の音が耳に入らなくなっていたことに気付いたのは、目の前の書類に影ができた時だった。
「詩陽」
「びっくりした……」
顔を上げると、家でゆっくりしているはずの伶弥が立っていて、詩陽のことを見下ろしていた。
仕事の時にはスーツを隙なく着ている伶弥だが、今日は休日だからか、カジュアルな服装のまま来たようだ。
詩陽もオフィスカジュアルというには普段着に近い格好をしているから、何も言えない。
とはいえ、カジュアルな格好すらかっこよく着こなしている伶弥とは、あまり並びたくない。
「来ちゃった」
「来ちゃった、じゃないよ!」
てへっという擬音を思いだすような伶弥の様子に、詩陽は目を吊り上げた。
「退屈だったんだもの」
「せっかくの休みなんだから、仕事のことも私のことも忘れて、リフレッシュしないと! それなのに、こんなところに来ちゃうなんて」
詩陽は手元にあったファイルを拳で叩いた。
以前から、四六時中一緒にいては、伶弥も疲れるだろうと危惧していた。
だからこそ、今日はいい機会だと思ったのに、伶弥は一体、何を考えているのか。
「詩陽がいない休日なんて、休日じゃないわ」
「バカじゃないの?」
弁護士を目指していた時期があるほど有能な男が、遂におかしくなってしまった。
「ひどいわ」
そう言って、伶弥は顔を手で覆って、泣き真似をし始めた。
鬼上司として知られている伶弥のこんな姿を誰かに見られでもしたら。
想像するのも恐ろしい。
立ち上がった詩陽は上の方にある伶弥の手首を掴み、顔から引き離した。
出てきた顔には涙の欠片もなく、口元はにやけている。
詩陽は自分の口元が引きつったのがわかった。
「伶弥、今すぐ帰って」
「嫌よ」
「伶弥は仕事無いでしょ? 今の伶弥を誰かに見られたら、どうするの!?」
「どうもしないわよ」
「どうにかなっちゃうから!」
威厳やかっこよさ、謎めいた私生活など、壊れるものが多すぎる。
「私がどうにかなっちゃう方が、良くないんじゃない?」
伶弥の言葉に、詩陽は首を傾げた。
見下ろしてくる彫刻のような顔をジッと見つめてみるが、言葉が書いてあるわけでもなく、やはり詩陽は理解できなかった。
「どうにかなりそうなことがあったの?」
ふと、先日の焼き芋の夜を思い出した。
少し弱っている様子だった伶弥だ。
もしかすると、元気になったと思い込んでいただけで、ますます元気がなくなっていたのかもしれない。
「死んじゃダメ!」
「はい?」
詩陽の叫びに、伶弥は瞠目し、動きを止める。
「今は辛いかもしれない。でも、生きていたら、きっといいことがあるから! 私じゃ、何もできないかもしれないけど、一緒に美味しいご飯を食べたり、おしゃべりをしたりできるし、他にもやって欲しいことがあったら、何でもする。だから、死んじゃダメだよ」
話しているうちに、徐々に詩陽の目元は熱くなっていった。
「伶弥?」
うんともすんとも言わない伶弥の様子に、詩陽は不安になり、服を掴んだ。
掴んでいないと、どこかに消えてしまう可能性がある。
伶弥の涼し気な目がぱちりと瞬きをした。
そうして、顔を歪めた伶弥を見て、詩陽の方が本格的に泣きそうになる。
そう思ったのも束の間だった。
伶弥は素早く手を伸ばして、詩陽を抱き締めると、その髪に顔を埋めた。
「り、伶弥!? どうしたの? もう限界?」
「ええ、限界」
切なげな声に驚き、詩陽は慌てて腕の中から抜け出そうと試みた。
「逃がさない」
伶弥の声が鼓膜を擽って、ずくんと腹の奥に響いた。
「何でもしてくれるの?」
「う、うん。私にできることなら」
「ふうん」
何かを考えている雰囲気を感じ、詩陽は言葉を待った。
「じゃあ」
「わっ」
伶弥の言葉が聞こえたと同時に、詩陽は抱き上げられ、気付けばデスクに座らされていた。
目の前にある伶弥の瞳は揺れていて、真剣な表情をしている。
詩陽は事の重大さを感じ、ごくりと息を飲んだ。
「お礼をしていなかったわ」
「え? 何の?」
詩陽がお礼をしなければならないことはたくさんあるが、伶弥にお礼を言ってもらうようなことをした覚えはない。
「倍返ししてあげる」
答えになっていない返事に、詩陽は口を尖らせた。
時々、伶弥は言葉が足りなかったり、会話が飛んだりする。
それは昔からそうだから、慣れてはいるが、ついていけないことは面白くない。
いつの間にか近づいていた伶弥の人差し指が、詩陽の桃色の唇にちょんと触れた。
伶弥に言われて、丁寧にケアするようになった唇は潤いも弾力も充分だ。
伶弥が指を離すと、ぷるんと揺れた。
「美味しそう」
伶弥の言葉に、詩陽は心臓が止まる思いをした。
最近、口にした気がするセリフだ。
偶然にしては心臓に悪い。
固まっていた詩陽の頬に、伶弥の唇が触れる。
「気持ちいい」
上昇し続ける体温をコントロールできず、詩陽は両頬を覆った。
本能が危険を察知したのだ。
目の前にある唇は薄くて、形も整っている。
うっすらと開いていて、そこから知らない色気が漏れている気がした。
茫然としているうちに、今度は手の甲に唇が押し当てられた。
左の次は、右の甲にも。
指の付け根に触れて、指一本一本にキスが落とされる。
時折、伶弥の熱い息が掠めていって、詩陽は呼吸も忘れ、ただただされるがままだ。
伶弥の両手が詩陽の手を覆い、目の前に顔を寄せられると、頭が真っ白になった。
距離が近いことは何度かあったが、これほど近くで見つめ合ったことはない。
真っ直ぐな視線が詩陽の視線を捕らえて、逃げ場を奪った。
普段はクールな印象の瞳に熱を感じて、詩陽の鼓動は際限なく速くなっていく。
ゆっくりと手を握られ、顔から手が離れていった。
弱い力にも関わらず、逆らうことができない。
そうして、机に乗った時は、伶弥の指が詩陽の指を絡めとっていた。
「詩陽」
返事をしたいと思ったが、いつもとは違う伶弥の雰囲気に飲まれて、言葉が出てこない。
「ここ、どこだった?」
伶弥の言葉の意味がわからず、詩陽は鈍っている頭を働かせ、逡巡した。
唐突に視界に飛び込んできたのは、見慣れた風景。
「バババ、バカ!? ここをどこだと思ってるの!」
「会社の詩陽のデスク」
動じる気配のない伶弥は、しれっと答える。
「そこで、何を……!」
「何度もキスした」
「言わないで!」
「言わせたくせに。もっとしようか」
伶弥の舌が薄い唇を舐めたのを見て、詩陽は目を逸らした。
「してないところが、まだまだたくさん」
低い声がより一層低くなった。
伶弥はクッと笑い、顔を近づけた。
詩陽は反射的に目を閉じ、身構えた。
額に温もりを感じ、柔らかさに胸が締め付けられる。
一瞬で離れるかと思っていたのに、今度はなかなか離れてくれない。
離れて初めて、詩陽は詰めていた息を大きく吐き出すことができた。
「真っ赤になって、可愛い」
晴れやかな笑顔を見せる伶弥を前に、詩陽は体を震わせる。
「誰か来たら、どうするの!?」
「見せつける」
「はぁっ!?」
最早、返す言葉もない。
詩陽にはとことん優しくて、甘い伶弥のはずなのに、さっきから様子がおかしい。
少し意地悪な伶弥に慣れないせいか、キスのせいか、動悸が激しくて、苦しいくらいだ。
「どうして……」
「詩陽が可愛いせい」
「はぁっ!?」
結局、また返事らしい返事をすることはできなかった。
不意に頭に重みを感じて、詩陽は彷徨っていた視線を伶弥に戻した。
どうやら、頭を撫でられているようだ。
その手には馴染みが合って、無意識にホッと肩から力を抜いた。
「お昼ご飯、食べ忘れているでしょう?」
「あ」
突然、話が変わったことに機嫌を悪くしかけた詩陽だったが、続いた単語に意識を奪われてしまった。
「サンドイッチ持ってきたの。食べない?」
「食べる!」
ふふっと笑った伶弥に手を引かれ、デスクから降りると、ふわっと空気が動いた。
気付けば腕の中にいて、詩陽の体に鼓動が響く。
それが伶弥の鼓動だと気付いたのは、すぐのことだった。
詩陽と同じくらい速くなっている。
そのことを嬉しく感じたのは、振り回されたのが自分だけではないと思ったからだろうか。
それとも、何か別の意味があるのだろうか。
まだまだ詩陽には難しい問題だった。
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