恋を知らない小鳥~幼馴染の愛に包まれて~

安里紬@書籍発売中

プロローグ

来栖くるす主任、怖すぎるんだけど!」

大きな声が聞こえ、小鳥おどり詩陽しはるは顔を上げた。

詩陽から少し離れたところで、入社二年目から三年目の女性が数人集まって話しているようだ。

勤務時間を過ぎた今、企画部のフロアには詩陽とその女性たちの他にはあと一人しかいない。

もう一人の人物こそ、今まさに噂されている男、来栖伶弥りょうやである。

しかし、女性たちの位置からは、伶弥は影になって見えない。

気配を断っていると言っても過言ではない雰囲気だが、決して故意ではないことを詩陽は知っている。

詩陽からも表情までは見えないが、恐らくいつものように無表情で仕事をしているはずだ。

詩陽は女性たちの元へ行き、伶弥がいることを伝えようか迷った。

伶弥にも絶対に聞こえているだろうから。

このままでは、先程怒られたばかりなのに、火に油を注ぐことになってしまう。

そう思っていたのに。

「仕事をしないのなら、帰ったらどうだ」

低くて、静かな声には感情が見えない。

女性たちから息を飲む音がした次の瞬間、彼女達は大きな物音と慌てた挨拶と共に、足早にフロアを出て行った。

これは注意されても仕方がない。

思っていても、話す場所は選ばなくては。

詩陽はこっそり溜息を吐き、席を立った。

「お疲れさま」

詩陽の声に、伶弥は僅かに視線を上げる。

「お前も」

先程の声よりも幾分柔らかくなった声が、ぶっきらぼうに告げた。

「伶弥、もう少し話し方を優しくしたら? 少し笑うとか」

「必要ない」

ぴしゃりと言われ、詩陽は苦笑する。

詩陽は時々思う。

伶弥はわざと皆に嫌われようとしているのでは、と。

本人に聞いても、必ずはぐらかされてしまうが、きっと間違っていない。

詩陽と同期であり、幼馴染でもある伶弥はもともとこんなにも怖がられる人ではなかった。

詩陽にとっては話しやすい男であるし、一緒にいて気が楽な存在でもある。

それなのに、常に無表情で口数も少なく、隙を見せないせいで敬遠されているし、厳しさのせいで怖がられているのだ。

もったいないと思うのに、伶弥はこれでいいのだと言う。

小鳥おどり

「何?」

不意に呼ばれ、首を傾げる。

「もう遅いから、帰れよ」

「伶弥は?」

「俺はもう少しやっていく。今日出された企画を見ておきたい」

そう言って、伶弥はふっと息を吐いた。

伶弥は人に厳しく接するが、それ以上に自分に厳しい。

それを知っている人は社内にどれほどいるだろうか。

下手したら、詩陽しか知らないかもしれない。

「じゃあ、先に帰ろうかな」

「一人で大丈夫か?」

「大丈夫だよ」

過保護が垣間見えたことに笑った詩陽を、伶弥はジッと見つめた。

詩陽も見つめ返し、心の中で頷く。

相変わらず綺麗な顔をしている。

整った顔つきに、すっきりした目元は怜悧に見える。

線は細く、背も高いから、頻繁にモデルにスカウトされる。

二十七歳になった今でもスカウトは後を絶たないのだから、詩陽の方が自慢したくなる。

伶弥は自分の外見に無関心であるため、そんなふうに思うのは詩陽だけなのだが。

そうして、詩陽はデスク周りを片付け、会社を後にした。






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