草食系男子が肉食系女子に食べられるまで

Joker0808

第5章 一勝一敗

学校に到着すると、雄介はいつもの通り席に座って窓の外を見る。昨日の事が嘘のように空が青い。

「よっ!雄介。」

「ん?おおなんだ慎か....」

「お前、朝からなんて顔してんだよ。疲れてんのか?」

「まぁな、よくわかったな。」

「付き合いが長いからな、雰囲気でわかっちまうんだよ。で、なにがあったんだ?」

「久しぶりに体動かして疲れただけだ。それよりも相談なんだが。」

「ん?なんだよ。」

「今日お前の家に泊めてくんね?」

「いきなりだな、まぁ良いけどよ。昨日なんかあったのか?」

「別に....。ただ自分の家が安全じゃなくなっただけだ。」

慎は首をかしげ、何を言っているのかわからない風だった。
雄介はその姿を見て、きちんと説明し始めた。

「.....要するに、お前の貞操がヤバイと。」

「もう、それでいいわ。」

「まぁ、凛も喜ぶしな。泊まり来いよ。」

「悪いな、スマホの機種変してからお前の家に行くわ。」

「買い換えるのか?随分急だな...。そういえば、お前に電話しても繋がんなかったな。」

「昨日水没させちまってな。丁度買い換えようかと思ってたし、丁度いいかと思って。」

「じゃあ、お前が来るのは夕方位って思ってて良いか?その間に俺も用事を済ませてくるわ。」

「あぁ、悪いな。」

「良いって事よ。」

話がまとまると同時に雄介の席の目の前に、人だかりが出来た。
加山が登校してきたのだ。

「も~、何で置いてっちゃうの~?」

自分のカバンを机に置くと、加山は雄介の方を向いて、不満そうに言った。

「おまっ!その話はすんな!」

ヤバイ!と雄介は思った。それもそのはずだ、「何で置いてっちゃうの?」という事は、途中までは一緒に登校してましたと言っているようなものだ。
雄介の予想は的中し、周りの生徒達が話し始める。

「え?置いてった?どういうことだ?」

「今村とは何もなかったはずだろ!」

「どういう関係なの??」

ざわつく教室内、困ってしまった雄介に慎がサラリととんでもない事を言った。

「じゃあ、今日は俺の家で一晩中遊ぼうぜ。」

そう言って立ち去る慎。一瞬時間が止まったように静まりかえった教室は、またしてもざわつき始める。

「え?ひっ一晩中!!!」

「やっぱり、あの二人って!キャーーー!!」

「今村はそっち系か......。なら大丈夫だな。」

慎はナチュラルにとんでもない爆弾を落として行ってしまった。
人として何か大切な物を失った気がした雄介だった。

「雄介!!どういうこと!私がいるのに!」

「違うわ!それにお前と俺は何でもないだろ!!!」

またしても誤解を招くような一言に、雄介は大声で否定する。

「昨日は同じ屋根の下で寝たのに....」

加山がそういうと、雄介は背中に嫌な汗が流れていくのを感じた。
周囲はさらに騒がしくなり、みんなスマホを片手に情報をいろんなところに送信している。

「お...同じ屋根.....」

「そこまで進んでたのかーー!!」

男子生徒は、雄介をにらみつけながら涙を流し、女子生徒は楽しそうにスマホでその様子を友人などに送信していた。

「誤解だ!いろいろあって俺の家に泊めたけど、里奈さんも一緒だった!」

「まさかお前!さんp.......」

「おい!そういう危ない事を言うな!!」

「そうよ!ちゃんと一対一よ!」

「加山、お前も黙ってろ。」

朝から騒がしいクラスに、雄介は疲労感を覚えながら誤解を解こうとしていると、教室の前のドアが開き、担任の石崎が入ってきた。

「おーし席つけ~。ホームルームはじめっぞー。」

いつもどうりの眠たそうな目をしながら、石崎は教卓後ろに立った。
クラスの生徒もゾロゾロと自分の席に座っていく。
雄介は内心「助かった」そう思いながら石崎に視線を向ける。

「えー、まぁ色々連絡はあるが、とりあえず今村~。」

「なんすか?」

石崎に呼ばれ、少し驚く雄介。

「ホームルーム終わったら職員室に来い。あと、加山もな。」

またあの二人?などという声がチラホラ聞こえて来る。
雄介は昨日の事だろうと思いながら、ホームルームを受けていた。

ホームルームが終わり、雄介はさっさと教室を出て職員室に向かった。
雄介の後ろを追いかけて、加山も職員室に向かう。

「どうせだったら一緒に行こうよ。」

後ろから、加山が雄介に言う。

「別に一緒じゃなきゃいけない事はないだろ。」

「目的地は一緒でしょ?」

「あー、わかったよ。ここで揉めるのもめんどくさい。」

「じゃあ、行こっか!」

そう言うと、加山は雄介の右腕に引っ付いてきた。

「くっつくな!」

「えー、ケチ。」

雄介は加山を引きはがすと、そのままキビキビと歩いて職員室に向かう。

「失礼します。」

「失礼しまーす。」

職員室に到着し、加山と雄介は室内に入っていく。
奥の方のソファーに警察らしき人たちがいたことから、雄介は大体要件を理解した。

「おい、こっちだ今村。」

奥にいた石崎が雄介たちを呼びながら手招きをする。

「なんの用かはわかるか?」

「まぁ、大体は...」

後ろにいる加山は少し不安そうな顔で雄介の後ろをついてくる。

「この人たちが話を聞きたいそうだ。」

石崎の後ろにいた二人の男は懐から何かを取り出して雄介と加山に見せる。

「どうも、昨日のことでお聞きしたいことがありまして。」

「警察の方ですか....」

雄介たちが見せられたのは警察手帳だった。一ページ目を見開いて見せられており、そこには名前と顔写真が載っていた。

「佐々木と申します。昨日は災難でしたね。」

「まぁ、実際正当防衛絵で済んで良かったと安心してます。過剰防衛とか言われたらどうしようかと....」

「そこら辺は現場の状況などから見ても正当防衛で筋が通るので大丈夫ですよ。しかし、彼女を助けるために一人で六人を相手に無傷だなんて。」

佐々木と名乗った三十代前半くらいの男は雄介をじっくり観察するように見ながら言った。

「彼女じゃないです。ただのクラスメ....」

「彼女ですよ~、しかも付き合いたてです!」

雄介が否定しようとした言葉の上に加山は言葉を重ねて答える。

「えっと....彼女なんだね?」

佐々木も意見の違う二人の回答に戸惑ってしまう。額に汗を浮かべながら、笑顔を引きつかせながら再度確認をとる。

「違います。」

雄介はすかさず佐々木の言葉を否定する。しかし、またしても加山が話に割って入ってくる。

「むー、雄介酷い....」

「うるせぇ。変な事言ったから佐々木さん困ってんだろ。」

「あはは、若いなぁ....」

雄介と加山の会話を聞きながら、佐々木はまたしても苦笑いで話し始める。

「あの、そろそろ本題に....」

「ん?あぁそうだな村木。」

佐々木さんの隣に座っていたもう一人の男性が話を元に戻そうと、恐る恐る話を切り出してくる。

「あ、申し遅れました。村木と申します。」

村木と名乗った男も警察手帳を開いて見せてくる。弱弱しい口調で20代前半くらいの若い警察だった。

「で、本題なのですが昨日の事をもう少しお聞きしたくて。」

佐々木さんは真面目な顔で雄介と加山に向けて聞いてくる。
質問は昨日の事の経緯や神山達との関係についてだった。雄介は神山と接点がさっぱりというほど無いので、ほとんどが加山に対する質問だった。

「じゃあ、最後に今村君に聞きたいことがあるんだけど....」

「なんでしょうか?」

昨日の事件についてはすべて話し終えたと思ったところで、話が雄介の方に向いた。雄介は昨日の事件に関してはあまり話せる事は無いので、何を聞かれるか見当もつかなかった。

「滝沢絵里と言う女性をご存知ですか?」

「...!!!!!」

雄介は佐々木から出てきたその名前に驚いた。雄介にはその名前に聞き覚えがあった。聞き覚えどころの話ではない、もう一生聞きたくなかった名前だった。

「雄介?」

加山は雄介の異変に気づき、心配そうに隣の雄介を見つめる。しかし雄介に加山の声は届いてはいなかった。

「なんで....その名前を....」

「滝沢絵里。現在34歳、10年前にとある家族3人を殺害しいまだに逃走中。殺害されたのはその家の父親と母親、そして当時7歳の女の子。」

「....」

「しかし、家族は4人いた。生き残ったのは当時5歳の男の子....。君だね、雄介君。」

「....え?」

驚く加山の横で、雄介は嫌な汗をかきながら頭の中を過去の記憶がよみがえる。

「....はい。」

「彼女が最近この町で目撃された。過去に彼女が起こした事件のデータを調べたところ君の名前が出てきて調べてみたんだ。」

「だから、なんなんですか。」

「彼女が君と接触する可能性があるかもしれない、だから君に忠告しておこうと思ってね。」

「そうですか、気おつけます。それじゃあ授業があるので....」

「え?ちょっ!雄介!!」

雄介はその場を急いで立ち去り走っていく。雄介は混乱していた。昔のトラウマが蘇ってきた恐怖心が雄介の心を不安にしていく。

気がつくと雄介は屋上のドアの前にいた。ドアを開けて屋上に出ると、強い日差しが屋上いっぱいに降り注いでいた。

「なんで.....あの女が.......」

金網のそばまで行って金網にもたれかかる雄介。授業どころの騒ぎではなかった、雄介は恐怖と不安が入り混じり混乱していた。

「あの女は....また.....!」

過去の記憶が蘇る。二度と思い出したくない記憶、二度と体験したくない地獄を雄介は思い出していた。

「なにしてんの?」

「え?」

顔を上げるとそこには加山がいた。座っている俺の顔を膝に手を当てて上から見ていた。

「うわっ!!」

雄介はとっさに横にそれる。

「なんで避けるんだよ~。ブ~」

あからさまに膨れる加山。いつもならここまで驚かない雄介だが、今回は違った。

「すまん.....ちょっと今は一人にしてくれ......」

「ヤダ」

「即答かよ!!少しは察してくれ!!」

「だからこそだよ......」

加山の声のトーンが下がる。俺の横に座ると加山は静かに話し始めた。

「好きな人が何か悩んでるのに、何も聞かないでそっとしてろって方が無理。」

「加山には関係ないだろ.....」

「あるよ!」

怒ったように言う加山。雄介はその勢いに少し驚いてしまった。

「確かに私と雄介はなんでもない関係かもしれないけど.....。私にとっては、好きな人だし友達だから。」

「............」

「友達が困ってたら助けるのが当たり前でしょ?」

笑顔を雄介に見せながら答える加山に、雄介は少し気を落ち着かせる事が出来た。

「そうだな、一応は友達だもんな.....」

「一応ってなによ~!」

「良く言うよ、実際に話すようになったのは最近だろ。」

「そうだけど、どうせいつかはもっと深い仲になるんだから....」

「あぁ、親友的な」

「そう言う意味じゃないし!」

いつもの加山との会話に雄介の混乱していた気持ちは落ち着き始めていた。授業が終わるまでの間雄介と加山は他愛もない話をして時間をつぶした。

「で、さっき出てきた女の人は何なの?」

「....」

加山の質問に雄介は顔を伏せる。

「言いたくなかったら言わなくてもいいよ。でも、雄介の体質に関係してるんだったら、私は知りたいなー」

「今は....勘弁してくれ。」

「....うん。」

「悪いな....気をつかわせて。」

「いいよ。でも、いつかは話してほしいな....」

「あぁ、その時が来たらな....」

そう言うと加山は雄介の顔を見ながら微笑みかける。

「じゃあ、そろそろもどろっか!」

加山は立ち上がり、大きく体を伸ばすと雄介に手を差し出す。

「一人で立てるよ。」

「えー、そこは握った瞬間に手を自分の方に引っ張ってよろけた私を抱きしめるとこでしょ~?」

「アホ」

加山を無視して立ち上がり、出口の方に向かった。

「加山」

「ん?なに?」

後ろに居る加山の方を振り返り、雄介は笑顔を向けて口を開いた。

「....ありがとう。」

「.....」

そう言うと雄介は、早足で屋上から去っていった。取り残された加山は、ぼーっとしたまま動かない。

「今のなんかキュンときた!!」

頬を赤らめながら興奮した様子で叫ぶ加山は幸せそうだった。


時間がったって放課後、雄介は携帯を買い替えるために急いで帰り支度をしていた。

「雄介、ほんとに今日は山本君の家に泊まるの?」

帰り支度をする雄介の所に加山がやってきた。いつも周りにいる取り巻きの女子生徒や男子生徒の姿は見当たらない。

「あぁ、夕方からだけどな。明日は休日だし久々にな。」

「じゃあ、夕方までは私に構ってよ~」

「携帯買いに行くから無理。じゃあなー」

雄介は立ち上がってさっさと教室を出る。

雄介は立ち上がってさっさと教室を出る。教室を出て階段に差し掛かったところで雄介の前に人影が立ちふさがった。

「なんか用ですか?沙月さん。」

立ちふさがってきたのは、沙月だった。いつものきれいな黒髪をなびかせながら雄介の目の前に立つ。

「まぁね、お礼が言いたかったのよ....」

「俺って沙月さんに感謝されるような事したっけ??」

「優子の事よ....」

「あぁー。まぁ沙月さんから連絡あった時に気になって少し探したら見つけただけだから。」

頬をポリポリと描きながら目を少し逸らして答える。沙月は表情を変えずに雄介をじっと見つめる。

「理由がどうでもあの子が助かったのは事実だから、ありがとう。」

「俺が勝手にやったことだから、用はそれだけ?」

「いえ、もう一つお願いがあるの....」

「えっと、何かな?」

雄介は早くスマホを買いに行きたいと思いながら話を聞いていた。

「あの子の事は本当に好きじゃないの?」

「いきなりなんだよ?」

「個人的な意見だけど、好きでもない子を助けるために夜中にその子を捜しになんて行くかしら?」

「まぁ、誰かさんがあれだけ慌てて電話して来れば心配にもなるよ。」

「あの時は焦ってたのよ!」

先ほどの落ち着いた態度から一転して、顔を赤らめながら少し怒った様子で言う沙月。

「まぁ、あれだ....。クラスメイトがそんな焦って電話なんてかけて来たらどんな内容であれ、心配になるだろ?」

「まぁ....そうね。」

「分かったならどいてくれ、スマホの機種変に行くんだから。」

そう言うと沙月は道を開けて雄介を通す。雄介は沙月の脇を通って昇降口を目指して歩き始めた。

「一つ言わせて....」

歩き始めてすぐに雄介は沙月に足を止められた。

「なんだよ、まだ何か?」

「あなたって確か女性が苦手なのよね?なんでこんなに普通に話せているの?」

「....そう言えばそうだな。」

雄介は自分でもそれはわかっていた。いつもだったら女子生徒とこんなに長く話してりはしないし、ましてや触れられただけで気絶してしまうほどだったのが、今はどうだろう?

「それって、少なからず優子があなたに告白してからじゃない?」

「まぁ....そうかもな....」

言いながらこれまでの事を考える雄介。沙月に言われた通りかもしれない、雄介はそう思い始める。

「そう....。じゃあ、気おつけてね。」

そう言うと沙月は雄介と逆の方向に足を進めていった。

「確かに、あいつと関わるようになってから少しはましになったな....」

一人言をつぶやきながら、雄介は携帯ショップに向かった。


雄介が学校を出てから、すでに十分ほどが経過していた。雄介は現在携帯ショップの目の前にいた。

「さっさと済ませるか...」

店内は平日の夕方という事もあり、あまり人はいない。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「あ、機種変しに来たんですけど....」

「かしこまりました。こちらにどうぞ。」

雄介は店員に言われるがままカウンターに座った。

「咲さん。こちらのお客様お願いできる?」

「あ、ハイ!わかりました!!」

雄介を案内した店員は咲と言う別の店員を呼ぶとそのままスタッフルームに戻って行ってしまった。

「今回担当させていただきます!三島咲(ミシマ サキ)と言います。」

「あ、はぁ....」

女性の担当に少しばかり苦手意識を持ちながら、機種変更の注意点などを聞いていた。

「....と言うようになっています。ここまでで何かご質問はありますか?」

「大丈夫です。」

「では、機種はどういたしましょう?」

「そうですね....」

雄介はこれと言ってほしい機種は無かったため、少し考え込んでしまった。前のスマホの新しい機種にしようと思っていたのだが、新機種は発売されておらずどれにしようか迷っていた。

「こちらの機種はカメラの性能が良いんですよ~」

咲と言う店員さんも最近の人気機種をいくつも勧めてくる。

「うーん、一番おすすめの機種はどれなんですか?」

「こちらですね、今はスマホユーザーの約半数がこちらのシリーズを使用しています。」

店員さんが見せてくれたのは、さくらんぼのマークの入った海外のメーカーの機種で、「MyPhone」と表記されていた。

「へー、そうなんですか。」

「はい!私もこの機種なんですよ。」

そう言うと店員さんは雄介に自分のMyPhoneを雄介に見せてきた。

「こうやってロックを外すと....こんな感じに開くんです!」

「は、はぁ....」

ロックを外した画面には、おそらく彼氏とのやり取りであろうメッセージが映し出されていた。内容はこうだった。

『私の何がいけないの?!』

『ごめん、ちょっと君とはもう無理なんだ』

『なんで?』

『教えて』

以降はすべてこちらからのメッセージになっていた。

「どうかされましたか?」

「いや、あの....」

「ん?....あ、いや!これは!!失礼しました!!!」

店員さんは顔を真っ赤にさせて、自分のMyPhoneをポケットにしまった。

「なんというか....お気の毒で....」

「う....う....私の何がいけなかったのよー!」

「え!ちょッ!!あの店員さん?」

店員さんは突然泣き出してしまった。いきなりの事で雄介は戸惑ってしまい機種変どころではなくなってしまった。

「あの....落ち着きました?」

「....取り乱してしまいもうしわけありません。」

あの後、店員さんは十分ほど泣いていたが、雄介の必死の慰めによって落ち着きを取り戻していた。

「それでは、こちらが本体と契約書でございますので....」

「あ、はい....あのなんというか、頑張ってください....」

「....ありがとうございます....」

雄介は一通りの手続きを終えて、携帯ショップを後にした。

「なんだったんだ、あの店員さんは....」

先ほどあったおかしな店員の事を思い出しながら、雄介は帰路についた。

家に着くと玄関先には里奈の靴ともうひとつ、最近ではすっかり見慣れてしまった靴があった。それを見た瞬間に雄介はため息を吐きながら方を落とした。

「あ!ユウ君お帰り!!」

「ただいまです、里奈さん。」

「携帯変えてきた?」

「はい。無事....に?」

「あ!雄介お帰り!」

里奈の後ろから今度は制服姿の加山が顔を出す。

「何でお前がいんだよ。」

「雄介がかまってくれないから、こうして直接来たのよ。」

「そんな事されても俺はすぐに行かなきゃならないんだ、お前の相手をしてる暇なんてないぞ 。」

「ぶーーーー」

頬を膨らませながら、加山は上目使いで雄介を見つめる。

「ん?ユウ君出かけるの??」

「はい、今日は慎の家に泊まりにいきます。」

「えぇ!!慎君って、山本君の家よね?」

「そうですけど?何か問題でも??」

「....いや、大丈夫だけど....」

「じゃあ、準備してすぐに行きます。」

雄介は自分の部屋に向かうために二階に上がっていく。残された加山と里奈は面白くない顔で雄介を目で追う。

「まずいわね」

険しい表情で顎に手を当てる里奈。そんな里奈の表情を見た加山は里奈の表情が気になり口を開いた。

「お姉さんどうしたんですか?難しい顔して。」

「山本家にはあの子がいるのよ....」

「あの子?山本君は男ですよ。」

「違うのよ....妹がいるのよ。」

「え!妹??」

里奈の言葉に加山は驚き大きく目を開け声を上げる。

「妹って....いくつなんですか?!」

興奮気味に里奈に詰め寄り質問する加山、里奈は加山に驚きながら説明を始めた。

「確か今は中学三年生だったかしらね....。最近会ってないけど、かなり可愛い子だったはずよ。」

「ま....まぁ、でもそれだけ可愛かったらもうすでに彼氏とかが....」

「確か居ないわね....」

記憶を思い出しながら里奈はゆっくり話す。

「しかも、ユウ君に懐いていた記憶があるわね....」

「そ....そんなところに雄介を宿泊させて大丈夫なんですか?!」

加山は不安な気持ちになり、必死で里奈に訴えかけるが、加山の予想に反して里奈は落ち着いていた。

「大丈夫よ。あの子はユウ君に手を出せないから。」

「へ?なんでですか?」

いつもなら雄介に抱き付いてでも止めようとするはずの里奈が、今回は焦ることなく妙に落ち着いている。

「だって山本君は....」


*

一階で里奈と加山が話している頃、二階では雄介が山本家に向かうための準備をしていた。

「とりあえず、下着と着替えを持っていけばいいか。」

バックに着替えを詰めていると、買ったばかりのスマホが机の上で鳴った。

「ん?誰 だ?」

まだ使い慣れないスマホを見ると、画面には先ほど登録したばかりの『山本慎』の名前が出ていた。

「もしもし、どうした?」

『おお、雄介か?何時ころくるんだ?』

「あぁ、今家を出るところだ」

『そうか、いや実は今日おやじ達が家に居なくてな、晩飯をどうするかって話をしようと思ってな。』

「あぁ、そういう事なら俺が作るか?」

『それもあるが、実はこの際だから凛の奴に少し家事を教えてやってほしいんだ。』

「まぁ、いいがなんでだ?」

『こういう時のために料理できる奴が家の中に居た方が良いだろう』

「だったらお前が覚えればいいんじゃあ.....」

『俺は食べるの専門だ。じゃあ頼んだぞ。』

慎がそう言い残すと電話は一方的に電話を切ってしまった。

「まったくあいつは....」

スマホをポケットにしまい、荷物を入れたバックのチャックを閉じて立ち上がった。

「そろそろ行くか。」

雄介はバックを持って部屋を出た。

*

雄介が慎と電話でやり取りをしている間、里奈と加山はリビングで慎の妹について話していた。

「山本君がどうしたんですか?」

「あの子はあんなクールなキャラだけど、重度のシスコンなのよ。」

「え!そうなんですか?山本君が?」

「前に妹がいるって聞いた時に一緒に聞いたのよ、シスコンだって。」

「意外です、あの山本君が....。モテるのに彼女がいないのはそういう事なんだ....。」

クラスメイトの意外な一面に加山は少し驚いたが同時になんとなく納得もしていた。クラスでの女子の人気が高い慎だが、あまり女子と関わろうとしていなかった。その理由が少し加山はわかった気がした。

「でも、本当ですか?あの山本君ですよ?」

「本当よ、良く二人で買い物とかしてるって聞いたことがあるわ。妹さんもお兄ちゃん子なんじゃないかしら?」

「そこまで言うなら信じますけど......」

加山は話を聞いてもやっぱり不安だった。好きな男の子が、妹とは言え他の女の子と同じ屋根の下で一晩を共にすると言うのは聞き捨てならなかったからだ。

「二人で何話してるんですか?」

「あらユウ君、もう行くの?」

加山と里奈が話しているところにバックを持った雄介がやってきた。

「はい、そういえば里奈さんは今日のご飯どうするんですか?」

「出前でもとるから大丈夫よ。たまには息抜きしてきなさい。」

「すいません里奈さん。ありがとうございます。加山も今日はさっさと帰れよ。」

雄介は加山の方を見る。加山は不服そうな顔で雄介から視線をそらして頬を膨らませている。

「雄介は私よりも山本君の方が良いんだ。」

「何わけわからん事言ってんだよ.....」

「そうだよねー、雄介は山本君が大好きなホモなんだもんね〜。」

「馬鹿かお前は、そんなわけ.....」

そんなわけない、そう言おうとした瞬間、雄介と加山の会話の間に里奈が割って入ってきた。

「そうなの!!ユウ君?」

「里奈さん。そんなわけないでしょ....」

自分の姉の単純さに少し呆れながら雄介は玄関に向かおうとする。

「待ちなさいユウ君!さっきの話が本当だったら、行かせるわけにはいかないわよ!!」

「だから、そんなのありえませんから!」

「でも、雄介と山本君ってすっごい仲良いじゃない。」

「加山!余計な事を言うな!」

里奈は雄介の方をつかんで離さず、加山はそれを見ながらソファーで不貞腐れていた。

「あぁ!もう!離してくださいよ!さっきゆっくりしてきなさいって言ったじゃないですか!」

「ライバルの家にお泊まりなんてさせるわけないでしょ!」

「ライバルってなんのことですか!」

「慎君の事よ!まさかユウ君がそっちもOKだったなんて!!大丈夫よ!お姉ちゃんが女を教えてあげるから!」

次第に里奈の雄介をつかむ手が強くなって行く。

「里奈さん痛いです!大丈夫です!俺はノーマルです!!」

「クラスでも出てたもんね〜、ホモ疑惑。」

「加山!!今それを言うな!」

加山の一言を聞いた里奈は、さらに強く雄介の肩を掴んでくる。

「お姉ちゃんはただ心配なだけなのよ、 ゆう君が今晩泊まりに行って何かを卒業しないか心配なのよ!」

「卒業しません!て言うか一体何から?!」

「良いからお姉ちゃんの言う事を聞きなさい!言う事を聞いて、今日はお姉ちゃんと一緒に寝なさい!」

「聞けませんっ!!」

雄介は無理やり里奈の手を振りほどき、一気に玄関に走って行く。

「あ!ちょっとユウ君!!」

「明日の夕方には帰りますから、それじゃあ行ってきます!」

雄介は勢いよく玄関のドアを開けて家を後にした。

「大丈夫かしら……」

「まぁ大丈夫だと思いますけど……」

✳︎

雄介が家を出てから15分ほどで慎の家が見えてきた。3階建ての一軒家でなかなかに大きな敷地に建っていた。

「結構遅くなったけど、まぁ良いか……」

時刻はすでに19時を過ぎていた。約束していたよりも少し遅くなってしまった。

「両親も居ないって言ってたし、あんまり気を使う必要もないかな?」

雄介はドア横のインターホンを鳴らした。綺麗な音色の後に慎の声がインターホンから聞こえてきた。

「はい、どちら様でしょうか?」

「俺だ、雄介だ。」

「なんだやっと来たか、ちょっと待ってろよ。」

慎の声が途切れて少しすると、ドアの向こう側からガチャガチャという音がしてきた。

「おう、いらっしゃい。」

「よ、悪いな急に。」

「まぁ、飯作ってくれるって言うし、どうせ暇だしな。」

「そういえば凛ちゃんはまだ学校なのか?」

「あぁ、部活が忙しいらしいからな。まぁリビングで少しくつろいでろよ。」

言われるままに雄介はリビングに通されそのままソファーに座った。

「お茶で良いか?」

慎はそう言うとキッチンの冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して、雄介に見せてくる。

「あぁ、悪いな。」

「まぁ、飯作ってもらうわけだしお茶くらいは俺が出すよ。」

コップにお茶を注ぎ雄介のソファーの前に置かれているテーブルに置く。そのまま慎は雄介の向かいに座り、自分の分のお茶を飲み始める。

「んで、何が食いたいんだ?」

「うーん、凛が覚えやすい料理が良いだろうな?」

「そういえば凛ちゃんはどの程度の料理をした事があるんだ?」

「包丁は持った事がある、そう言うレベルだ。」

「OKわかった。最初から全部俺が教える。」

雄介は内心、晩飯は相当遅くなりそうだと思いながら何を作ろうか考え始める。

「悪いが冷蔵庫を見せてもらって良いか?食材を見たいんだ。」

「別に良いけど、なんもないと思うぜ。」

雄介は冷蔵庫のあるキッチンの方に歩いて行き、冷蔵庫を開け始める。一番上の方から見ていくが、中にはお茶などの飲み物類やソースや醤油と言った調味料の類しかなかった。

「本当に何もないな……」

「だから言ったろ?買いに行くか?」

「そうだな、近くのスーパーにでも……ん?この赤マムシパワーって何?」

雄介は栄養ドリンクのような小瓶を慎に見せる。小瓶には赤文字で「3倍のパワー!!赤マムシパワードリンク!!」と書かれており、中には黄色の液体が入っている。

「あぁ、それは……気にしないでくれ。」

「ん?わかったよ…?」

雄介はドリンクに対して疑問を抱えながら冷蔵庫の扉を閉めた。

「じゃあさっさと買いに行っちまおうぜ 。」

「そうだな、近くのスーパーにでも行くか。」

雄介と慎は二人揃ってスーパーに買い物に向かった。

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