魔導と迷宮~最強の冒険者は少女を育てるようです~

ノベルバユーザー465165

33話

 アインはウェントスに近づき、相手の意識がないことを確認すると黒い空間から魔法役を取り出し、ウェントスの傷口にかける。その後、魔法を解除した。肌や髪の色も見る見るうちに元に戻っていく。それと同時にアインは糸が切れた人形のように倒れこむ。


(やはり<血の支配/ドミネイトブラッド>は数秒でもかなり体に負担がかかるな)


 アインは心の中で呟く。この技は恐ろしいほどに強化されるが使いすぎると血の浸食が脳や心臓の魔導回路にまで達し、別種のものに変容させてしまう危険性がある。そうなれば元に戻れないだけでなく今の自分ではなくなってしまう。だが、今回はこの大きなリスクを背負った価値はあっただろう。ウェントスの目にはアインの存在が途方もないものに映っただろう。これで一つの目的は達せられた。その安心感から岩肌に背中を預けだらりとしていると一匹の青いトカゲのような生き物が肩に上ってきた。


「やっぱり見ていましたか、ユニ様」


「そんなこと分かり切っていたでしょう?こんな面白いものは中々見れないもの。私が見逃すわけないわ」


 楽し気な声音がアインの鼓膜に響く。顔は見えないがにやにやしているに違いないことを容易に想像させる。


「それでどうでしたか?」


「まあまあってところね。相手の子が予想よりも未熟だったわ。まあ、あなたが自分に枷を嵌めて戦っていたから見どころもあった。だけど、なんでアイン、あなたは全力でやらなかったのかしら。あなたが本気で殺す気だったらすぐに終わっていたはずよ」


「殺してしまうと国の力のバランスが大きく崩れてしまうからです。帝位を取らせても国の力が修復不可能なほど落ちてしまったら完璧な依頼完遂とはいかないでしょう」


「確かにそうね。流石だわ」


 ユニは納得したかのようにアインを称賛した。アインはその言葉を聞き苦笑をする。例えアインがウェントスを殺す気だったとしてもそうならないように手を打つだろうことを知っていたからだ。この試すようなユニの癖にももう慣れてしまったなとアインは嘆息した。


「ねえ、アイン。もう一つ聞きたいことがあるのだけどいいかしら?」


「ええ、構いませんよ。私にも聞きたいことがあるのでお相子です」


「そう。じゃあ、遠慮なく聞くわね。風使いのその子はどうして第一皇子の見方をしていたのかしら?どう転んでも沈む泥船に乗るほど愚かではないと思ったのだけど」


 アインはそれを聞き意外そうな表情を浮かべていた。全能だと思っていたカームベルの当主がアイン自身が理解できる感情を理解できていないことに驚いたのだ。だが、あえて知らないふりをしている可能性すらアインは考慮する。アインは混乱した思考を正し、冷静に答える。


「ウェントスの目的は攻略者と戦うことでした。それも模擬試合のようなものではなく全力の戦いをしたかったのだと思います。彼の様子からもそれは伺えましたから間違いはないでしょう。だから、カームベルが出てくることを予想していれば攻略者と戦えることを餌に自陣営に引き込むことは可能だと思います」


「そうね。確かにありそうな話ね。有意義な見解だったわ」


 ユニは気になっているという割にはあっさりと納得を示した。確かにおかしな話ではないがこのことが事実だとすると何故第一皇子はカームベルが出てくることを知っていたのかという問題が浮上する。そんなことはすぐに気づいたはずなのにユニはそのことに一切触れなかった。この奇妙な違和感が心の底に沈殿する。


「それで次はあなたの質問に私が答える番だけど何が知りたいのかしら?」


「分かっているとは思いますが帝都の状況ですよ。かなり長引かせたのであっちも決着がついた頃でしょうから」


 現在戦い始めてから数時間は経過している。会議が始まってから戦闘を始めたためとっくに終わっていてもおかしくない。正直今すぐに帝都に転移したいが思った以上に消耗しているため無理はしたくないのだ。それに万が一にも失敗しているとは考えにくい。そんなアインの感情を読んだかのようなユニの生暖かい視線を感じた。


「確かに帝都の方での騒動は決着がもうついているわ。アインの想像しているとおりの結果でね」


「そうですか。これで完全に依頼完了ですね。急ぐ必要もないことが分かったので俺はもう少しここでゆっくりしてからウェントスを帝都に運びます」


「そうするといいわ。でも、大丈夫?完全にさっきの斬撃は致命傷を与えたと思ったのだけど……。早くしないと死んでしまうのではないかしら?」


「いえ、大丈夫ですよ。ドクター特製の魔法役を使ったので。しかもこれを使うと副作用で筋肉が弛緩するらしいので暴れられることもありません。まあ、先ほどの戦闘で消耗しすぎて意識すら戻らないと思いますが」


「そう。あなたの考えがあるならいいわ。それじゃあ私はこの子とのリンクを切るわね。この件での報酬も考えてるから時間ができたら本部に来なさい」


 それだけ言うと青いトカゲはアインの肩から降り霧の中に姿を消す。その様子を横目で見ながらアインは冷たい岩肌に体を完全に預け、目を閉じた。





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