三日月

ghame

⑴ 焼き芋

      5月17日 日曜日 早朝4:00 

 何だ?
   この神ってメールは、、、

 始まりは、暗い部屋で独り。いつもの様にパソコンの前でアニメを見ている時だ。不意に画面の隅にメールの受信を確認した。視聴していた異世界アニメは7歳以上でチョイスしたせいか、いわゆるハーレム物で丁度飽き飽きしていたところだった。(やっぱり、せめて16歳以上のアニメを選択すれば良かった……)即画面を切り替えてメールを開いた


『私は神だ。オマエの運命が進む道を誤り始めた。このままでは日本に危機が訪れることになる為、修正プロジェクトの対象者となった。
 ミッション開始は明日だ。
 私の存在を信用していただく為に、食卓に焼き芋を用意しておこう』

 え?ええ?
いたずらか?新しいゲームの体験番とか?企業からの新手の広告?

 そんな感じだな。。。
 で?焼き芋ってのは、なんだよ?
     謎だ、、、!

 オレについて説明しておくと、、

 桜井三日月(ミカヅキ)40歳 
 ニート 趣味アニメ

 学生時代は、真面目に勉強して一応4年制大学で経済学を学んだ。しかし小学生の頃から外見についてからかわれ、いじられキャラだった為に人目を避て目立たない様に生きて来た。
 当時一緒に住んでいた、今は亡き祖父と過ごす喉かな時間が一番好きな少年時代だった。その為、放課後は真っ直ぐ家に帰って庭いじりや、お散歩へと、いつも付いて回るお爺ちゃんっ子だった。
 それ以外は趣味のピアノを弾く時間に使い、友達と呼べる人間も居なくて、コミュ力を育てる事を怠って来た。
 
 現在は、失業した3年前から髪も髭もほったらかしだ。誰かと会う訳でも無く外室するでも無く、そんな日々の中、心に垢が溜まって行く。
 ついでに言うと部屋もほったらかしなのだが、散らかる程物が無い為、寒々とした空っぽな空間だ。着ている服といったら万年ランニングと短パンで、体型は食べても太れないひ弱系。
 人生の低迷期となっている今は、外に出るエネルギーさえ、自分で作り出す事が出来ずにいる。

 例えるなら、サナギか蓑虫(みのむし)か亀の甲羅かは、わからない。保護エリアで力を蓄える予定でいたが、それにしては3年間は長い。そんな事は自分でもよくわかっているが、生活がなんとか成り立っているので、ついつい月日が流れてしまった。

 女性関係についてお話すると、小学生の時から自分の外見にコンプレックがある。だからデートすらした事が無い。
 しかし、見くびってもらっちゃいけない。女を知らない訳では無い!!のだが、、、それは消したい思い出が絡んで来る。

 そんな感じで、何かに夢中になっている訳でもなく、オタクとはまた違う、現実逃避の最中と言った方がピッタリだ。

 アニメ、ゲーム、読書の順でブームと言える程度の何処にでも転がっていそうな三流ひきこもり人間、、
 
 それが今のオレだ。

 個性はコレと言って無いが、少しインパクトがあると言えば、祖父のつけた

   『三日月』

 と、いう名前だけだ。
 祖父は「戦地の空腹で見上げた夜空の星を金平糖とし、毎夜摘んで腹を満たしていた。」と、いうロマンチストな詩人だ
 「ある夜自分と同じ痩せた月を見つけた。気持ちを沈ませていたところ翌日からそれは次第に太って行ったんだよ、、
 そして、それは最後にはオレンジに輝く卵の黄身のような満月になった。死を待つばかりの日々に希望と幸福感を味合わせてくれた。三日月?お前が産まれた時、あの日と同じように私の未来が照らされた」
 祖父は遠い目をして、美しい物語を語る。

つまり、孫であるオレの肩に乗せた物は『未来、希望、幸福感』と言う事になる。

 「重い……。完全に名前負けだ!」


 これから届き続ける神メールが彼の3年間の引きこもり生活を静かに終了させる事になるのだが、今夜はメールの事など気にせず普段通りに眠くなると布団に潜って眠るのだった……


 同日昼目寝覚めて、トイレへ行こうと一階へ降りダイニングを覗くと、母親の博子が焼き芋を食べていた。

 60歳を越してからパートも辞め、婦人会の企画する着付け教室、ヨガなど体験教室に通うことを楽しみにしている。
 ジーンズメーカーで営業をしていた事もあり、未だにジーンズが似合うスリムな体つきだ。そして毎月美容室で髪を染めショートヘアーをキープしていて、最近は以前より若返り、私生活を楽しんでいる活動的な母親だ。

 あれっ?確か昨日のメールで焼き芋って?オフクロが神なのか?でもメルアドは違ったよな?

 薄気味悪りーな。
  おいおい、なんだよも〜
 そんなに旨そうにバクバク食うなよ!
 
 焼き芋を食べるオフクロが心配な事も重なり、その気味の悪さに血の気がひいた

「母さん、その焼き芋どうしたの?」
「カズ、食べる?まだあったかいわよ。。あらっ?顔色悪いわね風邪でもひいた?」

 呑気なもんだな?食いたい訳じゃねーんだよ!
更に言うと、心配でオフクロにも食わせたくない気までしてるよ!

 謎過ぎる焼き芋に動揺させられイライラする。更に最近は日に日に自分が家の中に根を生やし、カビて腐っていくイメージが頭を満たし、うんざりしていて、いちいちキレがちになっている。

「母さんが、芋買って来て作ったのかよ!」

 何をどう聞けば良いか、母親に対して普段より口調を乱暴にしてしまったせいで、イヨイヨ中身まで蝕まれた気がして少しパニクる

「あらっ、そんなに焼き芋が気になるの?忍ちゃんがさっき持って来てくれたのよ」
 しかし、母親の調子は変わらなかった。

 えっ?隣んちの忍さんが?焼き芋を持って来たって、どういうことだ?
「カズ食べるんじゃないの?」

   ギョッ!!

 暗黒の世界の呪いでも掛かってるんじゃねーか??気味悪い、そんな何だか分からないもん食えるか!
「いや、いらない」
 コレはどういうことだ?脳内大混乱だよ。

 忍ちゃんとは、隣に住む母親と同じ歳の幼馴染で2人は仲が良い。

 トイレから出て部屋へ戻ろうとすると、今まで焼き芋を食べていた母親は階段の前で掃除機をかけている。
 それを避けながら階段を登りかけると、途中でスマホが鳴った。

 画面を開くと、それは神からの2回目のメールだった

 また、来やがった、、、汗

 言葉とは裏腹に身体は氷つき、心臓はバクバクと動揺していて、階段を登るエネルギー不足になり、その場の段に座り込み開いて見た。

『プロジェクトを開始する為には 身なりを整える必要がある、明日髪を切るべし!散髪代は無償にしておく』

 おいおい、早速指示が出たよ。
 何だコレ、、気になるじゃないか!無視したらどうなるんだ? 日本が危機ってどういうことだ?確かに今、世界規模の混乱があるが、コレってオレのせいでもあるのかよ、そんな事信じられるか??
 相談する友達なんて居ねーし、オフクロに見せて意見を聞いてみるか? 
 アホか!
 オレはいくつだ?プロジェクトってホント何なんだよ、しかし何でオレなんだ? 

 待てよ!!対象者ってことは、、他にもいるぞ。
ネット検索だ!まずは情報収集をしよう、コレぞ大人対応だ。

 ひとまず、それで少しは気持ちも落ち着いて、腰の抜けかけていた身体が動き出した。

 階段から下を見ると、母親が掃除機をかけ続けている。

 オレの気も知らないで呑気なもんだな、、お前の息子の肩に日本の未来がかかってるかも知れねーんだぞ。

 薄暗い部屋へ入ると、ドアの横にあるシルバーのパソコンデスクだけが存在感を出している。椅子をひいて腰掛けると、早速パソコンに向かう。

 えーっと。
神、日本に危機、対象者、修正プロジェクト、ミッション。
 思いつくまま、いろいろ検索を開始するが、しばらくすると、モヤっとして来る。

 神が髪を切れって、ダジャレかよ? 
焼き芋って神にしてはショボいし、全く奇妙なメールで迷惑だよ!!
 でも待てよ!オレの人生進む道を誤り始めたってことなのか? ならば、それはいつからだ? 会社を辞めた3年前からなのか? 
 考えれば考えるほど更に謎が増えていくばかりだ。

 逃げ続けていた確信部分がドロドロと頭の中に湧き出して来た。

 そろそろ現実に目を向ける時期だよなぁ。。ニート生活は苦しいよな、、。

 彼の何かが深い水の底から水面に向かって少し動いた。

   これには何の意味があるんだ?

神に従ってオレに何か徳は、あるのか?
神は、オレから何が得られるって言うんだ?

 そして考えることをやめていた脳が少し息を吹き返した。

 が、その時間は短かった、、、。

「明日、散髪かぁ〜」

 天井を見て、床屋に向かう自分を思い浮かべて見るが、そのめんどくささにため息を吐く。

 空想を吹き飛ばし、集中しようと努力はするが脱線していく。そんな事を1日繰り返してさすがに痺れを切らして来た。

 なんだよ、この手のオタク凄まじいな、コレじゃねーんだよ! 
 しかし行っちゃってるヤツ多いな、こいつらがオレにメールよこしてるんじゃねーだろうな!!

 この発想は完全に八つ当たりだ。

 もう、どうでも良くなって来て、ベッドへゴロンと寝そべり部屋を見渡してみる。
 部屋での飲食をしない癖があるので、ゴミ箱すら置いていない。そして趣味など無いガランとした部屋にポツンと電子ピアノが見える。その上には埃をかぶったヘッドホンが置いてある

 空気が淀み切って、見事にむさ苦しい部屋だな。。
シーツとかいつ洗ったキリだ?
 おえーっ!くせー男部屋。

 カーテンも閉めっぱなしだけど、開けると昼間の日差しがアチーんだよな、、。
 そして何より隣んちのヤツの部屋から見えるよな、、こっからアチラが見えるから、ヤツからも見えるって事だもんな?
 都会の住宅事情、マジ勘弁だよ!!
  ムサいニート生活、見られたくねー。
 

 ヤツとは、中学3年生の時に北海道から越して来た同じ歳の佐藤海里(ミエリ)の事で、彼女も独身。
 陰気で人付き合いをしないとこまでは似ているのだが、最大の違いは自分と違って、仕事をしているというところだ。
 勝手にライバル心なども燃やしているのだが、相手になどされていないことはわかっていて、それもムカつくのだった。
 二人は昔から仲が悪いのだが、母親同士は同級生ということもあり仲がいい。
 そして父親は北海道で単身で働いていると聞いているが一度も見たことは無い。

 ヤナ奴の事を思い出してしまった。。
3年前にオレが会社を辞めた時の、人を見下す様なあの、おどろおどろしい目!!
 メデューサかよ!固まったわ!!

 陰気は伝染すんのかよ?思い出しただけでオレまで気分が凹んで来やがった。
  おー、闇へ引きずり込まれる。。。
  何の能力だよ??怖えーー女。。





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