異世界に喚ばれたので、異世界で住みます。

千絢

93.娘と父と

揺蕩う意識のなかで、おぼろ気に掴んだ気配。泣きそうで、それでいて嬉しそうなーー…。








『俺の可愛い娘』






『可愛い可愛い娘』






『本当に自慢の可愛い娘』








その艶のあるテノールの声は、記憶の彼方で埋まっていたものだった。人は声から忘れていくのだという。けれど、その声が誰のものかすぐ分かった。聞いてる私が恥ずかしくなるぐらい、可愛い可愛いと言うのはただ一人。徐々に露になるその姿。








『ありがとう、俺の可愛い娘』






「…父さん」






『依織がこの国を救ってくれたおかげで、俺は化けて出ずに済みそうだ』








化けて出たて国一つ滅ぼすのじゃ、割り合わないからなあ。せめて三つ四つは落とさないとなあ。のんびりとした声音で物騒なことを言う父さん。優しく弧を描く金と銀の瞳。








ーーこの父さんは、いや、この父さんたちは双帝の剣の残留思念体だ。声も喋り方も私の知る父さんだけど、奥底で感じるソレは父さんだけのものじゃない。建国の時から、この国を治めてきた皇帝たちの想いや願いが相まって、今の父さんを象っていた。








『ありがとう。二度も助けてくれた』






「父さんの力があったからだよ」






『俺の可愛い娘に、この力は酷だと思っていたがそうではなかったんだな』






「父さんの力があったから、私はこうやって父さんの故郷を助けることが出来たの。父さんの力があって良かった」








ありがとう、と言ったのは父さんだけじゃなかった。父さんとダブって何人もの皇帝が見える。皆、優しい金と銀の瞳をしていた。なかには黒髪と白銀の髪をした双帝もいた。








「父さん、この国は良いね」






『ん?』






「嘗ては、神様同士の争いで荒野と化していたけれど、神の子達が手を合わせ建国し、流れ来る民を受け入れ、神様と隣り合わせの国として栄えてきた」






『うん』






母たる神創造神朝と夜の父たる神太陽神と月神。父たる二神は仲が悪かったというけれど、二神は母を深く心から愛していたんだね。そして、間に生まれた息子たる神のことも」








紛れもない事実に、これほどまでにない愛しさを抱く。双帝の、聖女の、皇族たちの魂の輝きに惹かれ私たちはこの国に居ることを、彼等に仕えることを選んだ。それは間違っていなかった、と私は思う。








『娘は、自らの選択に後悔していないんだな』






「後悔なんてないよ。寧ろ、この選択は間違っていなかった」






『そうか、お前がそう言うのならそうなのだろうな。だったら、もう二度と心配するなと言わないことだ』






「…えぇ?」






『竜王アストラルやノルエルハに言っただろう?心配しないで、と。心配されるのは嫌なのだと』








あー…と私は言葉を濁した。戦場で生まれて、戦場で死ぬ。私はそうなる運命だと思っているから、シヴァ様がプッチンなさってる時にアストラルに言った。誰かに心配されると、心が重たくて重たくて仕方がなかったから。








家族や身近な人に心配されると特に。








『良いか、可愛い俺の娘。心配はな、心配りと書く。気掛かりで仕方ない、そのことに心を配って世話をする。そして、その心配事が解決された時に、フッと心が軽くなる。それは配った心の一部が戻ってきたからなんだ』








ある種の願掛けだな、そう続けて微笑んだ父さんは私の頭に触れた。お兄ちゃんよりもしっかりして、大きな手のひら。心の奥で焦がれた、温かさにキュッと奥歯を噛み締めた。








『俺たち戦場に立つ者を心配したってキリがない。けれど、心配を言葉にして願いを掛ける。帰ってきますように、無事ですように、生きていますようにと。それがあるから、俺たちは生きて帰ろうと思うんだ。心を配ってくれた人のために』








「…私には、分からないや」






『んー…そうか?幼い頃から戦場に立たせたのが不味かったか?まあ、兎に角だ。心配してもらえるのは、お前が愛されているからだ。愛してもないやつなんか心配なんぞされん』






「…父さん、」






『お前は、誰が愛してくれる、とアストラルに言ったな』






「…なんで知ってるの」






『俺はメキドに食われたんだぞ?お前のことは、ずっと傍で見てるぞ』






「なにソレ怖い」








まさか、メキド越しに見られていたなんて。我が父ながら、気持ち悪さを通り越して怖い。








『お前は、愛されている。俺や志貴、双子たち、ドラゴンたち、そして皇帝たちから』








可愛い俺の娘、愛しているよ。愛しているから、死を恐れてもかまわない。お前は、死なせない。お前は、まだ生きて幸せになるべきだ。








霞んでいく視界。ゆっくりと思考が止まっていく。父さんは私の頭を撫でながら微笑んだまま、幸せになれと囁いた。幸せに、愛しい娘ーーー。

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