異世界に喚ばれたので、異世界で住みます。

千絢

62.扉に銘打たれたその一言

楽しい、幸せな時間を過ごした後は必ずと言っていいほど――








「地獄が待ってんだよなぁ」








「地獄って、敬う気一切ないですね」






「考えてみてくださいよマリベル様。傍仕えになれと言われ断れば、汚名も立場も全部僕がどうにかしてあげるから妻になれ。ありえない」








「…口を慎みましょう、イオリ殿。白帝に聞こえますよ」








兄妹たちと過ごした翌日、私は朝からマリベル様と廊下を歩いて居た。何故かと言うと、白帝から召集がかかったのだ。マリベル様曰く、お兄ちゃんやシヴァ様も呼ばれているというから私への糾弾ではないだろう、とのこと。






「マリベル様、ルシエラ様と最近はどうなんですか?」






「えっ?」






「お忙しいんでしょう?ルシエラ様も忙しいと聞いてますし」








「あ、あぁ、大丈夫だよ。ありがとう」








「私ごときが助言できる程ではないですが、あんまり放っておくとストレスが溜まりますよ」








お互いに、ね。私と時雨がそうだったんだよねー。戦場と戦場で擦れ違いが増えて、爆発したことが何回かあった。そのあとは、二人で互いの魔力を貪るように抱き合ったのだけれど。他人それぞれで爆発した先の行く末が、殺し合いだとか色々あったわけだ。勿論、その行く末も見て来た。








「ストレス、ですか?」








「ストレスとか感じませんでした?久々に会った時に、こうムラァっというかイラァっというか。それに似た感情がふつふつと腹の底から湧いてきませんでした?」








「ムラァもイラァもない、かなあ」








チカラを持った恋人関係にある者は、そういう爆発を起こすととーっても好戦的になる。末恐ろしい話で、私たちも殴り合いのあと、我に返って血塗れで抱き合っていたパターンが多い。何をするにも、血は付き物だった。だから、そんなことが無いように出来るだけ定期的に一緒に過ごすようにしていた。








今では、そんな感情も欲求もないけれど。








「じゃあ、この先分かるかもしれませんね」






「…なんだか、分かりたくないなあ」






「別に本来なら分からなくて良いものなんですけどね。念のために言っておきます」








ケラリと笑って、変になってしまった空気を流す。私とマリベル様の目前に大きな扉がある。いつも見慣れている執務室の扉ではない。この扉は、私の言う地獄への扉である。








「謁見の間かあ。何気に初めてなんですよね、この部屋に入るのって」






「おや、そうでしたか」






「マリベル様や白帝と初めて会ったのも、応接室でしたからねぇ。何でまた、謁見の間なんでしょう?」






「分かっておられるクセに…」






「現実逃避って知ってます?」










扉の奥に感じるのは、お兄ちゃん、シヴァ様、白帝、ジェラール団長、ロベルト様、それぞれ感じ慣れた魔力と、見知らぬもう一つの魔力。魔力の質から推測するに、こりゃ前皇帝だな。父さんやノルエルハとは少し違うけど、ヴィヴィ様やリヴェーダ様の魔力と似通ったところがある。だから、前皇帝の魔力で間違いないだろう。










「私への糾弾じゃないとか絶対嘘だ」






「嘘ではありませんって」






苦笑するマリベル様は扉の前の騎士に声をかけた。いよいよ扉が開かれる。頭の中で軽やかに流れ始めたのは詩人ダンテの神曲、第一章地獄篇だった。








この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ、なんてね。











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