異世界に喚ばれたので、異世界で住みます。

千絢

57.失ったもの

ショートカットになった私。心機一転として、新しく頑張ろうと思う。右足の、深く切り裂かれたところが少しだけ突っ張ったカンジが残っていることについて、医師は後遺症として受け入れるほかないとそう言った。肉だけでなく筋も少し切っていたらしい。歩行には問題ないけど、走ったり跳ねたりは、もう出来ないそうだ。こればかりは、怒るルシエラ様を宥めることは出来なかった。








「すまなかった、」








私の前で頭を下げる黒帝。先に復帰したのは、なんと黒帝だったのだ。いや、ただの脳震盪だったから当たり前っちゃあ当たり前なんだけども。謝りに来た彼は誰に何を言われたのだろう。ずっと傍に居たアストラルやティエラに目をやれば、彼等は何ともないと顔で微笑んでいた。






「それは、何に対して?」






「はっ?」






「黒帝も人間だから、大事な人が捕まえられ国外追放。挙句の果てには誰かに殺された。それに対して嘆き悲しみ怒るのはご尤も。その矛先が私に向くのも、当然のよね。だって私が彼女を狂わせたんだもの。捕まえたんだもの。だから、私が憎くなるのは当然のこと。私を殺そうとするのも、また然り」








「それは…」






「それは、どうしようもない小娘に頭を下げて謝らなければならないことなの?黒帝、冷静になったのは良いけれど周りに言われるがままになってない?貴方を此処へ行けと言ったのは、白帝?それともルシエラ様?」








それは間違っていないと私は思う。けれど、正しいとも思わない。もっと理性的に考えれば、こうなることは避けられただろう。そんなこと今言っても後の祭だけど。あの状況で、誰も冷静に居られなかった。この国きっての貿易を誇るアーロミス商会と教皇派の手引き。黒帝の婚約者が捕まったこと。誰も、冷静じゃなかった。








ただただ、内紛が起きないか怯えていた。ロベルト様もジェラール団長もロベルト様も。みんなが、双帝の立ち位置を案じていた。近衛筆頭愛し子弟妹を案じていた。私を捕らえたのだって、肩書のない私の死ですべてを片付けようとしていたことだろうし。








「…違う、自分で来た」






「お前のせいだとでも言いに?」






「違う!!」






「じゃあ、どうして?貴方が謝る理由、一体どこにあるの?」








《あらあら、イオリ。そんな意地悪を仰らないで》




《謝るなっつうことは許さないってことだぞ?謝罪ぐらい受け取ったらどうだ?》






微笑んだままのティエラと困り顔のアストラル。いつまでお前たちは此処に居るつもりだ?そう問いかけても返事は戻らない。つまり、戻る気はさらさらないということだ。主は別にいるだろうに。








「別に許す許さないじゃなくて、謝罪される意味が分からない。謝られて、何の意味があるの?罵倒されてきたことも、職を失ったことも、ましてや右足が元に戻ることだってもうないのに」






「…みぎ、あし?」






「ありゃ、聞いてなかったの?筋が切れてたらしくて、もう私は戦場に出れないんだよねぇ。歩けても走れない、力の入りようが分からないし、一生剣を振るうことが出来ない」








私は、戦場に出れなくなった。恋い焦がれた戦場に、もう二度と出れないのだ。つまり騎士団からの依頼も受けれなければ、自らのストレス発散にも出かけられなくなった。黒白を振るえず、ただの鉄の塊となった二振りを、一体どうしろと私に言うのだろう。






「…俺、が」






「戦いに傷は付き物だから仕方ないんだけどねえ」








何処の誰かにやられるよりかは、まだマシなんだけど。











コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品