異世界に喚ばれたので、異世界で住みます。
56.雪解けの感情
蹴られた反動で脳が揺れたのか、黒帝はそのまま起き上がることなく意識を失った。ザマァみやがれ。私はアンタが誰であっても容赦しない。不敬罪に当たるとしてもね!
「…い、おり?」
「ただの脳震盪なんで、ほっとけば勝手に目を覚めますよ」
「いや、そうじゃなくてね…」
「イオリ様、シヴァお兄様なんて放っておきますわ!それより傷の手当をさせてくださいな」
決着が着いて、影が消えた。声をかけてきたのは困った顔をする白帝。モゴモゴと口を動かすだけで、言葉を発しない白帝を押しのけて私の前に出てきたのはルシエラ様だ。美人に迫られると、かなりの迫力がある。双帝とは似つかない種類の違う綺麗さで、本物の聖女なんだなあと違うことを考えた。
「あぁ、綺麗な御髪までざんばら髪に…っ。シヴァお兄様許すまじ」
「ルシエラ、顔が怖いよ。ちょっと落ち着きなよ」
「落ち着けですって?!こんな傷だらけのイオリ様を見て落ち着け?!馬鹿な事を仰らないで下さい!イオリ様、手当てを致しますわ。手当てが終われば、御髪を整えましょう?」
「うん、ありがとう。ルシエラ様、手当ては後で良いから髪を先に整えてくれるかな?ばっさり切ってくれてかまわないから」
「なっ、先に手当てをしなければ傷痕が残ってしまいますわ!それに、そのままでは痛いままでしょう?」
「…痛みとかとっくに感じなくなってるから。それに傷痕が今さら1つや2つ増えてもかまわない」
「貴女がかまわなくても、私がかまいます!!では手当てと同時進行いたしましょう!!」
一歩も引かないルシエラ様。えらく強情だなあ。心配してくれているルシエラ様を見て、ふっと気が抜けた。足から崩れていく感覚。痛みは無いけど血を流しすぎたのか寒気が襲ってきた。ヤバいかもしれない。
「――イオリ殿?」
《イオリ、もう疲れただろう?お前を心配しているのは、何も家族だけじゃないんだからな。みんなが、お前のことを心から案じているんだ》
アストラルの落ち着いた声音。その優しい黒い瞳に見つめられて、少しだけそうかもしれないと思った所で膝をついた。砂利が膝に食い込んで痛い。なんだ、まだ痛感も残ってるじゃない。人間、まだまだ捨てたもんじゃないわ。元に戻った視界でも、精霊たちも心配してくれているのが手に取るように分かった。
「ふふ、そうね、みんなが心配してくれている。温かいものね」
《あぁ、だから手当てを受けて髪を整えて貰え》
「そうするわ。ルシエラ様、お願いできる?」
「っええ!!すぐに準備を!」
誰かに疑われる悲しさも無力さも、誰かにハメられた悔しさも、温かな感情に触れてゆっくりと雪が解ける様に心に馴染んだ。受け入れてきたものだけど、本当は受け入れたくなかったもの。どれも私にとって障害でしかなくて、思考回路まで狂わされる。けれど、人間とはそういう生き物なんだろう。目先のものに囚われたって、前を見据えすぎたって駄目なのだから。
「父さんと母さんに、会いたいなあ」
楽しかったあの頃に、戻りたいと願うことは許されないのだろうか。前に傾いだ私の体を受け止めたアストラル。彼の温かな体温に包まれて、私の意識は静かに深い深い闇の中へと落ちて行った。アストラルが居るから何も怖くなかった。これ以上にない安堵に包まれているのだから。
《ゆっくり休め、愛しい娘。寂しくない様に俺たちが傍に居てやろう》
「…い、おり?」
「ただの脳震盪なんで、ほっとけば勝手に目を覚めますよ」
「いや、そうじゃなくてね…」
「イオリ様、シヴァお兄様なんて放っておきますわ!それより傷の手当をさせてくださいな」
決着が着いて、影が消えた。声をかけてきたのは困った顔をする白帝。モゴモゴと口を動かすだけで、言葉を発しない白帝を押しのけて私の前に出てきたのはルシエラ様だ。美人に迫られると、かなりの迫力がある。双帝とは似つかない種類の違う綺麗さで、本物の聖女なんだなあと違うことを考えた。
「あぁ、綺麗な御髪までざんばら髪に…っ。シヴァお兄様許すまじ」
「ルシエラ、顔が怖いよ。ちょっと落ち着きなよ」
「落ち着けですって?!こんな傷だらけのイオリ様を見て落ち着け?!馬鹿な事を仰らないで下さい!イオリ様、手当てを致しますわ。手当てが終われば、御髪を整えましょう?」
「うん、ありがとう。ルシエラ様、手当ては後で良いから髪を先に整えてくれるかな?ばっさり切ってくれてかまわないから」
「なっ、先に手当てをしなければ傷痕が残ってしまいますわ!それに、そのままでは痛いままでしょう?」
「…痛みとかとっくに感じなくなってるから。それに傷痕が今さら1つや2つ増えてもかまわない」
「貴女がかまわなくても、私がかまいます!!では手当てと同時進行いたしましょう!!」
一歩も引かないルシエラ様。えらく強情だなあ。心配してくれているルシエラ様を見て、ふっと気が抜けた。足から崩れていく感覚。痛みは無いけど血を流しすぎたのか寒気が襲ってきた。ヤバいかもしれない。
「――イオリ殿?」
《イオリ、もう疲れただろう?お前を心配しているのは、何も家族だけじゃないんだからな。みんなが、お前のことを心から案じているんだ》
アストラルの落ち着いた声音。その優しい黒い瞳に見つめられて、少しだけそうかもしれないと思った所で膝をついた。砂利が膝に食い込んで痛い。なんだ、まだ痛感も残ってるじゃない。人間、まだまだ捨てたもんじゃないわ。元に戻った視界でも、精霊たちも心配してくれているのが手に取るように分かった。
「ふふ、そうね、みんなが心配してくれている。温かいものね」
《あぁ、だから手当てを受けて髪を整えて貰え》
「そうするわ。ルシエラ様、お願いできる?」
「っええ!!すぐに準備を!」
誰かに疑われる悲しさも無力さも、誰かにハメられた悔しさも、温かな感情に触れてゆっくりと雪が解ける様に心に馴染んだ。受け入れてきたものだけど、本当は受け入れたくなかったもの。どれも私にとって障害でしかなくて、思考回路まで狂わされる。けれど、人間とはそういう生き物なんだろう。目先のものに囚われたって、前を見据えすぎたって駄目なのだから。
「父さんと母さんに、会いたいなあ」
楽しかったあの頃に、戻りたいと願うことは許されないのだろうか。前に傾いだ私の体を受け止めたアストラル。彼の温かな体温に包まれて、私の意識は静かに深い深い闇の中へと落ちて行った。アストラルが居るから何も怖くなかった。これ以上にない安堵に包まれているのだから。
《ゆっくり休め、愛しい娘。寂しくない様に俺たちが傍に居てやろう》
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