異世界に喚ばれたので、異世界で住みます。

千絢

23.志貴の心

「悪い、遅れた」








「めちゃくちゃだぜ、ったく。いっそのこと、趣きも変えちまうか?」








しっとりと水けを帯びた髪のままで来たシヴァ様と、頭をグシャグシャと掻き乱しながら入ってきたジェラール様。なんだか対称的で笑える。うとうとと眠りに入りそうなメギドを抱き直しながら、私はジェラール様に頭を下げた。








「ジェラール団長、この度は勝手な行動任務強奪申し訳ない」






「…勝手な行動、な。いや、あの任務は手こずるだろうと思ってたからありがたい」






「それで、まだあぁいう任務あります?今日中にいただけません?」






「お前、まだ強請るのかよ」








ケラリと笑ったお兄ちゃんに、私もケラリと笑い返す。だって、足りないんだから仕方ない。別にシヴァ様のいかにも事情後っていう感じに苛立っているわけじゃない。何かが心を蝕んでいっているのだ。いや、何かじゃない。分かっている。分かっているからこそ、苛立つのだ。








「あ、あぁ。あるけど、お前、そんなこと任務してて良いのかよ。書類の仕事とか大丈夫なのか?」






「私、そこまで馬鹿じゃないんですよ?たまには外に出て、身体を動かさないと。まあ、今溜まって今日中に提出予定だったものも、予定外の来客で処理できてませんけどね」








「苛立ってんな…。じゃあとびっきりな依頼書をあとで持って来させるから、好きなのを持って行け。マリベル、お前のもついでに頼んどけば?」








「うちは、そこまで厳しい任務は無いので大丈夫ですよ。そういえば予定外の来客黒帝婚約者で、予定が狂った人がいるとか、聞きましたがイオリでしたか」






「どこで聞いたんですか…。帰り際に陛下の執務室によって、自室に持ち帰って処理しようかと思ってて。メギドの件の書類なんで、明日朝イチに届けに来ます」








「良いよ、どうせその書類は報告書になるだろうし。任務に集中しなきゃ、怪我をしちゃ困るんだからね」








私の心情を悟ってくれたのか、ジェラール様はとっびっきりの任務を用意してくれるらしい。よし。任務げっちゅーだ。その任務にはメギドは置いて行く。各任務には、各砦の移動魔方陣を使っても良いと許可も下りたし、もうマジでサイコー。白帝も書類は明日でって言ってくれたから、マジでテンション上がりそう。








「良かったな、依織」






「うん。もう、楽しみで仕方ないや」






「いっぱい暴れて、その凶暴な雰囲気をしまって来いよ」






「ウイッス」








視界の隅で、白帝とシヴァ様が話し合っているのが見えた。口の動きからして内容は、デスベリアと呼ばれるようになった所以とか、その他諸々。というか逆だな。教皇派についての依頼を私たちに任せるってことと、私がデスベリアと呼ばれるようになった所以とか、その他諸々。かな。






「んよし、兄ちゃんがメギドをドラゴンたちの所へ送って行ってやるよ。お前は任務に行って来い」






「ほんと?お願いできる?」






「あぁ。ジェラール様、任務書は俺の部屋に送っといて下さい。今からコイツに寄らせるんで」






「ほいほい」








ぐっすりと夢の中に堕ちたメギドをお兄ちゃんに渡して、私はにんまりと笑って部屋を出た。あーいい気分。色んな意味の、いい気分、ね。






――――――――――――――――――――――――――






「どうしたんだよ、イオリのやつヤケに荒々しいっつか、苛立ってね?」






「あれはストレスが爆発したんでしょう。不定期にドカッと来るんですよね。俺も気付いたら、発散させてやれるようにはしてたんすけど、今回のは格別酷いっすわ」








メギドを温かみを腕の中に感じながら、志貴は依織のストレス爆発について語った。侵蝕の最中に視えた依織の戦闘姿。幾度となく折れ、幾度となく焼き付け、そうして出来上がった依織だけにしか扱えなくなったの双刀。チカラさえも刃に宿した黒と白。双刀を振るう姿は神に舞を捧げているようで、展開する魔術の唄魔方陣は神への祝詞を捧げているようで。






魔を殺し、魂を浄化する。






―――そして正常に輪廻へと巡らせる。






彼女は知って知らずか、泣けなくなった彼女が唯一泣く方法がソレ浄化なのだ。グレイアスの死と時雨が死ぬまでの期間が短すぎた。敬愛する父親の死と、何よりも愛し合った存在の死との間が。








依織の心に鍵がかかるのは、それで十分だった。死というのは、それほどまでに彼女を苛み病ませるものだった。グレイアスの葬儀の時は、まだ泣けていたのを覚えている。静かに頬に涙を伝わせ、精霊たちへ祈りを捧げていた。次いで、時雨の死が訪れたのだ。








あの時、志貴は時雨と同じ戦場に居た。時雨の死を間近に見た。彼の親友と共に、彼に手を伸ばして救おうとした。届かなかった。この手は届かなかったのだ。そのことが、時折志貴を苛む。この志貴でさえもだ。可愛がってきた弟分が、目の前で死んだ。薄情かもしれないが、父グレイアスの死よりもツラいものがあった。グレイアスも目の前で死んだ。しかし、依織を守って死んだ英雄なのだ。






「ストレスの爆発でアレ?え、お前の妹どうなってんの?もう噂になってんだぜ?」






「戦死者の選定者ヴァルキュリア殺戮女神デスベリアと呼ばれることも、本当は的を射てないんですよね。確かに依織は戦闘狂に近いものがある。戦場に興奮を覚え、血を浴びることで快楽を感じる」






「…お前とそっくりじゃねーか」






「違いますよ。まあ、聞いて下さい。依織は、父グレイアスと似てはいるけれど似てないんです。どちらかと言えば母ユリアに近い。血統的にも。依織は、生と死を司っているようなモンなんです。自ら命を奪うのに、魂は世情に輪廻へと送る。それは母のチカラでした」










だからユリアは双子の視覚を奪い、聴覚までもを奪おうとした。呪術師とは過去に呪われ、人と異なった特別な力を持つ者のことを指す。ユリアの生まれた家は代々呪術師が生まれる家で、様々なチカラを持った人たちがいた。








「…それはお前とは違うな」






「生と死。それは、イオリが神々の領域に達しているって事かい?」








絶句。誰もが言葉を失った。生と死を司るのは神々だけだ。その定理はどの世界も共通。人間という生き物が、生と死を司ることなど不可能でありえないことなのだ。志貴は肩を竦め、首を横に振った。






「違います。依織はただの依織だ。他の何者でもない。ヴァルキュリアでもなく、ウェルミスでもなく、デスベリアでもなく。アイツはただの依織なんですよ。異名ばかりつけて、存在を揺さぶらないでやってください。だから、というか。お願いなんですけど定期的にアイツへ大きな任務渡して貰えませんかね?」






「……いや、え、っとどうすれば良いっすかね、陛下」




「それは僕じゃなくてシヴァだね。どうするんだい?」




「それでイオの心が晴れるなら良いだろう。ところで、気になっていたんだがその子供は?」




「――あぁ、それ城下で暴れたドラゴンの人型。君に挨拶したがってたよ?」






「…あいさつ、か」






志貴はさっきと同じようにケラリと笑った。








志貴は温かな子どもメギドを抱きしめながら心から思った。








二番目の妹が報われることを。もう二度と、戦場を駆けずり回り血を被るような日々を送らないでほしいと。今回は仕方がないとしても、今までの様に、黒帝と笑いながら書類仕事をしていてほしいと。











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