異世界に喚ばれたので、異世界で住みます。
19.大空は曇らざりけり神無月 時雨は我のみぞする
時雨とは3つ年上の同期だった。学校には通わず、軍に所属して常に戦場を駆け廻っていた戦闘狂だった彼は、我が父グレイアスの愛弟子でもあった。だから、私と時雨の距離が近づくのも早かったのだと思う。お兄ちゃんは面白くなさそうだったけど、何だかんだ可愛がっていた。
時雨。時雨もまた戦場孤児で、軍に拾われ育てられた。故に、グレイアスの愛弟子になったのだろう。朱色と紫の瞳。それしか覚えてないけど、属性は風だったかな。独りぼっちの眼をした傷付いたオオカミ。それが彼。通称、フェンリル。世話焼きなお兄ちゃんが可愛がる要素が、彼にはたくさんあったのであった。
中庭で感傷に耽って居る私は、静かに精霊たちの唄に耳を澄ませていた。泣きたいけど、もう泣くほど涙も残っていない。父さんが死んだとき、時雨が死んだとき、お兄ちゃんが消えた日、双子が消えた日、母が死んだ日、独りぼっちになった日、私は泣かずに前を向いて生きてきた。
そうしなければ、生きていけないから。
見ての通り、知っての通り、私は守られるようなタイプじゃない。嬉々として前線に躍り出て、血を被る様なオンナだ。そう在らなければ――わたしではないのだ。そうしなければ、私が存在する必要がないのだ。
「大丈夫、大丈夫よ。私は強いもの、弱くなんかないわ」
強い子だと、強い魔術師だと、言われ始めて来た時から私は貪欲なまでにチカラを追い求めた。それは今もだ。この先ずっと、追い求め続けるだろう。己の弱さを隠せるようになるまで。己が無力さを感じなくなるまで、ずっと。
こんな私を、父さんは何と言うだろうか。
こんな私を、時雨は慰めてくれるだろうか。
こんな私を、母さんは許してくれるだろうか。
こんな私を、お兄ちゃんは抱き締めてくれるだろうか。
こんな私を、世界は認めてくれるだろうか。
桜咲依織とウェルミスは紛れもない同一人物で、裏も表もない。元事務員で、ただの魔術師だ。ちょっとその辺の人よりチカラが変わっているだけの、魔術師なのだ。
私は、ただ、ただ、必要とされたいのだ。
「…悪い癖、出ちゃって来ちゃったじゃない。誰の所為よ、まったく」
苛立ち、哀しみ、憎しみ、恐怖、絶望、空虚、後悔、焦燥、嫌悪、不満。
負の感情が一気に心の中を埋め尽くす。こうなったら、もう私は冷静ではいられない。嗚呼、悪い癖だな。そう言って、頭を撫でて一緒に魔物の軍勢に突っ込んで行ってくれたのは、一体誰だったっけ。顔も思い出せないや。
――騎士団副団長に、魔物の軍勢討伐という到底一人では不可能な任務を強奪して、私は城から飛び出した。移動手段はただ一つ、メギドである。魔術ではアシがつく。まあ、ドラゴンもつくんだけど、それなりに時間も稼げる。
メギドには初乗りだけど、案外簡単に乗れた。お尻も痛くないし、快適な飛行だった。天気も良いし、こうやって遠乗りするのも良いかもしれないなあ。国内だけど。しかも東の砦に近いけど。
『良いの?』
「いーの。人間はね、ストレスと言って溜めてはいけないものがあるの。それ、ちょっと解消するだけだから」
『うんん、後ろから来てるよ』
「…ほっときな。メギドは此処で、ちゃんと足止めするんだよ?」
『うん。ちゃんと話しておくね』
メギドがどんな話をしてくれるかは分からないけど、どうにかなるだろう。つか、どうにでもなれ。目の前にはウジャウジャと湧いて出ている魔物の軍勢。確かに、独りじゃ無理な数だ。よくこんな軍勢を隠し持ってたな。ああ、でも。懐かしい。この腐った臭いも、穢れきった魔力も、汚い空気も。メギドを離れた所に置いて、私は腰を落として黒と白を構えた。
「っし、行くか」
何時の間に、私はこんなにもストレスを溜めていたんだろう。こっちに来る前から、割と溜まってたとは思うんだけど、それから更に溜まってたみたいだ。訳の分からない異世界に喚ばれて、かれこれ半年以上。気付いたら微妙な位置に居て、婚約者持ちのシヴァ様の傍仕えしてるから周りの陰口も多いしさ。いや、陰口ごときでメンタルを壊されるほどヤワではないし、タヌキの嫌味とか、案外慣れてたと思ってたんだけどな。
「弱い、弱いよお前ら」
思いっきり踏み込んで、双刀を振るう。踊るように、舞うように。魔術は展開の準備までして止めて置いている。とりあえず、この体に溜まり切っているフラストレーションを消し去らなければならない。帰ったら怒られるかな。いや、でも誰に怒られるんだろ。白帝?黒帝?案外ジェラール様かな。
お兄ちゃんには視えている筈だから、多分何も言わない。時々、私がこうなるの知ってるから。いつからかは分からない。不定期に訪れるストレスの爆発。私にも分からないから困ったものだ。
「きっと、お前を思い出してしまったからだ、時雨」
時雨には悪いけど、そういうことにさせてもらうよ。
展開までしていた爆発系の魔術を、一気に解き放った。爆発。爆発。爆発。上がる煙は狼煙の様で、けれど風に掻き消される。揉み消してくれたと言った方が良いかな。精霊たちの気遣いが今はありがたい。
繰り返し行われる終わりのない爆発が、心を綺麗に晴らしていってくれる。魔物の血肉も何も残さないように燃えてしまえ。私の要らない感情と共に。
時雨。時雨もまた戦場孤児で、軍に拾われ育てられた。故に、グレイアスの愛弟子になったのだろう。朱色と紫の瞳。それしか覚えてないけど、属性は風だったかな。独りぼっちの眼をした傷付いたオオカミ。それが彼。通称、フェンリル。世話焼きなお兄ちゃんが可愛がる要素が、彼にはたくさんあったのであった。
中庭で感傷に耽って居る私は、静かに精霊たちの唄に耳を澄ませていた。泣きたいけど、もう泣くほど涙も残っていない。父さんが死んだとき、時雨が死んだとき、お兄ちゃんが消えた日、双子が消えた日、母が死んだ日、独りぼっちになった日、私は泣かずに前を向いて生きてきた。
そうしなければ、生きていけないから。
見ての通り、知っての通り、私は守られるようなタイプじゃない。嬉々として前線に躍り出て、血を被る様なオンナだ。そう在らなければ――わたしではないのだ。そうしなければ、私が存在する必要がないのだ。
「大丈夫、大丈夫よ。私は強いもの、弱くなんかないわ」
強い子だと、強い魔術師だと、言われ始めて来た時から私は貪欲なまでにチカラを追い求めた。それは今もだ。この先ずっと、追い求め続けるだろう。己の弱さを隠せるようになるまで。己が無力さを感じなくなるまで、ずっと。
こんな私を、父さんは何と言うだろうか。
こんな私を、時雨は慰めてくれるだろうか。
こんな私を、母さんは許してくれるだろうか。
こんな私を、お兄ちゃんは抱き締めてくれるだろうか。
こんな私を、世界は認めてくれるだろうか。
桜咲依織とウェルミスは紛れもない同一人物で、裏も表もない。元事務員で、ただの魔術師だ。ちょっとその辺の人よりチカラが変わっているだけの、魔術師なのだ。
私は、ただ、ただ、必要とされたいのだ。
「…悪い癖、出ちゃって来ちゃったじゃない。誰の所為よ、まったく」
苛立ち、哀しみ、憎しみ、恐怖、絶望、空虚、後悔、焦燥、嫌悪、不満。
負の感情が一気に心の中を埋め尽くす。こうなったら、もう私は冷静ではいられない。嗚呼、悪い癖だな。そう言って、頭を撫でて一緒に魔物の軍勢に突っ込んで行ってくれたのは、一体誰だったっけ。顔も思い出せないや。
――騎士団副団長に、魔物の軍勢討伐という到底一人では不可能な任務を強奪して、私は城から飛び出した。移動手段はただ一つ、メギドである。魔術ではアシがつく。まあ、ドラゴンもつくんだけど、それなりに時間も稼げる。
メギドには初乗りだけど、案外簡単に乗れた。お尻も痛くないし、快適な飛行だった。天気も良いし、こうやって遠乗りするのも良いかもしれないなあ。国内だけど。しかも東の砦に近いけど。
『良いの?』
「いーの。人間はね、ストレスと言って溜めてはいけないものがあるの。それ、ちょっと解消するだけだから」
『うんん、後ろから来てるよ』
「…ほっときな。メギドは此処で、ちゃんと足止めするんだよ?」
『うん。ちゃんと話しておくね』
メギドがどんな話をしてくれるかは分からないけど、どうにかなるだろう。つか、どうにでもなれ。目の前にはウジャウジャと湧いて出ている魔物の軍勢。確かに、独りじゃ無理な数だ。よくこんな軍勢を隠し持ってたな。ああ、でも。懐かしい。この腐った臭いも、穢れきった魔力も、汚い空気も。メギドを離れた所に置いて、私は腰を落として黒と白を構えた。
「っし、行くか」
何時の間に、私はこんなにもストレスを溜めていたんだろう。こっちに来る前から、割と溜まってたとは思うんだけど、それから更に溜まってたみたいだ。訳の分からない異世界に喚ばれて、かれこれ半年以上。気付いたら微妙な位置に居て、婚約者持ちのシヴァ様の傍仕えしてるから周りの陰口も多いしさ。いや、陰口ごときでメンタルを壊されるほどヤワではないし、タヌキの嫌味とか、案外慣れてたと思ってたんだけどな。
「弱い、弱いよお前ら」
思いっきり踏み込んで、双刀を振るう。踊るように、舞うように。魔術は展開の準備までして止めて置いている。とりあえず、この体に溜まり切っているフラストレーションを消し去らなければならない。帰ったら怒られるかな。いや、でも誰に怒られるんだろ。白帝?黒帝?案外ジェラール様かな。
お兄ちゃんには視えている筈だから、多分何も言わない。時々、私がこうなるの知ってるから。いつからかは分からない。不定期に訪れるストレスの爆発。私にも分からないから困ったものだ。
「きっと、お前を思い出してしまったからだ、時雨」
時雨には悪いけど、そういうことにさせてもらうよ。
展開までしていた爆発系の魔術を、一気に解き放った。爆発。爆発。爆発。上がる煙は狼煙の様で、けれど風に掻き消される。揉み消してくれたと言った方が良いかな。精霊たちの気遣いが今はありがたい。
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