異世界に喚ばれたので、異世界で住みます。

千絢

00.喚ばれた

「申し訳ございません。少し確認しましてから、折り返しお電話させていただきます。はい、失礼します」






顧客から掛かってきた電話にうんざりしつつ、受話器を戻した。そして先ほどから、絶え間なく静かに主張するポケットのなかの私の携帯電話。今は間違いなく仕事中で、それを知らぬ友人たちではない。先ほどの顧客から言われた製品の納期は、カレンダー通り見れば一昨日。本当であればモノは顧客の下に既に着いていなければならない筈だ。そりゃ怒られても仕方ない。謝罪文を送ったと思ったんだけど忘れてた、なんてことはないと思う。送った筈だ。だが、これが大人の世界だ。何も言うまい。








残っている工程をどうにかこうにか頭の中を組み替えながら、静かにポケットで主張する電話を耳に当てた。ここ最近家には帰っていないし、そもそも仕事を終われるのもお月様を見送ったあとで。要するに、私は極度のストレスと疲れのピークに見舞われていた。








『ねーねー、魔獣の片づけ頼みたいんだけどさあ』








そんな疲れた私の耳に聞こえて来たのは、ちょっと甘えた声を出す男の声だ。魔獣?ん?疲れているのかなあ。そんなもの知らんぞ。わたしゃ関係ないぞ。私は一介の事務員だ。まあ良いやと私は返事をしないまま電話を切った。そして、直ぐに逸れていた思考回路を戻すべくパソコンへと目を戻す。ただ、終わりの見えない仕事に集中力が続くわけもなく。一時間ぐらい休憩は搾取できるから、そうだ息抜きをしよう。








上司に一言告げて、私は外へと向かった。外と言っても敷地内で、中庭である。凛々しい樹が立ち並んで、青いベンチが一つある。いつもだったら誰かしら座っている所だけど、今日は誰もない。此処に来るまでに買ったカフェオレを飲みながら、四角切り取られた青い空を仰ぐ。










「あー…」








女性らしからぬ呻き声。その声の主はもちろん私で桜咲 依織おうさか いおりは、今年で20歳になるというのに完全なる社畜の道を歩んでいた。入社して今年で2年目になる。出来が良いからと古株の顧客を任されるようになり、気づけば家にも帰れないレベルの社畜になっていた。労働基準法はどうなってやがると言いたいところだけど、生憎とそんな法律は数百年前に廃止されていたのだ。








魔術というものが広がり、世の中は大変物騒になった。というのも、力を持てば人は変わるもので。魔術という力に溺れ、そして魔人の道へと逸れる。【普通の人間】はこの世から消え去った。かくいう私も体には魔力を宿している。そして、今の職場は魔術具を作っている会社だ。世の中発展すれば、金属部品を作っている会社とか薬品を作っている会社はなくなった。








世界は魔術で廻っている。世界は進化したように見せかけて、世界は少しずつ退化して行っているのだ。






進化した金属を思いのままに操っていたのに、原始的に魔力という力に頼り、否、依存していた。話しを戻して、魔術具にも種類があって、武器を作ったり封具を作ったりと多岐にわたる。この会社が得意とするのは武器の製造だ。かといって武器しか作らない訳ではない。攻撃と防御。私からしてどちらが得意と言えば攻撃である。だから主に武器の受発注を担っている。私自身の血の気の多さがそうさせるのだろう。良く今までキレずに事務員できたと思う。あのクソジジイ覚えてろ。








「あー……どうしたもんかねぇ」








今の会社の売り上げを3分の1を占めている古株の顧客が、今回は大量に魔術具を注文してきた。しかも大半が武器だ。地水火風に準えて各種100組以上。工場もフル稼働で動いている。にも関わらず間に合わない。日勤と夜勤の24時間稼働ていてもだ。どういうこっちゃ。あとの古株顧客である2つの会社もまた、同時で大量の注文が入っている。馬鹿か。そう言いたくなる程、工場は溢れかえっていた。先にも後にも戻れないそんな状況が続いているのだ。工場内の不満も少しずつ高まってきている。








なんでも、遠い噂だけど戦争が始まるんだとかどうとか。戦争なんてしても、何を得るんだか。失うものばかりだ。最後の戦争はいつだっただろう。あれは魔物のとの戦争だったかなあ。今度は人間か?








溜め息と共に再び振動をし始めた我が携帯。ディスプレイを確認するのも気怠くて、そのまま通話ボタンを押した。








『もう!?何で切ったの、シキ!!もう!!僕が団長に怒られたじゃないか!君なら一発で魔獣を片付けれるのに、僕が出向く羽目になったじゃん!ちょっと聞いてる!?』






「またアンタか。間違い電話ではないでしょーか」








さっきも聞いた声だ。間違い電話を立て続けに掛けてくるのも珍しいんじゃないか。番号確認してから、掛けなよ。そう思いながら、私はやっと声を出した。電話先でガチャンと何かが倒れる音がした。逃げた!!だの行方は!?だのと煩い。切っても良いだろうか。






『は?ねぇ、君はだぁれ?』






「は?」






『君はシキじゃないんだろう?女の声だし』






「間違い電話はいい加減にしてください。アンタが誰ですか」






『嘘だろ』






「嘘ではありません」






その言葉を最後にペチっとボタンを押した。やるせない。これから仕事に戻らなければ。重い腰を上げてもう一度最期を思うかのように空を見上げた。嗚呼、今日も空は蒼い。











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