ルーチェ

千絢

66.「エノクの怪物を4人も擁した歴史はない」

悲しそうな顔をする陛下と複雑そうな顔をする宰相。ルル王女だけが、事の事情に気付いていないようできょとんとしていた。それで良いのだ。ルル王女が今知るべきことでない。








「ルル王女、先ほど姿を見せた人の名前を教えよう。彩帝国の騎士団長を勤めるカイル、背の低い少女がエノクの王女でアマルティア様、その隣に居た女性がイゼベル。エノクの怪物とエノクの宝。私の同胞で戦友だよ」








エノクの、怪物と宝……同胞?








「同じ父母から生まれたってことさ。私たちエノクは血族だから」






「エノクの民はエノクの民だけの血だ。他の国から人を受け入れていない。だから、今回滅んだんだろう?」






「そう、陛下の言う通り。もし受け入れていたらエノクは滅ばなかったのかもしれないが、あくまでもそれは仮定の話。エノクは血を守る為に滅びを選んだ」








エノクの仲間意識は分からないと陛下は吐き捨てるように続けた。エノクの民以外、この想いは分からなくて良い。このエノクの民のチカラは諸刃の刃なのだから。利用されてはならないもの。外には出してはならないもの。






「最悪の決断だな。その力があるのに戦う事すらしなかったのか。王族は民を見殺しにしたも同然だろう」






「否」






「何故?王族が動けばエノクは滅ばずに済んだかも知れぬのに」






「お前は何も知らないからそう言うだけだ。そもそもの話、エノクの民を殺したのはこの私なのだからな」








――そう。エノクの民家族を殺したのは、事実この私である。いつかと同じように子守唄を唄った。静かに安らかに眠れるように、祈りを込めて歌ったのだ。






「え?」








沈黙が落ちる。誰もが私を呆然と見つめて来る。そんなこと一言も言っていなかったじゃないかと。








「それが総意であり、全てを含んだ結論だった。最期は王と妃が連れて逝くことが前提でな。私たちはエノクの民だ。ジューダス家の謀反のこと誰もが知っていた。来たるべき未来として。ある者は夢で、ある者は水鏡で、ある者は水晶の奥で。こうなること、誰もが理解し承知していた」






「…それは、アマルティア王女はご存じで?」






「勿論。彼女は受け入れた。だってそれが現実だから。受け入れる他にない。それに、あれだ。王女はエノクの宝だからな、最初から知っていた」








アマルティア様は、生まれた頃よりエノク最後の民エノクの宝として自我を持っていた。今頃、隣の部屋で尋問をしている少女は14歳の面影などないだろう。








「……エノクとは末恐ろしいな」






「そう、恐ろしいものだ。私たちの持つ力も、こうやって受け入れる術も、我がことなのに他人の様に思うことも。しかし、それがエノクの民」








「結論を上げるとすれば全てエノクの民だから、ということですね?」








「違いない。エノクの怪物を4人も擁する皇帝よ。我等の全てはエノクの民だ。それを受け入れたうえで、我等を手足として好きに使え。お前の為ならば、我等は是として跪く」








狂おしい程愛しかった男よ。今はその少女を腕に抱き、この国の頂点に立っていればいい。心配することなど何もない。皇帝に跪くことを決めた騎士団長カイル。皇弟に嫁ぐことを決めたエノクの王女アマルティア。騎士団長とエノクの王女の傍に居ることを決めたエノクの踊り子イゼベル。そして、皇帝の影であることを望むエノクの怪鳥わたし








エノクの怪物を4人も擁した歴史はない。恐れられ、目を付けられるだろう。しかし、それらから私が守ってみせようではないか。お前の愛する姫君も、お前の守る国民たちも、お前の育ってきたこの国も。










「次の新月の夜」








「…なんだ、」






「――エノクの鎮魂祭を行う予定だ。世界の全てにエノクが滅びたことが伝わる。そして、お前の思いを聞こう。何を思い、何を願っているのか」








聞かせて貰おう。お前の意見を。









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