ルーチェ

千絢

56.「私と彼女では重さが違うんです」

何日か前に、カイル兄上が陛下に仕えるならと用意してくれていた服をタンスから出してきた。カイル兄上、無駄にセンス良いよね。編み込みブーツを穿き終え、着替えた私は鏡の前で悩んでいる真っ最中。というのも、与えられた仕事は王女の近衛だ。女の格好でも良いんだろうけど、気持ち的には納得いかない部分がある。










「どうしようかねぇ」








顎のラインで切り揃えられた黒髪。釣り上がった瑠璃の瞳。どちらかと言えば、男顏。良く言えば中性的な顔の私はうんと一つ頷く。別に男装しなくたって、男に見えるわ。








陛下に仕えると、跪き頭を垂れた時に私は長かった髪を切った。別に長いままでいる理由もなかった。切る理由もなかったんだけど。心機一転。その意を込めて、私は髪を切った。












「あれ、ルーチェ?」




「あらまぁ」








部屋から出たら、ばったりアマルティア様とイゼベル姉上に遭遇。私の格好に驚いているらしい2人に、苦笑を浮かべた。






「どうしたの、そんな恰好をして」






「妃候補のルル王女の近衛になることが決まりまして」






「「…は?」」






「なんでも、ルル王女の侍女が結婚することになり帰国の途に就くそうなのです。で、侍女業も出来るし騎士業も出来る私が選ばれたんでしょう、多分」






「「…何言ってるのかしら?」」






「さっきから見事なユニゾンですね、アマルティア様、イゼベル姉上」








全く意味が分からないといった顔をする2人。陛下の影となり、鳥となること――忠誠を誓ったのだ。陛下の意のままに、私は動くつもりでいる。






「ちょっとお待ちなさい。私の部屋に行きますわよ!」






「ルーティ、走るのはいけませんわ!」






「えぇ、分かってるけどそんなもの知りません!!」








双方から両腕をがっしりと掴まれ、何故か行きたい方向陛下の執務室とは逆の方向に私は引き摺られる。宣言された通り、行き先はアマルティア様の部屋だろう。








「だって、え、意味が分かりません」






「何が分からないんですか?一から十まで教えて差し上げますよ」






「ルーが、妃候補の近衛?何故です?」






「先程も申し上げました通り、侍女業も出来て騎士業も出来るからですね。陛下とは前世の仲ということで、色んな意味の信頼を頂いているのも理由の一つかと」








私とルル王女。どちらか1人を選べと言ったら、きっと陛下は私を切り落とすだろう。そう想像することさえ容易い。陛下は過去前世ではなく現在を見ているのは一目瞭然なのだ。










「あんなに、自分たちの関係は特別だと見せつけておいて…?」






「えぇ、特別ですよ?前の自分を知っている唯一なんですから」








「違うわよ!人目も憚らず口付けまでしてたのにってこと!」






「それは荒療法ってやつです。魂の波長が近いから出来たことで、尚且つ前世では恋人同士だったってだけです。今じゃただの知り合いですよ」








「…っでも、それで良いの!?あんなに感情を素直に見せるルーチェ、初めて見るのに!!」






「アマルティア様、良いんですよ。寧ろ、これは喜ばしい事なんです。あの人が、漸く幸せになれるんですから」








歓喜。それしか言葉はない。嫉みも憎しみもないのだ。アマルティア様の言いたいことも、イゼベル姉上の言いたいことも分かる。分かるけれど、それは違う。








「陛下とルル王女がどう幸せになるのか、私はそれを見てみたい」






「…ルーチェ」






「勿論、アマルティア様と第三皇子の幸せな姿も見たいですし、イゼベル姉上とカイル兄上の行方も見てみたい。それらを見てから、私も幸せになりたいのです」










愛することを許されていない身分だけれど、そんなことはどうだって良い。愛など求めなくても、私は私なりの幸せを見つけて行くのだから。それまでは、周りの幸せな物語を見続けて行きたいのだ。








偽善でもなく、自己犠牲でもなく。これは紛れもない本心であり、穢されたくない願いでもある。








「それじゃあ、私はルル王女に挨拶に行ってきます。また、時間が開いた時にお茶会でも致しましょう。何種類かパイをお持ちいたしますので」








アマルティア様、泣かないで。






イゼベル姉上、悲しそうな顔をしないで。








私は現在いまに満足しているのだから――――……。











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