ルーチェ
55.「私も彼も、生まれ変わった」
ルル王女が城の片隅をぶっ飛ばして、早三日が経過しようとしていた。アマルティア様にはイゼベル姉上が仕えているし、私は暇を持て余しながら中庭で素振りをしていた。
「今日は何しようかなー」
「ルーチェ、仕事だ」
「え、何々?」
多々雑務を押し付けて来る声に、私はパッと振り返った。雑務でも良い。この暇から抜き出せられるのならと、思っていた時もありました。陛下が海燕殿と一緒に、何とも言い難い顔で私を見ていたからです。一先ず刀を鞘に戻して汗を拭きながら、2人の居る所へと向かう。
「…非常に、こんなことを言うのも癪なんですが」
「じゃあ言わなくて良いよー」
「いえ、言います。ルル王女の近衛になりなさい」
「えぇ、近衛!?」
いきなりだな、オイ。てか、そっちなんだ!?侍女じゃなくて、え、近衛ェ!?
「ルルの侍女が結婚するんだ」
「おめでたいですけど、フツー自分の主を置いて行きます?」
「これにも深いわけがあるんだ。突っ込むな」
「へーへ。紹介してくれるんだ?」
「嫌々な」
ホント嫌そうだよね。そんなに紹介したくないの?意味が分からないこともないけど、流石にそれは傷つくなぁ。私と陛下のやり取りに、海燕殿が目を見開いている。どーせ、態度の変わり様に驚いているんだろう。
「――陛下、こんな所に居たんですね!海燕、陛下をお借りしても良い?」
「え、えぇ」
「おい、本人を目の前にして物の貸し借りの様に言うな」
「すみません、陛下。でも急ぎの件で」
廊下の向こう側から現れた第三皇子に、さっさと連れて行かれた陛下。残されたのは私と海燕殿。沈黙。そりゃそうだよ。私と海燕殿で何を話すんだ。
「…ルーチェ殿」
「はい?」
「貴女は、陛下の前世の恋人だと言っていましたが」
「――…あぁ、危惧なされることはありませんよ?」
「え?」
「だって彼はあんなに彼女に夢中なんですもの。それに、あくまでの恋人という関係にあったのは前世です。前の彼と今の彼は似ていても、結局は違う人間なんですよ」
『前世の私』が好きだった『前世の彼』は、この世に居ないのだ。生まれ変わった。その読んで字の如く。私も彼も、生まれ変わった。
「私はエノクの民、海の怪物の名を賜ったルーチェ・アルグレッセル。彼は彩帝国の未来を背負った彩牙千景」
「同じであり異なるんです。前世の互いを知っているだけで、私と陛下はどうにもなりませんし、どうにもなる気はないですよ」
「だから、海燕殿や第三皇子が危惧することは起こらない」
『前世の記憶』があるルーチェ・アルグレッセルと、『前世の記憶』がある彩牙千景。ただ、それだけなのだ。例え、しがらみに捕われていたとしても。例え、『前世の記憶』がこの身を焦がそうとも。
別人なのである。
駿河千景も雑賀真夜も、この世には居ない。私が死んだ時、私たちの関係は終わったも同然なのだ。それに、今の陛下の目には違う女の子が映っている筈だ。
良いなぁ、恋してるってカンジ。
「ね、ルル王女には昼からの面会でも良い?」
「…えぇ、かまいませんが」
「楽しみね。支度をしてから、私の方から海燕殿を訪ねて執務室に行きます」
「そのように」
話がまとまった所で私は愛刀を握り直す。海燕殿に頭を下げて、仮住まいである客室に戻る為に背を向けた。千景君が気付かぬうちに愛している彼女に会えるなんて、楽しみね。
「……なんで、貴女がそんな顔をするんですか」
海燕殿の呟きを気にすることなく、私は前だけを向いて歩く。私と居た時に幸せになれなかった彼が、幸せになる姿を早く見てみたい。ルル王女、どんな娘なんだろう。
妃候補の危険人物に、会ってみたいなぁ。魔力の制御を教えて貰えなかった王女。それだけで、彼女の居た環境を想像することが出来る。
ただ、私はエノクの民。魔力に関しては疎い。制御の方法ぐらい教えれたら良いんだけどなぁ。千景君の魔力に関しては例外だけど、それも追々ルル王女に教え込めたら良いと思っている。
「ふふっ、ほーんと楽しみね」
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