ルーチェ

千絢

47.「これにて終幕としよう。不満は残るけど」

私の歌は風に乗ってヴァッザーの全土に響き渡る。海の怪物、セイレーン。言葉と音を操り、私は憎き者どもに半永久たる苦しみを。そう易々とは死なせぬ。












耳を押さえ、白目をむき、吐瀉物で口の周りを汚すジューダス家当主を見てから、私は目を閉じ更に謡い続けた。












ジューダス家よ、教皇派よ、この歌に潜む思いに気付いたか?










エノクの苦しみを。エノクの民の決意を。エノクの宝の悲しみを。エノクの王の願いを。エノクの怪物たちの底知れぬ怒りを。












教皇派の者には金切り声が。王家派の者には美しい声が。












私の抱く感情によって、聞こえ方が異なる。故に教皇派には大ダメージとなった筈だ。遠くで竜たちが私の歌を後押しするように、咆哮を上げているのが聞こえた。












なんだ、もう夜明けが近いのか。あんまり自信なかったんだけど、本当に全てが終わってから到着するなんてね。










「――お嬢ちゃん」












「ラルファ」












「教皇の首はイクシオンが討ち取った。女の首はオレが斬り飛ばしたぞ」












目を開けて、血を零したような黎明の空を見た。美しい月は既に地平線へと沈んだのだろう、姿は見当たらない。これからは、爛々と世界を照らす太陽が姿を見せる。










「…終わったのね」










「あぁ、終わった。で、そこの半狂乱の男はどうするんだよ、殺さねェの?」










「簡単に死なせるわけないじゃない。ヴァッザーの城にある地下牢で一生苦しんでもらう」










「オイオイ、ウチの国かよ」










この国の城に地下牢があるのはお見通しだ。その地下牢に、ジューダス家と何処かで苦しんでいるだろう教皇派を押し込む予定だ。時が来れば死ぬ。この唄は体に根付く呪詛。














耳にこびり付き、死ぬその時まで繰り返される地獄唄。








私とラルファの男を見る目は酷く冷め切っていた。








「これはアンタ達の国が生んだのよ」










「はいはい、セイレーンの仰せの通りに」








「夜が明けたわ。彩帝国から使者が来たかしら?」








「来たよ。立派な騎竜隊がな」








「引継ぎが出来次第、私は帰るからヨロシク」










荒んだ風が私とラルファの間を駆け抜けていく。沈黙。しかし、その沈黙に重たい空気はなかった。












「あぁ、短き間だったがありがとう。この場に居ない王家に代わって礼を言う」










「あら、王家に代わってだなんて律儀な海賊ね!」








此処には横暴な愚かな人間など居ないだろう。幾多数多の血を流す意味を知ったから。










「ラルファ、そしてこの国を新しく拓き導く貴方たちに今後の多幸と活躍を願って、1つ歌を歌わせて貰うわ!!」










もう二度と愚かな人間を輩出するな。もしも、その時があったならば――私は今度こそこの国ごと撃ち落としてやろう。












声高らかに私は歌った。腹の底から湧きあがる歓喜。満ち溢れた満足感。全ては声音となって響き渡る。














「――さぁ世界よ歌え!」














恨み言一切なしの純粋な歌。新たな門出を祝う喜ばしき歌。新たな生命を持って風が吹き抜けていく。青々と若葉が生い茂り、散らばった血肉や骨はゆっくりと大地に染みこみ生まれて来る命の礎となっていく。












生まれ変わるヴァッザーの国を見ながら、私は暫くの間歌い続けた。








―――さぁ、新たな礎を築き良き国となれ!









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