ルーチェ

千絢

29.「私の誇りは血に濡れた」

「メルキゼデク様、レイヴァール様…しかし、それでは!!それでは、我等の怒りはどこへやれば良いんですか!!」










「黙れ、シェザード。4年前、あの大国を独りで斬殺しつくした海の怪物が、殺すのは教皇派だけだと言っているんだ。あの、初代系統が殺戮衝動に自らに縛りを言葉に乗せた。それが何処まで通るのか、お前たちは見たくないか?」










クツリと笑うメル兄様の顔の悪さ。酷い。そんな風に考えて私の提案に賛成したというのか。初代系統の殺戮衝動、それは抗えぬ本能だ。それに自ら縛り―ルール―をつけた。稀な、というか歴代の怪物で初代系統を、遡ってもそんなことをするのは私だけだろう。だが、そうは言っても――……












「人聞きの悪いことを言う人。あの人たちは、国を挙げて幼かったアマルティア様を攫い、エノクに牙を向けたんですよ?それがどういうことか、教えて差し上げたまでなのに」










「だったら何故!あの国を滅ぼしたのに、ヴァッザーは滅ぼさないんだ!!」










カイル兄上が声を上げる。怒りに満ち溢れた、初めて聞く声。それほどまでに、ヴァッザーを潰したいのだろうか?そりゃ、アマルティア様から許可が下りた時嬉々としていたが。










「アホ臭いことこの上ない。あの大国に利用価値はなかった。鉱山があるわけでもない、貿易が盛んとなる海に面しているわけでもない。ただの軍事力があっただけ。大国という名に傲り、小さな国々を滅ぼし吸収して大きくなったに過ぎない。それに対して、ヴァッザーはかなりの利用価値がある。その差だけど?」










「利用価値?そんなことで、お前はエノクの名を、誇りを侮辱するつもりか!?」










 「―――お黙りなさい!」








カッと腹の奥が熱くなった。どうして気付かない。どうして解らない。無駄な死は不要だと言っているのに!意味がないと言っているのに!!








「国王と王妃、民たちはそんなことを望んでいない!望むのは、宝であるアマルティア様がエノクの意思を継ぎ、幸せになることです!誰が復讐をしろと?!誰が屍の上で幸せになると仰るのですか!!」








私の声は、音となって会議室に響き渡った。それは力となって、怪物たちを縛り上げる見えぬ鎖となる。










「エノク特有の興味のなさは重々と承知していましたが、誰があのクソ大国からアマルティア様を助けたと思います?この私ですよ?情報収集の得意なオリアスク兄上がいないわ、兵士の意思を束ねるカイル兄上はいないわ、ましてやメル兄様とレイ兄様は世界一周とかで居ないわ」










「興味がない国の情報取集から始まり、大して意味のない作戦を練って、結局1人で飛び込みましたよ!えぇ、どれだけあのクソ大国が愚かで馬鹿だったことか!!吸収された領地にも足を運んで、ぜぇええんぶ話を聞いてきました!権力を振りかざす上の豚ども、腐った内部!!」










「こんな国に、宝を攫われてしまった私の無能さに飽きれました!エノクの民は誇り高い!けれど、他の民たちにだって誇りぐらいあります!止めれなかったことを悔やむ領主や大臣も居ましたよ!吸収されていった小国の人たちは!この大国の愚かさを知っていた」








「内側から壊すなんて16歳の私には不可能に近かった!そこまでの力を持っていなかったからです。ならばと、滅ぼしてくれと!誰のモノにもならぬ地にしてくれと!!エノクの誇りの高さを知っているからこそ!彼等は私に願い出た!!斬殺?虐殺?しましたよ!子守唄で眠った人たちの首を、私は幾度なく刎ね飛ばした!」










「意味のない殺しを私はしたんです!死ななくても良かった何十人、何百人、何千人の血に濡れた!誇り高い故に!彼等はこの国には、利用価値がないと!ならば、我等の命で償おうと!!」










慟哭は響く。誰も分かろうとしない、この叫び。










「罪のない民を、私は殺めた。意味もないのに。大国は、国を挙げたことに違いはなかった。本当に?どうして、吸収された領主たちは嘆く?どうして!彼等は関係なかったのに、自らの命で罪を償おうとした!?彼等は知っていたから、エノクの誇りを。吸収されたと言えど、それは我が国の主がしたことだと。ならば、ならば、ならばと!!」








血に濡れた手。血に濡れた顔。血に濡れた服。血に濡れた刀。






血に濡れた、私の名前。






血に濡れて行った、私の誇り。












「――意味のない、殺しなどして誰が幸せになりますか」










あの人たちの顔を、私は一生忘れられない。あの人たちの希ったことを、一生忘れたりしない。あの人たちの誇りを、一生胸に刻みつけると誓った。



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