ルーチェ

千絢

16.「悲しむなっていう無理な話」

「セイレーンよりも相応しい名があっただろうに…」








「そんな恐ろしいことを言わないで下さいよ。私は、セイレーンで十分ですもの」








「いや、お前はセイレーンよりもヴァルキュリアだろう?」










「ヴァルキュリアって…。その名は、イゼベル姉上のものですよ」










「イゼベルの方がよほどセイレーンだろうに。国王も少し間違えられたか」










「それ、此処で言う不敬罪ですよ?」










「エノクの王に不敬も無礼もなかった様に思うのは俺だけか?」










「曲がりなきにも王族です、それは駄目でしょう」








「いや、俺たちも遡れば王族だがな」








「そこ、ツッコんだら駄目な奴です」










淡々と無表情で交わされるテンポ良い会話。ああ、こんなに喋ってるの久しぶりだ。カイル兄上と会話を広げながら、私たちが目指していたアマルティア様が眠る部屋に辿り付いた。












白いシーツの上に広がる綺麗な黒髪。瞼の裏側に隠された紫紺の瞳は見えない。血の気の引いた、青白い肌。少しだけやつれてしまったが、目覚めれば徐々に戻って来るだろう。








 「アマルティア様、」










アマルティア様の青白い頬に触れ、私は心の奥で小さく願う。この姫が、誰よりも幸せになれるようにと。エノクの愛すべき宝。何よりも愛おしく、守らなければならないモノ。国を失うよりも、この宝を失う方がよっぽど恐ろしい。








「ルーチェ」








「分かってますよ。アマルティア様は、お強い方です。決して泣かれないでしょう」








「黒を所望すると思うか?」








「優しき姫は、頼むでしょうね」








涙は流さず、それでも震える声で、きっと私たちに言うのだろう。








「カイル兄上、私たちも黒を纏いましょうか」








「あぁ、宝が望めばいくらでも」








ならば、私たちはそれに応えるだけだ。誰一人と、彼女エノクの宝の言葉に逆らうことはない。










 「――ならば、用意させよう」










「お願いします」












私たちは、紛うことなきエノクの民。












従う者の名を持つ、唯一無二の存在。












忠誠を誓えば、それは死ぬまで違えることがない。世界の何処を探しても、その呼び名が許されているのは私たちだけだ。何人たりとも偽り犯すことが出来ない絶対の名――我がエノク一族は王と名に縛られる。






それがこの世の理なのだ。









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