ルーチェ

千絢

11.「コイツ、頭逝ったのかと思った」

ここまでしてほしいつもりで、名前を呼んだのではなかったのだけど…。夜鷹姫が気を利かせてくれたんだ、この好意に甘えよう。本当に、夜鷹姫ったら取っ付きやすい性格になっちゃって。あのプライドの高かった夜鷹姫も良かったけど、今の夜鷹姫も良い。










 「真夜、逢いたかった!!」








その、悲痛な皇帝陛下の声に私の思考は呼び戻された。皇帝陛下は力が抜けたように、ズルズルとしゃがみ込んで、それでも私を離そうとしない。離さないと言わんばかりの力で、私を抱き締める。








「千景君、」








名前を呼ぶことしか、私にはできなかった。










千景君の目の前で死んでしまった私は、あの後、千景君がどうなったのか知らないからだ。千景君に大きな心の傷を与えたことを、私は転生してから気付いた。彼の、目の前で死んだ。その事実から、目を逸らすことが出来なくて。










千景君は強いけど、何処か脆かったから。








転生しても尚、それだけが『前世の私』の心残りだった。










「また、逢えて良かった」






「また、抱き締めることが出来た」






「また、お前の口から名を聞くことが出来た」






「――あぁ、俺はやっとお前を捕まえることが出来た」








 弱々しい声から強さ溢れた男の声に変わる。真夜ちやと私の名前を呼ぶ千景君の背中を、ポンポンと宥めるように叩く。大丈夫、私は此処に居る。










私は、千景君の隣に居るよ。






「真夜、今はルーチェだったか?」








「そ、ルーチェ。エノクの古語で真の夜って意味があるの」








「なら意味に大差ないな。彩帝国の名は真夜で良いか?」






「…私、エノクだからか他国に一切興味なくて。教えてくれる?」








少しだけ千景君が私との間にスペースがを作った。そして、こつんと額を合せて、顔を近づけたまま会話を始める。








昔のように、2人で秘密の話をするように。








「彩帝国には名を与える風習がある。ただ、今は古びてその風習を覚えている者も少ないが、皇族の者に加わる時は、漢名を与えるようになっている。生まれた時に両親から貰った言葉の意味を踏まえて、第二の名を与えるんだ」






「へぇー……って、は?」








「お前を俺の皇妃として迎えたい」








「なぁに言ってんの、馬鹿?」






「無礼だぞ、真夜。曲がりなき皇帝に向かって」








「いや、いくら皇帝陛下でも私の前じゃ、ただの千景だからね?」








いきなり皇妃とかふざけてんのか、コイツ。他国で言えば、一応は貴族の部類には入るけれど、そんな皇妃に相応しい地位など持っていない。










それに、今、この現状でそれはないだろう。







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