Pessimist in love ~ありふれた恋でいいから~

櫻井音衣

あの時の気持ち、今の想い (3)

琴音は気を利かせたつもりだったんだろうけど、恵介はそこまで考えてなくて迷惑だったのかな。

だからうちで4人で食事をした時も、ほとんど話さなかったのかも知れない。

「幸の部屋に呼ばれた時は、夏樹と面識がないふりしろって琴音に言われてたし、緊張してまともに話せなかった。だから幸と初めて二人で飲みに行った時は、かなり必死でいい男のふりしてた。なんとかして幸と接点を持ちたくて……幸の勘違いを利用して、琴音と付き合ってたことにした。同じ立場なら打ち解けてくれるんじゃないかって」

「そうなんだ……」

「二人を見返すために付き合おうとか、あんな無理やりな理由は自分でも苦しいとは思ったけど……普通に付き合ってくれって言っても、絶対に断られると思ったから」

「うん……」

恵介が少しでも私に好意を持ってくれていたんだと思うと、それだけで嬉しい。

おかしななりゆきだと思ってはいたけど、恵介はそんなことを考えてたんだ。

確かに、恵介が夏樹の友達で琴音の兄で、二人を引き合わせた本人だと最初から知っていたら、付き合おうと言われても私は断ったと思う。

「幸の心の隙につけこんで卑怯だとは思ったけど…… 幸はあの時はまだ夏樹のことが好きだったし、一緒にいられるなら俺は夏樹の代わりになろうと思った。最初は夏樹の代わりでもいいから、いつかは俺自身を好きになってくれたらいいなって思ってたんだ」

恵介が夏樹の代わりになると言った理由を正直に話してくれて良かった。

私のことなんか好きじゃないくせにとか、恵介は私に理想の彼女を演じて欲しいだけなんだとか何度も思っていたけど、そうじゃなかった。

あの時恵介は、私と一緒にいたいと思ってくれていたんだ。

付き合っていた時は、お互いに相手への気持ちを素直に伝えようとしなかったからわからなかったけれど、今更ながらそれがわかっただけで嬉しくて、目の前が涙でにじんだ。

恵介は今、私のことをどう思ってるんだろう?

お見合いしたとか言っていたし、そんなことを聞いたら迷惑かな。

だけどやっぱり私は……今更って言われるかも知れないけれど、恵介が好きだって、ちゃんと伝えたい。

今度こそ伝えようと決心して顔を上げると、恵介が缶コーヒーに手を伸ばそうとして、小さく「あっ」と声をあげた。

恵介が指差した車のデジタル時計には0が3つ並び、12時になったことを知らせている。

「今、ちょうど日付け変わった。幸、誕生日おめでとう」

その瞬間、ずっと堪えていた涙がポロッとこぼれ落ちた。

泣いちゃいけないと思うのに、涙はどんどん溢れて頬を伝う。

「み、幸?!」

急に泣き出した私に驚き、恵介はわけがわからずオロオロしながらも、ハンカチを出して涙を拭いてくれた。

「ごめん、俺またなんか幸を傷付けるようなこと言ったのかな……?」

「違うの……。誕生日に一番最初に好きな人におめでとうって言ってもらうのに憧れてたから……恵介に言ってもらえて、すごく嬉しい……。ありがとう……」

「えっ……俺……?」

よほど驚いたのか、恵介は大きく目を見開いている。

「私を好きでもないのに好きなふりされるのがつらくて、大嫌いとかもう会いたくないって言ったけど……ホントはすごく好きだったの。今も恵介が好き……」

思いきって素直な気持ちを打ち明けた。

恵介は黙ったまま何も言ってくれない。

もう別れたのに好きなんて言われて、返事に困ってる……?

別れると言ったのも、もう会いたくないと言ったのも私だったのに、今もまだ好きだなんて、やっぱり勝手すぎたんだ。

「ごめん、今更迷惑だよね。今の忘れて」

最後くらい笑っていようと、手の甲で涙を拭って無理やり作り笑いを浮かべた。

「帰るね。送ってくれてありがとう」

胸が苦しくて、今すぐにでもここから逃げ出したくて、恵介から顔をそむけて助手席のドアに手を掛けた。


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