Pessimist in love ~ありふれた恋でいいから~

櫻井音衣

あの時の気持ち、今の想い (2)

伝えたい言葉を口の中で何度も呟きながら、結局何も言えないままで、車は私のマンションの前にたどり着いた。

車を停めて、恵介はためらいがちに私の方を見た。

「……少しだけ、時間いい?」

「うん……」

恵介は車を降り、近くの自販機であたたかい缶コーヒーを2本買ってきて、1本を私に差し出した。

缶コーヒーのあたたかさで、緊張して指先まで冷えきっていたことに気付く。

「ありがとう……」

タブを開けてコーヒーを一口飲み込んだ。

気持ちを伝えるなら、チャンスは今しかない。

恵介が好きだって、ちゃんと言わなきゃ。

そう思っているのに気持ちばかり焦って、なかなかその言葉が出てこない。

「琴音と兄妹だってこと、黙っててごめん」

沈黙を破ったのは恵介だった。

「両親はずっと昔に離婚して、今はお互い再婚してるんだけど……琴音は昔から俺になついてたから、離れて暮らすようになっても時々会ってたんだ。就職して一人暮らし始める時も俺の家の近くに部屋を借りたけど、琴音は何もできない子だったから、俺が世話を焼く羽目になって……」

「うん……」

「幸が俺と琴音が兄妹だって知らないことにも、付き合ってるって勘違いしてることにも気付いてたのに、俺はホントのことを言わなかった」

「夏樹と友達だってことも、琴音から聞いた。なんで教えてくれなかったの?」

恵介は窓を開けてタバコに火をつけた。

タバコの煙が窓の外へと流れていく。

「幸は夏樹とのことで傷付いてたから……。俺が夏樹と友達で二人を引き合わせたようなもんだし、おまけに琴音の兄だって知ったら、余計に俺を敬遠するかなと思って。常識的に考えて、そんなやつとは付き合いたくないだろう?」

恵介の言いたいことがよくわからない。

付き合うことになる前から、恵介は私が勘違いしていたことに気付いてたはずだけど……。

「ごめん、ちょっとよくわからないんだけど……」

「琴音から幸の部屋に呼ばれた時、幸が夏樹を好きなんだってことに気付いた。あの時琴音は、ホントは幸に俺を紹介したかったらしい」

「……なんで?」

「幸が俺の……『憧れの幸さん』だったから」

それまで会ったこともないのに、恵介から憧れてもらうような接点はなかったはずだ。

ますますわけがわからなくて思わず首をかしげた。

恵介はタバコを灰皿の上でもみ消して、窓の外にフーッと煙を吐いた。

「沼田さんって覚えてる?あの結婚式場で幸が担当した……」

「ああ……うん。今年の春にうちで挙式されたお客様だね。琴音から私に担当が回ってきた。沼田さんの挙式の希望日に、琴音は空きがないって言って」

「あれ、俺の職場の先輩。俺が琴音を紹介した」

「そうなんだ……知らなかった」

開いたままの窓から冷たい風が流れ込んで来た。

恵介は話を続けながら窓を閉めた。

「式には俺も招待されて、会社の同僚として出席してて……披露宴の新郎新婦入場で幸がドアを開けて、二人を高砂に先導しただろ」

披露宴での新郎新婦の入場は、私が先頭に立って会場のドアを開け、招待客で埋め尽くされたテーブルの間を通って、二人を高砂席へと案内する。

そういう仕事だからあまり意識したことはなかったけれど、主役の新郎新婦ではなく、その影のような存在の私を見ていた人がいたことに驚いた。

「うん、披露宴の時はいつもそうするね」

「あの時、なんて凛々しい女性なんだろうって……先輩たちのために真剣に仕事してる幸がすごく綺麗で……。その後も披露宴を取り仕切る幸にばっかり目が行って、先輩たちには申し訳ないけど、正直言うと先輩たちのことはほとんど覚えてない」

「主役見ないで私のこと見てたの……?」

必死で次の段取りを考えながら動き回っている姿が綺麗だなんて、なんだか少し照れくさい。

「披露宴が終わってから、先輩に担当者の名前を聞いて、幸はどんな人なのか琴音に聞いた。それで琴音が勝手に盛り上がって、今度紹介するって言い出して……」


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