Pessimist in love ~ありふれた恋でいいから~

櫻井音衣

誕生日前夜 (5)

箱を開けてケーキを取り出した。

白い生クリームの上に、イチゴがたくさん乗っている。

真ん中には『HAPPY  BIRTHDAY 幸』と書かれたチョコのプレート、その両隣には飴細工のバラがあしらわれ、切るのがもったいないくらい綺麗だ。

バースデーケーキなんて何年ぶり?

なんとなくくすぐったい気分になる。

「貸して、俺がやるよ」

「うん……ありがとう」

恵介は丁寧にケーキを3人分だけ切り分けて、私のケーキにはチョコのプレートと飴細工のバラを乗せてくれた。

「恵介、私のケーキにもバラ乗せて」

琴音がチューハイを飲みながらそう言うと、恵介はまた呆れた顔をしてため息をついた。

「おまえの誕生日じゃないだろう」

「何よ、たまには妹にも優しくしなさいよ」

「えっ……妹?!」

驚いて思わず声をあげると、恵介はばつの悪そうな顔をした。

琴音は上機嫌で笑っている。

「妹……と、お兄さん……?」

「そうだよ」

「え?でも苗字も違うし……」

「私が小5の時に両親が離婚してるからね。私は母親に、恵介は父親についてった。今は両方とも再婚してるから、外では兄妹ってことあまり言うなって恵介が。だから『お兄ちゃん』って呼ぶのもやめたの」

「そう……なんだ……」

顔もあまり似ていないし、まさかこの二人が兄妹だとはまったく思わなかった。

兄妹だと知ったら、恵介が世話を焼いていた理由にも、琴音が『恵介とは付き合えない』と言っていたことにも合点がいく。

恵介は私が勘違いしてるのをわかっていたのに、なぜ琴音は妹だと教えてくれなかったんだろう?

「恵介、肉じゃが美味しかったでしょ?」

唐突に尋ねられ、恵介はわけがわからないと言いたそうな顔をしている。

「ああ……。おまえが作ったとは思えないほど美味かったけど……」

「だよねぇ。じつはあの肉じゃが、幸が作ってくれたんだよ」

「えっ?!」

恵介が驚いた顔をして私の方を見た。

「道理で……」

「唐揚げは幸に教わって私が作ったんだけどね。幸、また恵介のために料理作ってくれるって。良かったね、憧れの幸ちゃんに手料理作ってもらえて」

「琴音!」

恵介は慌てて琴音の口を押さえた。

琴音は苦しそうにもがいている。

憧れの、って……何?

「もう!!離してよ、苦しいでしょ!!」

「余計なこと言うな!」

「何よ、ホントのことでしょ!」

「それも余計だ!!」

琴音は恵介の手を思いきり振り払って、グラスに残っていたチューハイを勢いよく煽り、からになったグラスをガツンと音をたててテーブルの上に置いた。

「だいたい恵介は女々し過ぎるのよ!!根暗!引っ込み思案!これからお見合いの時は『趣味は後悔することです』って言えば!」

「うるさい、空気読めない散らかし屋のくせに!」

「それが何よ!そんなに家事が得意なら、恵介がお嫁に行けばいいのよ!」

琴音はかなり酔っているのか、言っていることがめちゃくちゃだ。

何がなんだかさっぱりわからないけど、兄妹喧嘩が始まってしまったらしい。

兄弟のいない私はこの状況をどうしていいのかわからず、オロオロしながらなんとか喧嘩を止める方法を考える。

「あのー……そろそろケーキ食べたいなぁ……」

苦し紛れに私がそう言うと、二人は喧嘩をやめてこちらを向いた。

フォークを差し出すと、恵介は申し訳なさそうにそれを受け取る。

「あ……ごめん……」

「ほら、琴音も」

「うん、食べるー!」

琴音は笑いながらバンザイをして、ケーキの前に座る。

どうやら完全に酔っているようだ。

何はともあれ、なんとか兄妹喧嘩も収まり、3人でケーキを食べ始めた。

「このケーキ、すごく美味しいね。スポンジケーキがしっとりしててふわふわで……。生クリームも滑らかで甘すぎないし」

「そうでしょ?美味しいって評判の店、ネットで調べて予約したんだ。幸はイチゴが好きだから、たくさん乗せてもらったの」

「ありがとう、すごく嬉しいよ」

琴音が私のためにそんなことをしてくれるなんて。

誕生日を祝ってくれる人がいるって幸せだ。



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