Pessimist in love ~ありふれた恋でいいから~

櫻井音衣

私なんかじゃ釣り合わないから (5)

地下鉄を降りて、駅前のスーパーで夕飯の材料の買い物をした。

その間も恵介は片手でカートを押しながら、もう片方の手で私の手を握っていた。

憧れのシチュエーションってやつかな。

恵介のささやかな望みを叶えようと、私はいい彼女のふりをした。

こんな風に一緒にいられるのは今だけなのかも知れないと思うと胸が痛む。

これが私じゃなくて、本当に好きな人だったら、恵介はもっと嬉しかっただろう。

もし恵介にそんな人が現れたら、代役の私なんか用済みになってしまう。

だから私は一生懸命笑った。

たとえ恵介が私のことを本気で好きじゃなくても、今は私が恵介の彼女なんだから。

しばらくの間でも、恵介が喜ぶ顔が見られたらそれでいい。

いつかその日が来たら、私は笑顔で「ありがとう」と言って恵介を解放しようと決めた。

1日でも長く一緒にいられることを願いながら。


スーパーで買い物を済ませて恵介の部屋に行き、洗面所で手を洗っていると、足の下に何か異物感を覚えた。

手を洗い終わって足元を見ると、落ちていたのは小さな金具のような物だった。

これなんだっけ、見たことある。

それを拾い上げようとして、すぐそばに長くて茶色い髪の毛が落ちていることに気付く。

私の髪の毛は、こんなに長くも茶色くもない。

じゃあ、一体誰のもの?

恵介の性格上、忙しくても何日も掃除をしていないとは思えない。

金具を手に取るのはやめて、しばし考える。

なんだ、そうか。

私以外にも、この部屋で一緒に過ごす人がいるわけだ。

だから私の部屋には泊まろうとしなかったのか。

今日はその人が来ないから、私を部屋に呼んだのかも知れない。

恵介を責めるつもりなんてない。

世話焼きな恵介のことだから、きっと夏樹が去って行って傷付いていた私を、飼い主に捨てられた哀れな犬みたいで放っておけなかっただけなんだろう。

恵介は最初から私を本気で彼女とは思ってないし、なんの執着もないから、私が無理だと思ったらいつでも別れてOKと言ったんだと思う。

同情で拾われだけの私に、恵介を束縛する権利なんてない。

だからこれは見なかったことにして忘れてしまおう。

せっかく一緒にいられるのに、無駄な詮索なんかして疎ましがられるのはイヤだから。


そのあと、自分の家から持参したエプロンを着けて夕飯を作った。

メニューはエビフライと鶏の唐揚げとサラダと、味噌汁と御飯。

私が料理をしている間、恵介はダイニングの椅子に座って私の後ろ姿を見ていた。

対面式のキッチンなら顔を見ながら会話もできたんだろうけど、無防備な後ろ姿をずっと見られているのは少し緊張した。

だけど何も知らないふりを上手にするのは難しいから、恵介の顔を見ずに済んだのは良かったのかも知れない。


恵介は出来上がった料理をとても美味しそうに食べてくれた。

その顔を見ると嬉しくて、私もつられて笑みがこぼれた。

単純だな、私も。

こんな些細なことで喜ぶなんて。

恵介にしろ、夏樹にしろ、結局私が求められているのは食事だけだって言うのに。


食事の後、恵介が淹れてくれたコーヒーをソファーに座って飲んだ。

恵介の淹れてくれたコーヒーは美味しいはずなのに、前にここで一緒に飲んだ時より苦く感じた。

「幸、ありがとな」

「お礼を言うのは私の方でしょ?」

そもそも私は今日、お礼をするためにここに来たんだ。

余計なことを考えるのはやめよう。

別々に過ごしている時の恵介を、私に縛り付けることはできない。

だからせめて一緒にいる時くらいは、可愛い理想の彼女を演じている方がいい。

その方が恵介も喜ぶはずだ。


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