Pessimist in love ~ありふれた恋でいいから~

櫻井音衣

選ばれなかった女 (2)

同窓会でお互いの近況などを報告し合った時、偶然にも私の住んでいるマンションが夏樹の職場に近いことが判明した。

職場の付き合いで帰りが遅くなることが多いとか、先輩に引き留められてよく終電を逃すとか、そんな理由で会社の近くに引っ越したいけど、付き合いが多い分だけ経済的にも時間にも余裕がないと言っていた。 


“俺んち今の職場からちょっと遠いんだ。今度、終電逃したら泊めてくれる?”


夏樹はさらりとそう言った。

だけどどうせ私のところへなんか来るわけないと思っていたから、 “いいよ、シャワーとソファーくらいは貸してあげる”と気軽に答えた。 


“俺、男だよ?ホントにそれだけで済むと思ってる?”


夏樹はそんな含みを持たせた言い方をしたけど、こんなのはどうせどの女にでも言う冗談だろうと本気にはせず、笑って流した。

だけど心のどこかで、本当にそんなことがあればいいのにと淡い期待をしながら同窓会は終わった。



同窓会から2週間ほど経った、ひどい雨が降る夜のこと。

翌日の仕事の準備をようやく終えてそろそろ寝ようと思った頃、部屋にチャイムの音が鳴り響いた。

こんな夜中に誰だろうとドアモニターを確認すると、そこにはずぶ濡れの夏樹の姿が映し出されていた。

慌てて玄関のドアを開けると、夏樹は濡れた髪をかきあげながら“雨宿りさせて”と言った。

その時、濡れそぼった夏樹の色っぽい姿に、どうしようもないほど胸が高鳴ったことを今でも鮮明に覚えている。

とりあえずシャワーとバスタオルを貸したものの、一人暮らしで彼氏もいない私の部屋には男物の着替えなんて1枚もなかった。

夏樹の着ていた服はビショビショに濡れていたし、乾燥機もないのですぐに乾くわけもなく、濡れた服をハンガーに掛けながらどうしようかと途方にくれた。

シャワーを終えてバスタオルを腰に巻き付けただけの姿で戻ってきた夏樹は、当たり前のように私の隣に座った。

こんな夜中に裸同然の男、しかも好きな人が隣にいるなんて。

お互いもう大人の男と女だし、何が起きてもおかしくはない。

その状況にドキドキしながら毛布を手渡すと、夏樹はそれで体を包み込んだ。


それからカップに注いだ温かいカフェオレをゆっくりと飲みながら、ほんのしばらく他愛ない会話をした。

会話が途切れわずかに沈黙が流れた時、もう遅いしそろそろ寝ようかと言って私がソファーから立ち上がろうとすると、夏樹は私の腕を掴んだ。


“一人じゃ寒い。幸、一緒に寝ようよ”


返事をする間もなく裸の胸に抱き寄せられ、ソファーに押し倒された。

夏樹は慣れた手付きで私のパジャマを脱がせ、当たり前のように私を抱いた。

しばらく恋愛から遠退いていた私は、同窓会の日から再燃した若かりし日の恋の熱に浮かされ、なんのためらいもなく夏樹を受け入れた。

その時は夏樹がどういうつもりで私を抱いたのかはわからなかったけれど、夏樹にとって私はただの友達ではなく女なんだとわかっただけで嬉しかった。


その日から夏樹は、なんの前触れもなく夜遅くに私の部屋にやって来ては、シャワーを浴びて私を抱くようになった。

付き合おうとか好きだとか、そんな言葉は一度もなかった。

イケメンで女には不自由していないはずの夏樹が、地味で真面目さ以外になんの取り柄もない私のところに来た理由は、今でもわからない。

もしかしたら夏樹は昔も今も、私の気持ちに気付いていたのかも知れない。



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