異国の王子の花嫁選び

藤雪花(ふじゆきはな)

第一夜 危険な出会い 1、デクロアの跳ねっ返りの姫

その小国は切り立った大きな岩山と、深い森に囲まれた、自然の要塞の奥にあった。

森の外の、広大な草原の国々が覇権を争い、戦を数百年続けていた頃、その森と湖と岩山しかない小国、デクロアは戦乱と混沌から無縁だった。

辺境に位置して、戦略上は価値のないと見なされていはいたが、実際のところは幾度も巻き込まれかけては逃れている。

デクロアは自分達の森と自然と自治を守るため、その都度、デクロア国は侵略者たちの望むものを差し出す。
それは鉱物であったり、森林資源であったり、人であったりした。

特に、人は、デクロアは大変な美女の産地としても有名であった。
閉じられた空間で、長年に渡る近親婚を繰り返した結果とも、その森がつくるきれいな水や空気のお陰かも知れなかったが、戦乱に巻き込まれかけても、辛うじて自治を保ってきたのには、時の権力者に求められるまま、美姫たちを差し出してきた歴史があったからだった。
なかでも特に王族は、美形の血族として各国に知れ渡る。

草原の国々の戦乱はひとつの強国、ベルゼラ国の元に終息していく。
ベルゼラ国には戦乱をまとめた猛き王とその王子たちがいた。

強国ベルゼラ国王は、草原での戦乱が落ち着くと、戦乱に沈黙を続けていたデクロア国に目をむける。

デクロアだけが平和の代償を払わないで良いわけはなかった。
ベルゼラは平和に対する相応の対価を求める。
ベルゼラが求めた代償は王の娘。

姫を差し出さねば、森を焼き払うとの脅し付きである。
迎えには第二王子をやる。
いっこうに結婚する気配もない王子に業を煮やした王が、美人と名高いデクロアの姫ならば王子も心を動かすかもしれないという期待からであった。
王子にとっては余計なお世話だったが。

デクロア国の跳ねっ返りの姫とベルゼラの第二王子アズールが出会うのはもうじきである。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇


一番目の姉のアクアは、末っ子のリシアからみても羨ましいぐらい美しかった。

ほのかに金色がかるビロードのような白銀の髪、透き通るような肌、涼しげに澄んだアイスブルーの瞳。微笑みを忘れない、さくら色の唇。
どんな衣装でもアクアの美を引き立たせるために誂えたかのように、着こなせてしまう。

アクアの回りには、10才にして彼女を美しい女神のように崇める同年代たちが集まっていた。
アクアはお姫さまであったが、父王や母だけでなく、大人たちからも騎士たちからも女王さまの扱いであった。

「アクア姉さん、どうしたらお姉さんみたいにきれいになれるの?」

五つの時、末っ子のリシアは訊く。
リシアの髪はウエーブがかっていて、櫛でといてもといてもさらさらのストレートにはならないのだった。
色は明るい茶色。光の加減では金色にも見えるかもしれないと、リシアは思う。
瞳の色はグレーの色。これもみようによってはブルーにも見えると思う。
5つ上の姉はため息をついて言う。

「リシアはお勉強が得意じゃない?異国の言葉もすぐに覚えられるし。リシアはお勉強をがんばったほうがいいわ!」

リシアにはもう一人、二つ年上の姉がいる。
姉のマリンは15で、燃えるような赤毛に既に大きく膨らんだ肉感的な胸。
瞳は赤みを帯びた茶色で、大変髪色にあっていた。そしてキスを誘うような大きな唇。
いつも、マリンは護衛に騎士たちを従える。隙あらば、マリンの唇を奪おうとする信奉者たちがいるからだ。

13のときに、リシアはマリン姉に訊く。

「マリン姉さん、どうやったら姉さんみたいに胸が大きくなるの?」
マリンはリシアの鳥の骨のように細い体と唇をあわれに見る。
リシアはマリン姉の唇になりたくて、自分でかじり、腫らした唇になっていた。

「あなたはいつもの飛び回っているでしょう?ダンスは殿方は好きよ。リシアはダンスと踊りをなさい。きっと王子さまを虜にするわ!」

一番上の姉のアドバイスにより、リシアは勉強をがんばった。特に面白いと思ったのは、外国語のクラスだった。
草原の国々の言語や会話を学ぶ。
先生はその国の者。
たまに訪れる客人が、会話の練習台だった。

二番目の姉のアドバイスにより、リシアは踊りとダンスを真剣に学ぶ。
リシアの踊りの情熱は学び始めるとどこまでも広がる。
踊は音楽に繋がり、身のこなしは武道にも通じていた。リシアは踊りから広がる世界へどんどんと飛び込んでいく。

王と王妃は三人の娘を可愛がっていた。
上の二人はいずれ、各国が欲しがるような美女になるのが容易に想像できたが、一番下の娘は、元気が取り柄なだけで、優雅さや慎ましさ、色気の欠片もない娘だった。

美人の枠にははまらないところが玉にキズではあったが、強国にいつ侵略されてもおかしくない中で、美人に生まれついた姫は貢ぎものとして奪われていくデクロアの歴史の中で、デクロアに、自分達の手元に残ってくれる可能性が一番ある娘であった。

そういう意味で、飛び抜けた美しさもなく、色気もまったくない、末っ子の姫は、幸運なことに自由であった。

ベルゼラの国王に息子が生れ、デクロアに娘が生れ、ベルゼラの王からいずれ息子の後宮にと要請がなされる。
ベルゼラには数人の王子が生れ、デクロアには娘ばかり3人生れたが、その後、誰をやるとの取り決めはなされていない。

リシアは、そして皆も、姉のどちらかがベルゼラに嫁いでいくだろうと思っていた。
ベルゼラは草原の国々の中で、強国に成り上がっていっていたので、後宮に入った後の、寵を得て王妃になることが、デクロアの平和のためには望ましいことであった。

リシアが野山を駆け巡っていた時に、姉二人の周囲の期待のかかった花嫁修行が始まる。


リシアは16才。
花嫁修行のクラスは退屈であった。
各国のマナーや刺繍や女官たちの采配を学ぶのは面倒であった。
波打つ長い金茶の髪をひとつにまとめ、地味色の猟師の服を着る。
部屋の窓から抜け出して、窓際の大木に飛び移る。途中の洞から隠していた弓矢を取り出した。背中に斜めにかける。
城の馬小屋まで小走りに駆ける。
見まわりの時間と順路は頭に入っている。呼び止められるへまはしない。
馬番に愛馬を出してもらう。

「またかよ!そんな格好をして!今度はどこに?」
馬番の息子クレイはリシア姫の護衛を兼ねている。
リシアよりひとつ上の17才で王騎士でもあるが、リシアの幼馴染で、王の信頼を得ている。
信頼をえた最大の理由は、リシアの行動の先回りができることだった。
クレイが護衛をする限り、リシアの行動は広範囲に許されている。
今朝も、リシアの授業内容と、最近の行動を照らし合わせると、そろそろ城を抜け出したくなる頃だと思っていた。
そこで、クレイは馬小屋前で待機していたところである。

「森に!狩りにでる!今夜は特別な客が来るそうで、早朝から宮中が五月蠅いんだ。わたしに何かが振りかかる前に、逃げ出しておこうと思って」
「そういえば、早駆けの異国の使者が、昨晩王宮に着いていたな」

クレイはそれがベルゼラの使者だと聞いている。
わざわざ先に到着を知らせるぐらいなので、よほど重要な人物がくるのかも知れなかった。
そろそろ、王子が花嫁選びにくるかもしれない、というのがデクロア城内の関心事である。
アクア姫21才、マリン姫18才、リシア姫16才。
三姫の中から誰が選ばれるかも最大の関心事でもあった。
もっともリシアは全く自分とは関係ない話と思っている節はあったが。

「うさぎかきじを狩り、使者を歓待する宴の肴にでもしてもらう!」
元気にリシアはいい、クレイが用意した芦毛の牝馬に飛び乗る。
クレイも騎士の上着を脱ぎ、地味なマントを羽織り狩道具一式を掴み、リシアの後を馬で駆け、城の門を抜ける。
門番もあきれ顔だ。

このまま、この跳ねっ返りの姫が誰の目にも留まらないでいてほしいと、幼馴染のクレイは思うのだった。

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