ただいま冷徹上司を調・教・中・!
誰も知らない彼の秘密(1)
週が開けた月曜日のお昼休み、私達は休憩室の一番隅に固まり、小さな声で報告会の最中だった。
「凄い急展開で話が見えないんだけど」
「なんにしても平嶋課長に協力要請したってことですよね?」
「そう。そしてちゃんと納得の上で了承してもらったの」
2人は殆どコンビニで買ったお弁当に手をつけることなく私の話に耳を傾け、この報告を聞いて大きく溜め息をついて背もたれに背を預けて天井を見上げた。
「すごいわ千尋ちゃん。本当にここまでよく成長したわね」
沙月さんに頭を撫でられると、今までの私はどれだけ内向的だったんだと思わされる。
「チャンスはモノにしないと意味がないってわかりましたから」
いつまでも受け身でいても、なにも身にならないし、それどころか、イイコちゃんはちょいワルちゃんに食い物にされるんだと勉強したばかり。
人生、多少はふてぶてしく、図々しいくらいがちょうどいいのだ。
「それにしても、あの平嶋課長にそんなお願いができるなんて驚きです。いったいどんなきっかけがあったんですか?」
食い気味に聞いてくる瑠衣ちゃんの顔を見ながら思い出したのは、もちろん平嶋課長の顔だ。
ビンタをくらって去っていった女の背中を唖然と見つめる、あの間の抜けた平嶋課長の表情ときたら。
「平嶋課長には私の失態でお世話になったから、全てを話して噂を肯定はしなくていいので、否定しないでくださいって必死にお願いしたの」
うん、これは嘘ではない。
その前にもろもろの条件はあったけれども。
「それでよく了承してくれましたね」
疑われているように感じるのは、私が後ろめたさを持っているからかもしれない。
「ああ見えて平嶋課長は情が深いから、千尋ちゃんの話をちゃんと聞いて納得してくれたのね」
平嶋課長の良さをちゃんと理解した上でそう納得してくれた沙月さんの言葉を聞くと、冷や汗をかいてしまいそうなくらい引き攣った笑顔でしか流せなかった。
あれ以来、無理やり脅したというのに、平嶋課長はご丁寧に私の言葉を忠実に守ってくれている。
誰に何を言われても、何を聞かれても、平嶋課長は「噂は事実だ」と言って周囲を突っぱねた。
女の嫉妬が怖いことを平嶋課長は十分に知っているらしく、必ず最後には一言添えてくれる。
「俺は職場でのトラブルは好まない。もちろん久瀬の周りが騒々しくなることも含めてだ。キミたちが何を言っても何をしても事実が変わるわけではない。俺の言葉の意味を十分に理解した立ち振る舞いをするように」
妬みや嫉妬が形になって現れる前に、平嶋課長はちゃんと制御をかけてくれていた。
それを知った時は、不覚にもキュンとしてしまった反面、気が咎めてしまった。
自分の意地と保身しか考えていない浅い私と、いくら弱みを握られたとはいえ、くだらない私の取り引きをのみ、その約束と私自身を守ってくれている平嶋課長。
その差はあまりにも大きく、自己嫌悪に陥ってしまう。
けれど梨央が平嶋課長に私との関係を聞き出そうとしているのを瑠衣ちゃんが目撃したと聞いた時は、やっぱりこの取り引きをしておいて良かったと心から思った。
「平嶋課長、本当に千尋さんのお願いを叶えるためだけに噂を肯定してるんですかね?」
夕方、事務員三人しかいないデスクで瑠衣ちゃんがポソリと呟くと、その発言に沙月さんも小声で食いつく。
「私もそれは思ってた。いくら事情を説明して可哀想だって思ったにしても、ちょっと協力的すぎるわよね。もしかして……平嶋課長は千尋ちゃんのこと……」
口元に手を当てた二人の声にならない叫びに、私一人だけ冷静に「そんなわけないから」と乾いた笑いを漏らす。
確かに驚くほど協力的ではあるけれど、平嶋課長にとってあの出来事はそれほどまでしても漏らされたくないことだったに違いない。
それを思うと卑怯な手口を使ってしまったと胸が痛むけれど、最終的には致し方のないことだったという結論に落ち着いてしまうのだ。
しかし今日は火曜日。
土曜日に平嶋課長のあんな場面を目撃し、平嶋課長が社内で肯定を初めて二日目だというのに。
「肯定はしてくれてるんだけど、態度は今までと何一つ変わってないんですよね」
プライベートの話しどころか、業務上も必要最低限しか話さない。
一切の無駄のないマシーンのような男。
ビンタくらった時に見せた抜け顔なんて微塵も見せない。
誰かに見せて欲しい訳ではないが、それを自分も見れないことにモヤモヤする。
やはり秘密を共有したもの同士、その秘密を常にチラつかせたいという女特有の嫌な感情からだろうか。
「そろそろ社内でも接触しないと不自然かもね」
「噂が立って一週間ちょっと。ここら辺でもう一度、目撃情報が欲しいところです」
そう、それは十分に分かっているが、今まで一切の接点がなかった平嶋課長と、これ以上どうやって目撃情報を作り出せばいいのか。
沙月さんや瑠衣ちゃんに噂を流してもらうという手もあるが、仲間内の話はきっと梨央には通じない。
粗ばかり目立つというか、粗しかないこの計画は、問題ばかりの欠陥計画だ。
当然といえば当然なのだが、勘のいい梨央に気付かれてしまうんじゃないかと不安で仕方がない。
そしてその不安は的中した。
水曜日のランチタイムの休憩室は通常に比べて利用者が少ない。
会社から徒歩5分もかからない飲食店の定食が30%オフだからだ。
私の電話対応で出遅れた私達は、仕方なく目の前のコンビニでお弁当と食後のプリンとおやつを買い、いつもの休憩室でランチタイムを楽しんでいた。
そんな私達の和やかなひとときをぶち壊してくれたのは、今ではすっかり耳障りに変わってしまったこの声だった。
「ランチ中、失礼」
頭上から降ってきた声の主は、振り返らなくても梨央だとわかる。
あろうことか梨央は平然と四人掛けテーブルの空きイスを引いて、横着に腰掛けてきた。
私の隣には瑠衣ちゃん、目の前には沙月さんが座っていたので、梨央が座ったのは私からすると斜め前の沙月さんの隣だ。
極力視界に入れないことは可能だが、あまりの厚かましさと面の皮の厚さに驚いて凝視してしまった。
「ちょっと、何の用ですかっ」
瞬時に戦闘態勢になった瑠衣ちゃんを宥めるかのように、テーブルの下でそっと瑠衣ちゃんの手を握ると、私の気持ちを察してくれたかのようにグッと唇を噛んだ。
「千尋の仔犬ちゃん、そんなに噛み付いてこないで」
軽くあしらうような言い方にカチンときたであろう瑠衣ちゃんは、とても小さく舌打ちをした。
「で?」
梨央に負けじとふてぶてしく腕を組んで一言だけ問いかけると、梨央は嬉しそうにニコリと笑いかけてテーブルに肘を立てて手を組むと、顎を乗せて身体を前に出した。
「平嶋課長に直接聞いたの。千尋とのこと」
笑っているその瞳は、今までに見る事のなかった女の色だ。
「……そう」
確実に疑問を持っている目だとわかる。
「平嶋課長って、あんなにあっさりと認める人だったんだねぇ。もっと冷たくあしらわれると思ってたからビックリした」
不敵な笑いが色濃くなってきて、私の鼓動が少しづつ早くなってくるのがわかった。
「まるで用意された答えのように、誰が聞いても同じ答え。千尋とのことをみんなに知らしめたいのかなって思ったけど、二人が今まで以上に親しくなった感じもないし、不思議だわぁ」
この洞察力の鋭さは、いったいなんなのだろう。
見つめられると少しの表情の変化から、全てを見透かされそうで恐ろしい。
「恋愛の仕方は人それぞれでしょう?外野がとやかく心配しなくても、二人がよければいいじゃない」
柔らかく梨央を諭してくれた沙月さんだけれど、こんなことで引き下がる女なら親友の彼氏の具合を試すような真似はしないだろう。
梨央は人の言葉に耳を傾けるようなタマじゃない。
「外野が騒ごうがどうしようが、二人が上手くいってればいいんじゃないですか?」
なんて態度のデカさ。
先輩の沙月さんにむかっても物怖じ一つせず、逆に跳ね返していくなんて。
「ま、いいわ。そのうちいろいろと教えてね。今度は二人の時にでも話しましょ」
そそくさと席を立ち、「お邪魔しましたー」と手を振りながら去っていった梨央を見ながら、やっぱり本当にそろそろ何とかしなくてはならないと思った。
そしてそのチャンスは呆気なく数時間後に訪れてくれた。
「凄い急展開で話が見えないんだけど」
「なんにしても平嶋課長に協力要請したってことですよね?」
「そう。そしてちゃんと納得の上で了承してもらったの」
2人は殆どコンビニで買ったお弁当に手をつけることなく私の話に耳を傾け、この報告を聞いて大きく溜め息をついて背もたれに背を預けて天井を見上げた。
「すごいわ千尋ちゃん。本当にここまでよく成長したわね」
沙月さんに頭を撫でられると、今までの私はどれだけ内向的だったんだと思わされる。
「チャンスはモノにしないと意味がないってわかりましたから」
いつまでも受け身でいても、なにも身にならないし、それどころか、イイコちゃんはちょいワルちゃんに食い物にされるんだと勉強したばかり。
人生、多少はふてぶてしく、図々しいくらいがちょうどいいのだ。
「それにしても、あの平嶋課長にそんなお願いができるなんて驚きです。いったいどんなきっかけがあったんですか?」
食い気味に聞いてくる瑠衣ちゃんの顔を見ながら思い出したのは、もちろん平嶋課長の顔だ。
ビンタをくらって去っていった女の背中を唖然と見つめる、あの間の抜けた平嶋課長の表情ときたら。
「平嶋課長には私の失態でお世話になったから、全てを話して噂を肯定はしなくていいので、否定しないでくださいって必死にお願いしたの」
うん、これは嘘ではない。
その前にもろもろの条件はあったけれども。
「それでよく了承してくれましたね」
疑われているように感じるのは、私が後ろめたさを持っているからかもしれない。
「ああ見えて平嶋課長は情が深いから、千尋ちゃんの話をちゃんと聞いて納得してくれたのね」
平嶋課長の良さをちゃんと理解した上でそう納得してくれた沙月さんの言葉を聞くと、冷や汗をかいてしまいそうなくらい引き攣った笑顔でしか流せなかった。
あれ以来、無理やり脅したというのに、平嶋課長はご丁寧に私の言葉を忠実に守ってくれている。
誰に何を言われても、何を聞かれても、平嶋課長は「噂は事実だ」と言って周囲を突っぱねた。
女の嫉妬が怖いことを平嶋課長は十分に知っているらしく、必ず最後には一言添えてくれる。
「俺は職場でのトラブルは好まない。もちろん久瀬の周りが騒々しくなることも含めてだ。キミたちが何を言っても何をしても事実が変わるわけではない。俺の言葉の意味を十分に理解した立ち振る舞いをするように」
妬みや嫉妬が形になって現れる前に、平嶋課長はちゃんと制御をかけてくれていた。
それを知った時は、不覚にもキュンとしてしまった反面、気が咎めてしまった。
自分の意地と保身しか考えていない浅い私と、いくら弱みを握られたとはいえ、くだらない私の取り引きをのみ、その約束と私自身を守ってくれている平嶋課長。
その差はあまりにも大きく、自己嫌悪に陥ってしまう。
けれど梨央が平嶋課長に私との関係を聞き出そうとしているのを瑠衣ちゃんが目撃したと聞いた時は、やっぱりこの取り引きをしておいて良かったと心から思った。
「平嶋課長、本当に千尋さんのお願いを叶えるためだけに噂を肯定してるんですかね?」
夕方、事務員三人しかいないデスクで瑠衣ちゃんがポソリと呟くと、その発言に沙月さんも小声で食いつく。
「私もそれは思ってた。いくら事情を説明して可哀想だって思ったにしても、ちょっと協力的すぎるわよね。もしかして……平嶋課長は千尋ちゃんのこと……」
口元に手を当てた二人の声にならない叫びに、私一人だけ冷静に「そんなわけないから」と乾いた笑いを漏らす。
確かに驚くほど協力的ではあるけれど、平嶋課長にとってあの出来事はそれほどまでしても漏らされたくないことだったに違いない。
それを思うと卑怯な手口を使ってしまったと胸が痛むけれど、最終的には致し方のないことだったという結論に落ち着いてしまうのだ。
しかし今日は火曜日。
土曜日に平嶋課長のあんな場面を目撃し、平嶋課長が社内で肯定を初めて二日目だというのに。
「肯定はしてくれてるんだけど、態度は今までと何一つ変わってないんですよね」
プライベートの話しどころか、業務上も必要最低限しか話さない。
一切の無駄のないマシーンのような男。
ビンタくらった時に見せた抜け顔なんて微塵も見せない。
誰かに見せて欲しい訳ではないが、それを自分も見れないことにモヤモヤする。
やはり秘密を共有したもの同士、その秘密を常にチラつかせたいという女特有の嫌な感情からだろうか。
「そろそろ社内でも接触しないと不自然かもね」
「噂が立って一週間ちょっと。ここら辺でもう一度、目撃情報が欲しいところです」
そう、それは十分に分かっているが、今まで一切の接点がなかった平嶋課長と、これ以上どうやって目撃情報を作り出せばいいのか。
沙月さんや瑠衣ちゃんに噂を流してもらうという手もあるが、仲間内の話はきっと梨央には通じない。
粗ばかり目立つというか、粗しかないこの計画は、問題ばかりの欠陥計画だ。
当然といえば当然なのだが、勘のいい梨央に気付かれてしまうんじゃないかと不安で仕方がない。
そしてその不安は的中した。
水曜日のランチタイムの休憩室は通常に比べて利用者が少ない。
会社から徒歩5分もかからない飲食店の定食が30%オフだからだ。
私の電話対応で出遅れた私達は、仕方なく目の前のコンビニでお弁当と食後のプリンとおやつを買い、いつもの休憩室でランチタイムを楽しんでいた。
そんな私達の和やかなひとときをぶち壊してくれたのは、今ではすっかり耳障りに変わってしまったこの声だった。
「ランチ中、失礼」
頭上から降ってきた声の主は、振り返らなくても梨央だとわかる。
あろうことか梨央は平然と四人掛けテーブルの空きイスを引いて、横着に腰掛けてきた。
私の隣には瑠衣ちゃん、目の前には沙月さんが座っていたので、梨央が座ったのは私からすると斜め前の沙月さんの隣だ。
極力視界に入れないことは可能だが、あまりの厚かましさと面の皮の厚さに驚いて凝視してしまった。
「ちょっと、何の用ですかっ」
瞬時に戦闘態勢になった瑠衣ちゃんを宥めるかのように、テーブルの下でそっと瑠衣ちゃんの手を握ると、私の気持ちを察してくれたかのようにグッと唇を噛んだ。
「千尋の仔犬ちゃん、そんなに噛み付いてこないで」
軽くあしらうような言い方にカチンときたであろう瑠衣ちゃんは、とても小さく舌打ちをした。
「で?」
梨央に負けじとふてぶてしく腕を組んで一言だけ問いかけると、梨央は嬉しそうにニコリと笑いかけてテーブルに肘を立てて手を組むと、顎を乗せて身体を前に出した。
「平嶋課長に直接聞いたの。千尋とのこと」
笑っているその瞳は、今までに見る事のなかった女の色だ。
「……そう」
確実に疑問を持っている目だとわかる。
「平嶋課長って、あんなにあっさりと認める人だったんだねぇ。もっと冷たくあしらわれると思ってたからビックリした」
不敵な笑いが色濃くなってきて、私の鼓動が少しづつ早くなってくるのがわかった。
「まるで用意された答えのように、誰が聞いても同じ答え。千尋とのことをみんなに知らしめたいのかなって思ったけど、二人が今まで以上に親しくなった感じもないし、不思議だわぁ」
この洞察力の鋭さは、いったいなんなのだろう。
見つめられると少しの表情の変化から、全てを見透かされそうで恐ろしい。
「恋愛の仕方は人それぞれでしょう?外野がとやかく心配しなくても、二人がよければいいじゃない」
柔らかく梨央を諭してくれた沙月さんだけれど、こんなことで引き下がる女なら親友の彼氏の具合を試すような真似はしないだろう。
梨央は人の言葉に耳を傾けるようなタマじゃない。
「外野が騒ごうがどうしようが、二人が上手くいってればいいんじゃないですか?」
なんて態度のデカさ。
先輩の沙月さんにむかっても物怖じ一つせず、逆に跳ね返していくなんて。
「ま、いいわ。そのうちいろいろと教えてね。今度は二人の時にでも話しましょ」
そそくさと席を立ち、「お邪魔しましたー」と手を振りながら去っていった梨央を見ながら、やっぱり本当にそろそろ何とかしなくてはならないと思った。
そしてそのチャンスは呆気なく数時間後に訪れてくれた。
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