ただいま冷徹上司を調・教・中・!
恋っていったいなんなんだ?(4)
あれだけの立派な顔を持っているのだから、女に困るはずがない。
きっといろんなところに、女をわんさか囲っているに違いない。
そういう不誠実な印象が受け入れられない要因の一つだ。
とはいえ別に平嶋課長本人は私に受け入れてもらおうとは微塵も思っていないだろうし、この偏見もあくまで課長の見た目から推測した私の勝手な妄想だ。
誰も彼の私生活を知らないし、女性関係の噂を聞いたこともない。
本当は彼女が絶世の美女で、愛し愛される理想の恋人がいるのかも知れないが、その可能性よりは女の大量囲いの方がリアリティがある気がする。
平嶋課長の私生活は謎だらけだ。
「久瀬。人の話を聞いてるのか?」
平嶋課長の顔をぼーっと見ていた私に、当の課長本人が眉を寄せて私を見ていた。
「もちろんです。聞いてます」
堂々と嘘をつき頷いた私に平嶋課長は伺いの目を向けるが、私はひるむことなくもう一度大きく頷いた。
「それならいいが。ちゃんと口は閉じておけ」
「はい」
私は緩んでいたらしい口元を引き締める。
後で何の話だったか隣の席の安松瑠衣(ヤスマツルイ)ちゃんに聞いておこう。
そう思いながら、私の勝手な妄想と朝礼は終了した。
午前十時を回ると、大半の営業マンはフロアを出ていく。
そして営業に出た人たちは、ほとんどが十八時くらいまで帰ってこない。
ということは必然的にフロア内は事務員だけになると、当然それから先は女の城になるわけだ。
「朝礼の時の吉澤さん、千尋さん見つけてニヤニヤして気持ち悪かったです。吉澤さんは千尋さんだけを見てたんでしょうけど、みんなは自分を見てるって忘れないでほしいですよね」
もともと和宏のことが好きではない瑠衣ちゃんは、私の一年後輩で二十七歳だ。
彼氏一筋で他の男を一切認めない彼女が、可もなく不可もなく頼りがいもない和宏のことを男としてよく思わないのは仕方のないことだろう。
かといって瑠衣ちゃんは私と同じく平嶋課長に騒ぐタイプでもない。
一度理由を聞いてみたが、『あんなハイスペック男に本気になったら魂抜かれそうなんで無理です』と言っていた。
「吉澤くんは忘れる、忘れないじゃなくて、何も考えてないのよ」
溜め息交じりにそう呟いたのは、先輩事務員の相田紗月(あいださつき)さんだ。
私の五年先輩の三十三歳で、去年の春に産休明けて戻って来てくれた。
仕事でも私生活でも頼りになるお姉さんで、私達総合6課の縁の下の力持ち的存在なのだ。
なんていったって、営業成績が毎回トップスリーに入る平嶋課長が一目置いているほどのスーパー事務員なのだから。
「紗月さんに言われると私も納得できます。それにしても千尋さん。私どうしてもわからないことがあるんです」
「なあに?」
「吉澤さんの魅力についてですよ。千尋さんは吉澤さんの何がよくて三年も付き合ってるんですか?私には全く理解ができません。千尋さんは頭もいいし仕事できるし、顔だって童顔で色気はないけど可愛いです。別に吉澤さんじゃなくてもいいじゃないですか」
正式には、まだ付き合って二年半だ。
そう突っ込みたくなったが、そこはスルーしてしまうことにした。
なぜなら今日でその関係を綺麗サッパリと清算するつもりだからだ。
「人それぞれ良いところもあれば、そうでないところもあるじゃない?だけどやっぱり良いところが勝ってるから付き合ってこれたわけだけど」
そう、どんなに標準だといっても、和宏は本当に優しくて私をとても大切にしてくれていたと思う。
あまりにも大切にされて優しくされて、本当に愛されているんだと勘違いしていたのかもしれない。
そしてその心の安定やゆとりが、私の中に慢心と安心を生み出してしまい、何の努力をせずともこのまま付き合い続けていけると思い込んでしまったのだ。
影で裏切られていたとも知らずに。
ふっと陰った私の表情を紗月さんが見落とすはずはなく、眉を寄せ私を見つめて「なにかあったの?」と心配そうに聞いてきた。
さすがはスーパーウーマンで、私の頼りになるお姉さまだ。
人の変化を見逃さず、救いの手を差し伸べてくれるところも、平嶋課長が紗月さんを大きく評価している一つなのだろう。
「昼休み、聞いてもらってもいいですか?」
そしてその優しさにすぐ甘えてしまうところが、私がまだまだな理由の一つなのかもしれない。
「それはかまわないけど……。嫌な予感がするわね」
「そのカン、たぶん外れないと思います」
ワクワクしながら私と紗月さんの話に割って入ろうとした瑠衣ちゃんだったが、電話の音に阻まれ渋々受話器を取った。
その間に私達は仕事モードに切り替わり、この話が蒸し返されることはなかった。
しかしいくら課が違うとはいえ、梨央と同じ空気を吸うのも気分が悪い。
いつもなら給湯室に備え付けられている給茶機やコーヒーマシンの前で、よく梨央と顔を合わせて雑談の一つでもするのだが。
今日は給湯室にすら立ち寄りたくもなかったので、家のコーヒーメーカーで淹れたコーヒーを持参してきた。
休憩室は全課合同だけれど、使用せずにデスクで昼食を済ませれば、今日はもう梨央に会うこともないだろう。
私はそう簡単に考えていた。
きっといろんなところに、女をわんさか囲っているに違いない。
そういう不誠実な印象が受け入れられない要因の一つだ。
とはいえ別に平嶋課長本人は私に受け入れてもらおうとは微塵も思っていないだろうし、この偏見もあくまで課長の見た目から推測した私の勝手な妄想だ。
誰も彼の私生活を知らないし、女性関係の噂を聞いたこともない。
本当は彼女が絶世の美女で、愛し愛される理想の恋人がいるのかも知れないが、その可能性よりは女の大量囲いの方がリアリティがある気がする。
平嶋課長の私生活は謎だらけだ。
「久瀬。人の話を聞いてるのか?」
平嶋課長の顔をぼーっと見ていた私に、当の課長本人が眉を寄せて私を見ていた。
「もちろんです。聞いてます」
堂々と嘘をつき頷いた私に平嶋課長は伺いの目を向けるが、私はひるむことなくもう一度大きく頷いた。
「それならいいが。ちゃんと口は閉じておけ」
「はい」
私は緩んでいたらしい口元を引き締める。
後で何の話だったか隣の席の安松瑠衣(ヤスマツルイ)ちゃんに聞いておこう。
そう思いながら、私の勝手な妄想と朝礼は終了した。
午前十時を回ると、大半の営業マンはフロアを出ていく。
そして営業に出た人たちは、ほとんどが十八時くらいまで帰ってこない。
ということは必然的にフロア内は事務員だけになると、当然それから先は女の城になるわけだ。
「朝礼の時の吉澤さん、千尋さん見つけてニヤニヤして気持ち悪かったです。吉澤さんは千尋さんだけを見てたんでしょうけど、みんなは自分を見てるって忘れないでほしいですよね」
もともと和宏のことが好きではない瑠衣ちゃんは、私の一年後輩で二十七歳だ。
彼氏一筋で他の男を一切認めない彼女が、可もなく不可もなく頼りがいもない和宏のことを男としてよく思わないのは仕方のないことだろう。
かといって瑠衣ちゃんは私と同じく平嶋課長に騒ぐタイプでもない。
一度理由を聞いてみたが、『あんなハイスペック男に本気になったら魂抜かれそうなんで無理です』と言っていた。
「吉澤くんは忘れる、忘れないじゃなくて、何も考えてないのよ」
溜め息交じりにそう呟いたのは、先輩事務員の相田紗月(あいださつき)さんだ。
私の五年先輩の三十三歳で、去年の春に産休明けて戻って来てくれた。
仕事でも私生活でも頼りになるお姉さんで、私達総合6課の縁の下の力持ち的存在なのだ。
なんていったって、営業成績が毎回トップスリーに入る平嶋課長が一目置いているほどのスーパー事務員なのだから。
「紗月さんに言われると私も納得できます。それにしても千尋さん。私どうしてもわからないことがあるんです」
「なあに?」
「吉澤さんの魅力についてですよ。千尋さんは吉澤さんの何がよくて三年も付き合ってるんですか?私には全く理解ができません。千尋さんは頭もいいし仕事できるし、顔だって童顔で色気はないけど可愛いです。別に吉澤さんじゃなくてもいいじゃないですか」
正式には、まだ付き合って二年半だ。
そう突っ込みたくなったが、そこはスルーしてしまうことにした。
なぜなら今日でその関係を綺麗サッパリと清算するつもりだからだ。
「人それぞれ良いところもあれば、そうでないところもあるじゃない?だけどやっぱり良いところが勝ってるから付き合ってこれたわけだけど」
そう、どんなに標準だといっても、和宏は本当に優しくて私をとても大切にしてくれていたと思う。
あまりにも大切にされて優しくされて、本当に愛されているんだと勘違いしていたのかもしれない。
そしてその心の安定やゆとりが、私の中に慢心と安心を生み出してしまい、何の努力をせずともこのまま付き合い続けていけると思い込んでしまったのだ。
影で裏切られていたとも知らずに。
ふっと陰った私の表情を紗月さんが見落とすはずはなく、眉を寄せ私を見つめて「なにかあったの?」と心配そうに聞いてきた。
さすがはスーパーウーマンで、私の頼りになるお姉さまだ。
人の変化を見逃さず、救いの手を差し伸べてくれるところも、平嶋課長が紗月さんを大きく評価している一つなのだろう。
「昼休み、聞いてもらってもいいですか?」
そしてその優しさにすぐ甘えてしまうところが、私がまだまだな理由の一つなのかもしれない。
「それはかまわないけど……。嫌な予感がするわね」
「そのカン、たぶん外れないと思います」
ワクワクしながら私と紗月さんの話に割って入ろうとした瑠衣ちゃんだったが、電話の音に阻まれ渋々受話器を取った。
その間に私達は仕事モードに切り替わり、この話が蒸し返されることはなかった。
しかしいくら課が違うとはいえ、梨央と同じ空気を吸うのも気分が悪い。
いつもなら給湯室に備え付けられている給茶機やコーヒーマシンの前で、よく梨央と顔を合わせて雑談の一つでもするのだが。
今日は給湯室にすら立ち寄りたくもなかったので、家のコーヒーメーカーで淹れたコーヒーを持参してきた。
休憩室は全課合同だけれど、使用せずにデスクで昼食を済ませれば、今日はもう梨央に会うこともないだろう。
私はそう簡単に考えていた。
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