そして、魔王は蘇った~織田信長2030~

内野俊也(Toshiya Uchino)

雌怒

東京 首相官邸。
「なんなのよこれは!もう50億再生いっちゃってんじゃない!
なにが信長だ!なにが日本の護りだ!
あたし言ったよね?なんで黒田なんとかってガキのYouTubeアカウント凍結しないの!?」
顔を歪ませヒスっておいでなのは、栄えある「日本国初の女性総理」蓮根総理である。
「それは…どうもYouTubeの向こうの本社がですな…まぁ普通に考えれば、一動画毎に優に二桁億の再生回数を望めるスーパーコンテンツを、企業がそう簡単に切れる筈もなく…。」
只野官房長官の言葉に、総理の顔がますます歪む。
「そもそも、超レイシストもいい所じゃない!世界中のリベラルの同志と連帯させて一斉訴訟は!?それもどうなってんの?」
「いや、そもそも民事的な事に政府がどうのというのは…。しかも、今回の例の柔道場動画で、実はアメリカ政府、及び各研究機関が研究対象として並々ならぬ興味を示しておりましてな…『信長公』の人智を超えた身体能力と、例の演説のカリスマ性に…権威ある何人もの学者が、『紛れもなく世界史級、アレクサンダー、ナポレオン、チンギスハン、例えは悪いがヒトラー達にも比肩しうる人物の可能性大』と…まぁちょっと海外メディアのサイトを覗けばすぐ判ることですが。それに伴いG7クラスの先進国間では、アンチ信長最先鋒のWCFFを牽制し、場合によっては国際テロ組織認定しようという動きも……要するに我が国一国の判断で安易に潰せるレヴェルの相手ではないのです。私も信じがたいですが、わずか数日でそうなってしまったのです。『織田信長』を名乗る青年は。」
がつん。
蓮根がデスクを叩く音。
「じゃあ逮捕しなさい!私が自ら立案したヘイトスピーチ完全規制法に余裕で引っかかってるじゃない!?」
法務大臣の福川みずほが、おそるおそるながら反論する。
「も、申し訳ありません、総理、アレには、人種国籍民族の出自による差別行為への厳罰は確かに明記してましたが、思想に対するそれは実質厳重注意くらいのものでえ…その他の、『殺すと言った対象』の定義も曖昧でえ、まして未成年、精神異常の疑いある相手では実質的には殆ど刑罰は科せない、というのが法曹界の一致した見解でしてえ、私も大分、何とかならないか食い下がったんですけどお…。」
ギリギリと歯軋りする蓮根。
それに追い討ちをかける警察庁長官。
「そもそも、所轄の、現場の警官達が、はいそうですかと少年Aこと黒田泰年氏を逮捕してくれるとお思いか。」
「ど、どういうことなの…?」
「貴女が政権掌握直後に発した、…まぁ死刑廃止もアレだが…警官の拳銃使用の著しい法規制。警官2名を超える制圧行動の禁止…人権か何かは知らぬが。それにより現場の警官の殉職率は3倍近くに跳ね上がった。
今でもこの私にすら感じられる。ご遺族の哀しみと、同僚を失った警官達の怨嗟の思いが。
そこに黒田…いや信長公が、貴女の措置を昨夜Twitterで舌鋒鋭く非難した。
当然、現職警官、ご遺族の方々を中心に賛同の声が殺到し…ツイートは10万RTを超えた…。
貴女もTwitterしておられているなら判るだろうに、まさかお気づきでなかったのか?
もはや公然と信長公支持を表明する声で、各地の所轄は満ちておる。」
「ぐうううっ、こんの、役立たずども!」
蓮根は椅子を蹴り倒した。
「もうイイッ!あたしの役に立てないなら皆んな執務室から出て行って!」
結局大半は呆れ顔を浮かべつつ、執務室を出て行く閣僚、高官達。
荒い息が、ようやくおさまった頃。
執務室の扉が空く。
「どうしたの根ちゃん、大丈夫?」
辻井清子 外務大臣である。
「清ちゃああん、あたし一所懸命やってるのに〜みんな使えないの。」
そう言って総理は、外務大臣に縋り付く。
「よしよし。頑張ってるのにね。ネトウヨがしつこいからね、あんなのを神様扱いして…」
「あんなキ○○イの誇大妄想のガキ1人捕まえられないなんて…。」
「大丈夫よー。警察庁がダメなら警視庁人権公安に動いてもらえば…幸い今の警視総監はあたしのマ○○の締りにぞっこんだし。ちょっと時間はかかるけど、じきに捕まえさせるから安心して。」
「ありがとうー。良かった。清ちゃんが居てくれて。」
「大丈夫よ。もう2年もすれば在日米軍も居なくなるし。そうすればピー○ボー○の頃からあたしが描いていたユートピアが実現する!」
「そうね!あたしの夢でもある。忌まわしい日本という国が消えて…もちろん天皇制も日の丸も…。国という概念も、差別も軍備もない、全ての人の人権が尊重される、地球上のみんなで共有するユートピアが!」
「その時まであと少し頑張ろう!」
「うん!」
ともに中年女性の域に達した、総理大臣と外務大臣は、互いに接吻を交わす…。





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