そして、魔王は蘇った~織田信長2030~

内野俊也(Toshiya Uchino)

未来との邂逅

朝の膳か…。
「姉」に言われるがまま、南蛮式の卓の前に座る。
目の前に広がるは…
米、汁、菜っ葉…。おおよそは一通りの日ノ本の膳で安堵する。
だが鶏の卵を平らに焼いたらしきこれはなんだ?
まあよい、腹が膨れぬことにはなにも始まらぬ…。
ワシは箸をつける。
「…美味し。お主が作りしものか。」
「あったりまえじゃん。あたしが毎日作ってあげてるんだから…。」
「父と母は如何した?」
「お母さんは10年前ガンで死んだでしょ!あんただってお葬式でギャン泣きしてたじゃん。
…まああたしもだけど。
お父さんは早く出ていったよ仕事に。毎日サービス残業で…どうせ給料増えないのに…」
「父はどういった身分か?」
「飲食店の店長よ(ああもう何もかもめんどくせえ)」
「飲み食い、つまり商人か。」
「まあ雇われだけどね」
「ふむ…。ところであれはなにか。先ほどの『ぱそこん』のようなものか?」
「テレビの事?(こいつマジで大丈夫か?)」
「てれびか…ほう異人も動いておる。」
「そりゃニュースだからね。」
さきほどの「ぱそこん」といい、鏡のように写し取った事物をなにがしかの形で日ノ本全体に広めることのできる世になっておるということか?
まあ450年も時が経てば、人の技巧もそれだけの域に達しておっても不思議はない。
どうも馬に頼らず、大きな車をすら動かせるらしい(後に知ったが、ワシが見たのは車のCMだったようだ)


「さあ早く、食べたら学校行きな!
あ、あんたまだ歯磨きもしてないでしょ!?洗面所!」
「がっ…こう?」
「あんたが通っていた美沢高校!成績やばいんでしょ!?急げって」
よくわからぬまま、大きな鏡と白い陶器らしき器がある狭い間に押しやられる。
生憎令和の世における、歯や口腔の清め方など分からぬ。
せめて水で濯ぐか。井戸は…無い。
ではどうやって。
うむ?何かこれは。鉄の曲がった筒の上にある…
捻る…のか?


おおっ!
水が流れ出てきた!井戸無しに水をふんだんに…。
さすがは令和の世といったところか!
一通り口を漱ぎ、改めて大鏡に向き直る。
女の様な繊弱な顔。そして筋骨。
天正…乱世の世なら何をするにせよとても生き抜いてはいけまい。公家にでも生まれぬ限り…。
いや、様々な道具立てが整いし令和の世でも怪しい。
果たしてこの五体の元のあるじ、黒田泰年とやらはいかなる青年であったのか?
いやそんな事よりも急がねばならぬ。あの「姉」が五月蠅い。


家屋の外に、出た。ふっと振り返る。
商家の主でも無き身分でこのような館に住めるのか?
「姉」は銭が無いようなことをしばしば口走っておったが、なかなかどうして。
凡下(平民)の身で十二分にこの世の恩恵を受けられておるではないか。
いや、ここの世は身分なる概念が無いか、曖昧なのかもしれぬ。
…とにかくワシは歩きだした。石ともなんとも言えぬ素地にて綺麗に均された道を。(「姉」に指し示された方角のままに)
鉄の車が度々横を通り過ぎる。ほう、あれ程の…ややもすれば駿馬よりも速いやもしれぬ。
それにしてもワシの格好よ。あの女に無理くりに着せられた珍妙な格好。「ぶれざー」がどうとか申しておったな。
あと、同じく持たされた革らしきふくろ…そもそも何が入っておるのか。
ここを横に引けば開くのか?
これは…書か。何とも鮮やかで、読みやすき出来映えなり。
とは言え何が書いておるのかよく判らぬ、まあ全くというわけでは無いが…。
…段々と「がっこう」がいかなるところか分かった。
周りにワシと同じような格好をして歩んでいる者が増えた時点で…。
つまり同じような齢の男女を集め、学を修めさせる為の場か。
凡下のものにも分け隔てなく。その方策はよい。
しかし齢17にもなって迄、延々とさせ続けるものか?あの女ですら、どう見ても二十歳近い齢にも拘わらず、普段はだいがくとやら申す場所に行っておると聞いた。
なんたる時間の無駄…。
皆が皆、学者になるわけでもあるまいに。
一定の学を修めさせた後は、早々に商いなら商い、百姓なら百姓と実践の場に立たせ、あとは実地で学べばよいではないか…。
まあよい。周囲の者どもについて歩けばがっこうに自ずと着けよう。にしてもこの珍妙なる格好、存外なかなか動きやすく歩きやす…
「おい黒田ァ!!偉そうに歩いてんじゃねえぞ!!」
その声と共に、不意に背中を蹴られる。
まあ何の痛みも無かったが。
向き直ると、恐らくは黒田と同じような齢であろう数名の青年が立っていた。
つい一瞬、天正の時の癖で腰に手が行きかける。が、当然帯刀はしておらぬ。
あるのはこれまた出がけに「すらっくす」の「ぽけっと」とやらにねじ込まれた「すまほ」なる、妙な小さな薄い板だけだ。当然何に使うのかも判らぬ。
そんなことより、こやつらに如何に応対すべきかだ。
今のワシは、正二位右大臣でも、まして天下一統に手をかけた覇者でもない。
只の市井の一青年なのだ。
「てめえ朝のLINE無視してんじゃねーよ、舐めてんのか!?」
一人の浅黒い青年が胸倉を掴んでくる。
こやつも、他の連中も、明らかに今のワシよりは屈強な筋骨を誇っているようだ。
「らいん?」
無論この段階では素で知らぬものだ。
「あ!?ちゃんと親のキャッシュカード持ってこいつっただろうが。あるのかねえのかはっきり言えや!!」
「きゃっしゅかあど?」
「てめえ…また便器で土下座させるぞ!?」
「梅沢の言ってることにちゃんと答えろや黒田!俺らやあの人へのてめえの払いが悪いんで、あの人がブチ切れて親のカードごと持って来いって言っただろうが!!金だ金!!カードでなきゃ最低100万だ!!」
「金…ああ要するに銭が欲しいのか。ならばなにがしかのことで汗水をたらせばよかろう。
それにワシは銭など持ってはおらぬ。そもそも令和の世のそれを見たことも無い。」
「…死にてえのか黒田。」
「ああそれと、生憎ワシは黒田とやらではない。織田三郎信長じゃ。」
周囲がどっと沸いた。
「ぎゃはは!こいつキモイアニメでシ○リ過ぎて頭湧いたんじゃねえか!?」
「武将キャラ作ったら俺らがビビるかもってか!?」
嘲笑の中、梅沢とやらだけは怒りの形相を崩さなかった。
「てめーさっきから黙って聞いてりゃ…。やっぱぶっ殺す!!」
梅沢は右の拳骨を振り上げる。
ただ、殺すと吠える割には、何の殺気も…どころか圧すら感じない…。
そこで一人が梅沢の右腕を抑える。
「平瀬…何止めてんだてめえ。」
「いやいや梅ちゃん。気持ちはワカっけど周りの目があっからさあ。さすがにやべえよ。
いや俺だってコイツブチ殺してーよ?何たって俺の彼女カノにストーカーかましやがったさー。
でも大体ここで俺らでシメちゃったらあとであの人に何されるかわかんねーからさー」
「ちっ…」
「先刻から聞いておるが…あの人とはたれか?」
まだ言ってるのかコイツという目で、こちらを見る梅沢。
「とぼけて現実逃避してんじゃねーよ。ウチの学校どころかこの中区一帯締めてる田所浩二さんだよ!
もちろん半グレ連中含めてなァ!!
素手のケンカ最強。てめえなんか秒で殺されるぞ。」
ようやく胸倉を解く梅沢。
「ほう、そこまでの武を誇るてか。一度見たぁにゃあ。」
「糞が言ってろ!いいか今日の昼休みに屋上だ!今から帰ってでも親のキャッシュカードだ!バックレやがったら田所さん含め先輩らと一緒にてめえん家いくぞ!ついでにてめえの姉貴もまわしてやる!
行くぞ!」
速足でワシを置き去りにしていく梅山達。
…おおよそ、黒田泰年なる男がこれまで受けていた扱いは判った。
要するに、あんな何の畏怖も武威も感じぬ連中に日々折檻され、銭も巻き上げられていたという事であろう。
見聞きしたうえでは身分の上下とは関わりなく、そうされていたようじゃな。
まあ古今東西、人が集まりし場では必ずや起こりしこと。当然本能寺時点でのワシの軍団内でもいくらでも有ったであろう。450年の時を経ても人の業は変らぬか…。
ましてこの黒田なる青年の貧弱な筋骨と、男としての何の自負も無き貌では是非も無い事。
だが、それは本日をもって終りだて。
そうこう考えているうちに、その「がっこう」なる場所に近づいたようだ。
門の前に立つ
「私立美沢学園高等学校」
学校…そう表するのか。
中々どうして、ひとつの城と言っても良い、立派な造りではないか。
これまた石造りとも違う、不思議なる素地にて作られし館の様じゃ。
ワシはともかく館の中に入る。そもそもどこの間に、どころか、どの棟に行けばよいのかも判らぬのだが。
間仕切りごとに札が掲げられているようだ。
三年…あとは南蛮文字か。
確かワシは二年…では此処ではないか…。
その時、後方から足払いを掛けられた。
危うく転びかけたが何とか足を捌き平衡を保つ。
「てめー何三年の校舎うろついてんだ!?田所さんなら昼まで来ねえぞ!?」
ワシは(先刻から溜まっていた)苛立ちを軽く貌に浮かべてしまいつつ、眼を当の二人連れの方へ向ける。
一人は南蛮人張りに髪を金色に染め、もう一人は坊主のように頭を剃り上げていた。
これで周囲が怖がると思っているのであろうか。まあ相応に立派な体躯ではあるが。
「てめ…ちゃんと約束のもんは…持って…来たんだろうな…もし…なら…田所さんが…ブチ切れ…るぞ」
「いいか…ぜってえ…逃げんじゃ…ねえぞ…。」
…?なにを怖れているのか此奴らは。よく見ると軽く震えておる。
ワシの表情か?「気迫を込めて睨まれた」とでも思っておるのか?
別にワシにとってはそこらの吠える野良犬に目を向けた程度のものなのだが。
「い、いいか、き、今日、12時、屋上…だぞ!」
踵を返して足早に去る2人。
十二時…多分午の刻か(まぁ今後は暦や刻限、数字等の認識も令和のそれに合わせねばならんが)
まぁ今はそのような事はどうでも良い。
自分の身の置き場を見つけねばならん。
丁度、少女2人連れとすれ違いかける。
「ちと…すまぬが?」
えっと戸惑った様な表情を、2人は浮かべる。
「あんた2年の子?」
「然り。2年の…そう『こうしゃ』は何処であるか」
「なんかよくわかんないけど…2年の校舎ならこの先の渡り廊下渡ったとこだよ。行けば分かるよ。」
「うむ、有り難く…」
ワシは早足で歩き始める。
「ちょっとキモくね?あの子、転校生かな?」
「えっでも可愛いじゃん。」
「えーアカリもしかしてマニア?」
そんな声を背中に聞きながら。
(後で知ったことだが、この学校は相当に運動部全般に力を入れ、また全国的な実績を挙げている少なくない部に関しては各自に鍛錬用の間を与えているため、結果的に他の高校より大規模かつ広大な建屋の集まりになっているのである)


…どうやら2年のこうしゃとやらには着いたようだ。
しかし肝心な事…どこの間…組なのかが分からぬ。
なにかに記してはおらぬか。そうワシが身につけておるものに…
「おっ、ヤス!てっきり遅刻かとも思ったぜ!?」
振り返ると、ワシとよく似た背格好の青年が立っていた。
女とも見紛う貌はワシ…黒田泰年とも通じるものがあるが、此奴の方がどこか飄々として見える。
「済まぬが、うぬの名は?」
「おいおい、ほぼ唯一のオタ友の名前を忘れるかよ笑
俺はハル。相澤雅治だよ!
てかまたお前何かのキャラってんのかよ!
今度は誰だ?またヒトラーか?それともナポレオンか?笑
どっちにしろ梅沢達の前ではやんなよ黒田。火に油だからな」
実はもう既に名乗っておるのだが。
いずれにせよこの男からは何の害意も感じない。
一種の好意すら伝わる。


友、か…。


「ワシは少なくとも黒田泰年とやらではない。
織田三郎信長じゃ。昨夜のうちに、この令和の世に飛ばされてきた。」
数瞬の間の後、あはははと相沢は笑い出した。
しかしこれもまた、悪意は感じぬ。
「信長かぁ笑 そーきたかぁ!まーいいや暫く付き合ってやるよ。
では信長様。あなたのクラスはB組でござる故…。案内あない致します。授業ももうすぐ故に…あと今更ですが、土足ではいけませぬぞ。後で履き替えて下さい。」
そうしてワシらは、びー組へと入って行く。


「教師」とやらが行う「授業」なるものはひたすらに退屈なものであった。
まあワシが全く呑み込めなかったというのもあるが。
そもそも教師こやつらに、きちんと「修めさせる」気があるのかどうかも怪しい。
何の熱も感じぬのだ。
時折ワシが名前を呼ばれる。当然ワシは何も答えられず貌を固めたままで、教師の罵倒を浴びる。これにも何も響くものが無い。「黒田泰年」がうつけであったとして、それを何とか手を尽くして修めさせるというのが、本来のうぬらの務めではないのか?
…それよりも授業の合間の時間に、ハル…相澤雅治に色々と受ける令和の世についての手ほどきが重要であった。(ようやく、ここが名古屋と申す尾張最大の都であると知らされる)
「こういう言い回し、南蛮言葉だけは覚えておいてくださいませ」
「そして重要なのはスマホです。あ、暗証番号俺も普段横で見て知ってるんで失礼しますね。」
「ここでは時間が無い。あなたの死からここに至るまで何が起こったかは家に帰ってからパソコンでご覧下さい。」
「最低限必要な、アルファベットとローマ字は帰るまでに書き出しますね。」
「分からなかったら深夜1時位までは起きてますんで、LINEのここに連絡をして下さい。」


…有難し。まだワシを本当の信長だと信じ切っているとは思えぬが、すくなくともそうした前提で細々と提言をくれる。
そして「昼休み」とやらが来た。
当然腹が空く。
「ハルよ、学校ここでは飯は如何しておるのか。」
「ああ、弁当を持ってくる者もおりますが、俺と黒田に関しては購買で買って食ってますね。普段は。」
「さようか…生憎ワシは銭を持っておらぬ。」
「まあ信長様…ではなくヤスが梅沢達から毎回根こそぎ巻き上げられていますからね。いいですよ、銭は俺がだしますゆえ。」
「痛み入る…。」
「いえいえ。ところで何を召し上がりますか?ええとメニューは…」
「ああ構わぬ。黒田とやらが普段食っておったものでよい。」
「したら焼きそばパンとウーロン茶で、買ってまいります。」
ハルは「教室」の外に出る。
少しの間の後、一人の男が怒りの形相で入って来た。
あれは、確か、朝方の…。
そしてワシの方へ歩み寄る。
「てめえ何平然とバックレてやがんだ。田所さんとっくにガチギレなんだよ!てっきり俺の後に付いてきてるとおもってりゃあ…。」
「ほお、なんだ。うぬは同じ「くらす」であったか。全く知らなんだて。エラ顔が居るなとくらいしか。」
「テメー…この宮迫様に…田所さんの後で追加で殺してやる。オラ来んだよあくしろよ。」
そう言って宮迫とやらはワシの襟首を掴み、教室の外へと引き摺って行く。
敢えてワシはされるがままにした。
「ネー黒田くんどうしたの?いつもやられてる感じとも何か違うんだけど。」
「なんかあの田所先輩をキレさせたみたいだよ。」
「マ!?シャレんなってねーじゃんそれ!!黒田、アウト―!笑 ガチで死んだな。
まーとにかく俺らは関わらんようにしとこ。キモヲタ一人がどーなろーがどーでもいいし。」
「だねー」
…そんな声を背中に聞きながら。


宮迫に引っ張られながら、胸中に湧きあがりしは…。
これは黒田泰年の五体に刻まれし記憶か?
「てめえ5万円だぞ。3千円とか舐めてんのか!?」
「次は前歯2本行くぞ!」
「おら灰皿が声上げるんじゃねえぞ!?」
「そこじゃねえ便器だよ便器。顔突っ込んで謝れや!」
「チ○○出せや。そこで公開オ○○ーすんだよ。オカズはてめえのスマホで適当に探せ!動画バラ撒くぞこの野郎!」
「だからてめえの姉貴の入浴動画撮ってくんだよ。おめえの払いが悪いから、俺らが動画サイトで稼がなきゃならねえんだよ!」


…ようわかった。黒田泰年よ。
お主の「無念」などと言う言の葉では言い表せぬ思い。しかと受け取った!
直ぐに。それらすべてを晴らしてやる故。




そして、三年校舎屋上である。
20数名の、なんというべきか、無頼の者たちが群がっていた。
こやつら…
これだけ群がっても、何の威も圧も感じぬ。
正直ワシの若き日の(今も五体は若いのだが)うつけ仲間の足元にも及ばぬ泥人形デクの集まり…。
この程度の連中に…。
「田所さん!連れてきました!オス!!」
「おうよ」
後方に居る、一際体躯に秀でた、髪を短く刈り込み、金色に染めた男。あやつが田所か。下唇と両耳に妙な金物を埋め込んでいる。
しかも隣には髪を栗色に染めた女子を侍らすという余裕ぶりよ。

「てめえまずは土下座で詫びねえかゴラァ!!」
先頭に立っていた梅沢が吠え、何やら小振りな短刀を突きつける。
「んで、持ってきたのかよ?」
田所が低く重い音声おんじょうで問うてくる。これで当人は威圧しておるつもりなのだろうか。
「おい田所さんが聞いているんだろうが!?さっさと答えろや!」
梅沢が頬を殴打してきた。痛くも痒くも無し。
「きゃっしゅ云々か、銭…金に関わる物は持っておらぬ。あったとしてもうぬらに渡す気は無い。」
「てめえふざけ…」
「へへっ!この田所相手にいい度胸してんじゃねえか。まあいいや、てめえらで一通りシメてやれや…。
だがやりすぎるなよ?こいつを後で試食したくなってきた…溜まっちゃってさあ。
まあ本命はお前の姉貴だけどな?聞けばKカップあるそうじゃねえか。一通り楽しんだら業界の連れにいい値で売ってやるよ…。へへっ。たまには姉弟丼ってのも悪くねえやな。」
何故か、本来肉親でも何でもないあの「姉」に関しこう言われ、怒りが湧き上がる。
オス!と呼応して、こちらに向かいかける泥人形デク達。
そこでワシは(十分加減しつつも)令和の世に来て以来の大音声だいおんじょうを発することになる。
「このうつけ共があああああああッ!!」
一瞬連中の動きが遅滞する。
「この信長に刃を向けるからには、当然死を覚悟しておるのであろうなッ!?痴れ犬共がッ!?」
「あひいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
「痴れ犬」達は目に見えて震えあがった。中には腰を抜かし、尻餅を付く者も…。
なんじゃこれは?光秀を折檻した際はこんなものではなかったでや。
これでは戦場いくさばどころか練兵ですら使えぬ。まだ百姓あがりの足軽の方が遥かに肝が据わっておる。
情けなし。これで普段学校の中で粋がっておったとは。
そこで田所が怒鳴る…とはいえこの男も顔色が変わっていたのだが。
「何ビビってんだてめえら!!さっさとシメちまえ!!ビビる奴は俺が殺りながらヤッてやるぞ!!」
「お、お、オス!!」
再びワシに向け殺到する泥人形デク達。
先陣を切ったのは先ほどの大音声に、虚勢ではあったろうが、怒りの形相を崩さなかった梅沢であった。
「ハネッ返りやがって!抉ってやるぜ!!」
先ほどの刃物を全力で突き出す梅沢。
次の刹那。
何かが爆ぜるような音。
二十尺は優にケシ飛ばされる梅沢の体。
周囲は数瞬固まる。


…十数年後、筆者のインタビューに、梅沢氏はこう答える。
「ええ、拳ではありません。掌底ですらなく、只の掌、です。
私が確実に先にナイフを突いたのに、その十段階は上のスピードでした。
しかもノーモーション。私も格闘技結構好きで今でも見ますがね。世界レベルでも見たことありませんよあのレベルの打撃は…。(軽く震えながら)宙を舞いながら、コンマ数秒で痛感しましたよ…明らかに…人種が違う…信じたくないけど『この方』は…ホンモノ…だって…明らかに加減してこれですからね…。
思えば朝の段階で気付くべきでした。私たちに出くわしても、田所さんの名前を出しても、何の動揺も…そもそも興味すらないという表情をしていらしゃった段階で。
ああこれ(車椅子)ですか?あの時受け身も取れずコンクリに叩き付けられて、脊髄を、ね…。
おかげで下半身不随。陸上短距離選手の夢は断たれましたが…『あの方』に対する恨みは一切御座いません。
当時の私は驕りに満ちていた。チヤホヤされてね、『あの方』…黒田君には謝っても謝り切れないことをしてしまいました。
でもあの一撃で、人としてのあるべき道に還ることが出来た。
皮肉でもなんでもなく、『あの方』には感謝の気持ちしかございません。」
…話を戻す。


平瀬とやらが蹴りを浴びせてきたが、ワシは悠々といなす。逆に足払いを掛ける。何かが砕ける音。
「ごあああああああああ!?骨、骨イった…。テメークソ!黒田の分際で…あああああああああああ!」
右膝の辺りを抑え、のたうち回る。
残りの「朝の面子」を片付け、次は3年の先輩とやらだ。ほぼ全員が得物を持っていたが、話にならぬ。
それが戦乱の世の槍、刀、火縄であっても、「得物に持たれた」者たちなど…。
中には妙な、スリコギのような金棒や、この令和の世においては珍しいであろう長大な刃物を振りかざして襲い来る者も居たが、同じことであった。


…再び筆者より。ここで読者の皆様は不審に思われるかもしれぬ。
いくら幼少期より武芸を修め、戦場では最前線で自ら武勇を振るった信長が憑依したとはいえ…。
また戦乱の世の武辺の者の身体能力、身体感覚が現代人とは根本的に違っていたとはいえ…。
あの貧弱極まりない黒田泰年少年の肉体で、それらを簡単に再現できるものなのか?
様々な専門家先生方が様々な見地を示されているが、筆者には一つの仮説がある。
良くスポーツ、格闘技系の創作でネタになる、
「人間の殆どはその身体能力を30%も使い切れていない」といったアレである。
そこで所謂「火事場の馬鹿力」「リミッターを外す」というプロセスが、物語上重要となってくる訳だ。
そして思うに、戦乱の世においては、達人豪傑の域に達するほど、70%、80%というレヴェルでリミッターが外れている状態が日常化していたのではないか?
なにしろ常在戦場、どこから刀槍矢玉が襲いくるか分からないのである。
そしてそれは信長も例外ではなく…あの黒田少年の貧弱な肉体において尚…


閑話休題。


「後はうぬだけだ。田所とやら」
「ほ、ほー、テメー相当…使用つかうじゃねーか。
空手かキックか知らねえが…。
そんだけヤレんのになんでヤラれっぱなしでいた?もしかして超ドMか?
まーどーでもいいがよ…」
田所は「しゃつ」を脱ぐ。
身の丈6尺半を優に超える体躯。
そしてその筋骨は、いつぞや見た古の南蛮の闘士の絵画。それをも優に超える威容であった。あの弥助をすら超えるやも知れぬ…
「オメーがナニをヤッてるか知らねえが…
誰が何を言おうが地上最強の格闘技は…
ヘビー級ボクシングダルォォ!?」
大きく踏み込む田所。刹那に詰められる間合い…
この男…確かに尋常に非ず!
少なくとも泥人形デクでは無いな。
そして繰り出される、左の刻み突き。
疾い。どうにか躱し抜く。本来は何処かでその拳を掴みとるつもりだったが、その余裕は無し。
しかし田所も驚いた表情を浮かべ、一旦間合いを取る。
「テメーマジ何もんだ?全格闘技中トップのスピードを誇るボクサーの、しかも俺の左ジャブを避けるたぁ…」
「うぬこそ見事な拳法よ。その拳で何人の無頼者達を地に這わせてきた?」
「さあな知らねーよ。テメーはテメー自身のケツの菊○の皺の数知ってんのかよ?」
「…24だ。」
「そうか。俺も24。奇しくも同じ数だ。
この意味わかるか?」
「…永久に分からぬな。」


言い終わらぬ内に再び突進してくる田所。
疾さが一段上がる左刻み突き。
これで牽制し、隙を見せれば本命の、なんらかの形の右突きで一気に斃す算段か。
黒田泰年の肉体では耐え切れぬ。
それ以前に五体の節々が先刻から痛む。
やはり此奴の筋骨ではワシの武そのものに耐え切れぬか。
いずれにせよ後一呼吸で決めねばならぬ。


『よろしいか吉法師殿。今後あなた様は武家の嫡男として武芸百般を仕込まれるであろう。
この老骨めが教えしは徒手により武装せし豪傑達に抗いし得る絶人の武技。しかも行き着く先はその百般全てに通じ得るものと心得られよ』




お師さん。使わせてもらうでや。


ようやく視えてきた。繰り出されし左じゃぶとやらを左腕で捌く。わずかに田所の体軸がぶれる。
今…!


「紫電流、伍の型、天中滅殺、十連!」


刹那の間に、田所の正中線急所に叩きこまれる十の拳。
「ンアッー!?」
妙な悲鳴と共に、全身をびっくんびっくん痙攣させ、ずどんと倒れ伏す田所の巨躯。
片付いたでや…どうやら…。
大きく息をつく。
今後はこの黒田泰年の貧相な躯体を、ワシ自らの武と並行して鍛錬せねばならぬな…

ん?
隅で呆然と坐り込んでいる、おそらくは田所の女であろうが…。
何故こんな虚ろな貌を?そもそも一連の出来事を見ておらなんだのか?
階下に逃げるなり、「すまほ」で令和の世における役人…警察を呼ぶなり、如何様にでもできたろうに。
なにか尋常ならざるものを感じ取り、ワシは女子(おなご)に歩み寄る。
「お主、名は?」
「飛鳥…綺羅」
ある事に気づき、ワシは綺羅の右腕を取る。
なんじゃ、この細かな針を刺したような跡は…
それが注射痕なるものであることは、そして何をそれにより打ち込まれていたであろうことは、後にワシは知る事になる。
ただこの女子は、「それ」のなにがしかの作用より田所の支配下に縛られていたであろうということは、直感の部分で感じて取れた。
なんとも赦しがたき…
そしてさらに目に入ったのは三筋程入った細い左手首の傷痕。剃刀?
「何故、己を傷つけるか?」
「その…ほうが…落ち…着く」
「…綺羅…哀れな、女子よ。」
ワシは抱きしめる。
そして、綺羅の繊細な唇に、己のを重ねる。
「許せ、陵辱以外の何者でもない、それは百も承知。だがお主…そなたの心を少しでも戻すには、これ以外に無い。」


しばしの余韻。

「すまぬ、せっかくの可愛らしき顔と化粧が。」
「ううん。大丈夫。どうにかなるよ。」
素早く何かの洗浄用らしき濡れ紙で顔を拭く綺羅。
互いに慌ただしく服を着込む。
「本当にありがとう。おかげで、すっかり黒い雲が晴れた感じ。」
先程より一層明るい笑顔。
「それはなにより。無論田所とは縁を切るであろうが、なにかあれば、直ぐにらいんを寄越すがよい。…ええと、どうであったかな、ここか。」
ワシが突き出したばーこーど部分を、綺羅のすまほが読み取る。
「ワシの側には大概相澤雅治という男がおる。そやつの方が話が判るかも知れぬ。
いずれにしても何時でも遠慮なくじゃ。」
「うん、連絡する。ありがとう『信長様』」
今度は綺羅の方から接吻をくれ、そして階段の方へと去る。
さてと。
ワシは自身が築きし屍の山(まぁ死んではおらぬが)に視線を向ける。 
とりあえずは、此奴だな。
  


ワシは田所の身に付けしものを漁る。
これか…。
随分と入っておるな。無論これが全てではあるまい。
確か紙の…紙幣とやらがこの世では価値が高いのであったな。ざっと百枚は…。
「うぬが梅沢らを通じて黒田から幾ら巻き上げたかは知らぬが…返してもらうでや。まぁ超過する分は詫び料ということで…って聞こえてはおらぬか。」
田所はとうに気を失っておる。
他の連中同様…いや、ただひとり。
ふっと眼を開け、ぐいと起き上り、ふらふらと歩み寄る、頭を剃り上げた1人の男。
あれは、確か朝方の3年…。
完全に手下達と同様気絶している田所を見て驚愕し、そしてワシの足下に平伏す。
「サーセンしたっっ!!自分は椎名藤次と申します!信長様とも知らず、朝からの乱暴狼藉、お許しくださいませ!!
そ、それにしても先程の十分加減なさっての打撃、お見それいたしました!」
「ほう、あれがある程度は視えていたとは大したものじゃ。うぬもなにがしかの武術を?」
「はい!空手やってまして…中学で黒帯とって、ちょっとイキって高校入った直後に、田所に惨敗しまして…その後はずるずる堕ちてこのザマです。
ですが今、本物を見て確信しました、本当に仕えるべきお方を…実はガキのころ本を読んでからファンだったんす!
改めて信長様!あなた様にお仕えさせてください!」
「ふむ。椎名とやら、うぬはワシの為に死ねるか?」
「な…あ…はいっ!喜んで!」
あの雪の日の朝の一幕がふと思い出される。
「よかろう!本日よりお主はサルじゃ。サルよ、当面はワシの馬廻りと、この学校、及び周辺の街における乱波を務めい!」
「はいっ!喜んで!このサルめ、誠心誠意お仕えいたしまする!」
「まずはひたぶるに励むが良い。サル…まぁ気まぐれにハゲネズミと呼ぶかも知れぬがな。ガッハッハッハ!」


まずは、第一歩か…。





コメント

  • ノベルバユーザー464177

    ほぼホモとクズしかいない件。

    1
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