君の殺意が嬉しい

ウーロン・パンチ

現場検証

「まったく、ロボットが人を殺すなど信じられん」ロボットを専攻する研究者たちが口をそろえていった。そして神崎ゆいの開発者である天野拓哉を非難した。
「待ってください。何かの間違いです」
弁明をする天野に研究者たちはさらなる怒号を飛ばす。
「君のランダムインヒビターとかいうバグのせいだろ!」
「ランダムインヒビターは確率的にある一部の回路を遮断するものです。バグではありません」
「言い訳はいい! さっさとあのガラクタを処分しろ!」


警察による詳しい現場検証が行われた。
被害者:大木由紀子、78歳、女性
容疑者:神崎ゆい、25歳、女性、介護士のという設定の人型ロボット

2090年5月10日
午前9時
介護事業所『なの花ホーム』では通常通り利用者を自宅まで専用車両で迎えに行った。利用者が施設に到着すると体温・血圧の測定が行われた。午前中は各々の利用者が塗り絵や折り紙、編み物を楽しんだ。

午後13時
昼食を終えると全体のレクリエーションが始まった。音楽に合わせた体操とマジックハンドで床の折り紙をつかみ合う競技が行われた。

午後15時
おやつの時間になり各テーブルにどら焼きとゼリーが配られた。ただし、全員が両方を食べるのではなく、嚥下能力に問題がない者はどら焼き、ある者はゼリーが配られるはずだった。ここで被害者におやつを配ったのが介護ロボットで容疑者の神崎ゆいだった。被害者は嚥下機能が低下しているため、通常のプログラムならゼリーが配られるはずだ。ところが、被害者が口にしたのはどら焼きだった。

以下、各関係者の供述を示す。

・被疑者家族の訴え
施設を信頼していたのにひどすぎる。母は私たちの大事な家族だった。裁判を起こし、慰謝料を請求する。

・介護スタッフの訴え
A:神崎さんは本当にロボットなのかってくらい人間そっくりでした。見た目も動きもしゃべり方も。いつも率先して仕事をしてくれるし、人を傷つけることなんて絶対ないし、今でも彼女が悪いのか判断がつきません。

B:たしかに私たちは利用者さんが口にするものすべてに神経をとがらせています。飲み込む力が弱くなったお年寄りが大勢いますいし、全国で誤嚥性肺炎や窒息死が報告されているのですから。うちの施設では一人一人の食事内容も状態に合わせて細かく決められているのです。人間なら間違えることがあってもロボットが間違えるなんてことはありえないと思います。

C:大木さんはいつも手のかかる利用者でした。わがままは言うし、食事も自分が好きなものしか食べないし、止めても陰でこっそり持ち込んだものを食べちゃうし。あと、言葉遣いがきついんです。バカとか死ねとか平気で言っちゃう人でした。酷いときは杖で叩くんですよ。亡くなった方を悪く言うのもあれですが、内心ほっとしてるスタッフも多いと思います。

・研究所の訴え
天野さんが開発したランダムインヒビターは画期的でした。えっと、わかりやすく言うとあえてランダムにシステムを阻害インヒビットするシステムなんです。
例えば、私たちが包丁を使ってキャベツの千切りをしたときに誤って指をケガすることがあるじゃないですか。本来、機械的に右手で包丁を上下に動かし、同じタイミングで左手をずらしていけばケガをしないはずです。では、なぜケガをするのか。天野さんはここに注目したんです。そして脳内で作業をするときに邪魔が入ることがあるからという仮説をたてました。これをロボットの思考プログラムに組み込んだのです。そうすることであえて間違いを起こすロボットになりました。間違いを起こすなんてダメだと思われるかもしれません。
 しかし、この技術はロボット史に残る発明でした。革命と言ってもいい。誰もがロボットは間違いを犯さないと考える中でまさに逆転の発想!
この技術により、過学習による弊害も、危険感知でフリーズする問題も、不気味の谷現象まで解決したのです。なにもかもが人間的になったのです。もはや人間です。
亡くなられた方は非常に気の毒だと思います。でもどうか、どうかこの技術だけは批判しないでください。

ロボットに好意的な意見が多かった。だが、専門家は以上の資料から「のどを詰まらせるおそれのある人間にロボットがどら焼きを出した。人間の命に関わる大切な情報がランダムインヒビターによって阻害されたことによる事故」だと結論付けた。
そして神崎ゆいにスクラップ処分、天野拓哉博士に業務上過失致死の容疑が科された。

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