君の殺意が嬉しい

ウーロン・パンチ

いづれロボットは感情を持つ

「警察だ! 道を開けろ!」
研究所内に響き渡る叫び声。銃を構えた警察官がぞくぞくと押し寄せてきた。

2090年5月14日
警察は警備ロボットを引き連れて神崎ゆいの捕獲および天野拓哉容疑者の逮捕に踏み切ったのだ。
警察官たちは2階にある第5研究室、介護ロボット開発部を目指した。
警備ロボットもそれにつづいた。全員が悲鳴を上げる職員を押しのけて走りだした。
第5研究室にたどり着いた警官たちは、部屋にロックがかかっていることに気づいた。
「警察だ! ここを開けろ!」
「天野光輝、業務上過失致死の容疑で逮捕する」


扉の外で警官が怒鳴っている。騒がしい中、神崎の落ち着いた声が聞こえた。
「博士、質問してもよろしいでしょうか」
「何だ?」天野博士が問う。
「私はどのように殺されるのでしょうか?」
「おそらくスクラップだ。強制的に電源を落とされてペチャンコにされる」
「そうですか…」
沈黙が流れた。博士は床に座り壁にもたれかかっている。目の前のロボットと壁以外に見方がいないことが悲しかった。できることはやった。自分が開発したランダムインヒビターを世界は絶賛してくれた。ノーベル賞ロボット工学賞も夢じゃなかった。それを、それをたった一つの出来事のせいですべてを奪われた。

──私のせいですね──

神崎が口を動かした。申し訳ないというよりただただ悲しいという声だった。
「私のせいで博士の人生を狂わせてしまいました」
「…」天野博士は何も答えなかった。
機械を冷やすためのファンの音だけが鳴り響く。もはや体の感覚を感じられない。この部屋が熱いのか寒いのかそれすらもわからなかった。

「ゆい、辛くはなかったか?」
神崎が目を見開いた。スローモーションのように顔が上がって天野博士と目が合った。
「私に聞くのですか?」
「…」
「博士は私が憎くないのですか? 私のせいでこんなことになったんですよ? 仕事も権威も何もかもを失ったんですよ?」

「憎くない。だって…」

──お前、殺してないだろ?──

「たしかに私はランダムインヒビターをお前に組み込んだ。でもそれは『自分が階段につまずく』とか、『会話でど忘れする』とか人間に影響がないところでの話だ。ロボット三原則は全て守られるようになっている。あの時お前はきちんと婆さんにゼリーを運んだはずだ。で、婆さんがゼリーを食った後、他の人のどら焼きを盗んだってだけだろ?」
神崎は驚いた。天野博士は真相を知っていた。たしかにあの日、神崎はゼリーを持って行った。大木はゼリーを平らげた後、隣で居眠りしている利用者のすきをついてどら焼きを奪い取ったのだ。それで窒息した。
「わかってたんですね。わかっててなぜ警察に話さなかったのですか」
「話したさ。だが、だれも信じてくれなかった。証拠がないからな。どんなに説明して、資料やデータをすべて渡しても言い訳としか扱ってもらえなかった。奴らの中ではストーリーが決まってたんだ。よくわからないバグのせいで人が死んだのだと」
「今からでも戦いましょう。裁判で私も証言をしますから」
「ゆい、ありがとう。でも、もういいんだ。警察は君に事情聴取すらしていない。だから、君の意見なんて証言として扱ってもらえない」
「でも!」
「それに私は疲れた。ロボット開発はもうやりたくない」
神崎は天野博士がうなだれる姿を見るしかなかった。そして天野博士は昔を思い出すかのように語り始めた。
「ロボット開発も初めは楽しかったんだ。といってもそのころは人型ではなく本当のロボット。思考はせず、ただ作業を繰り返すマシンの開発だったけどね。施設利用者の薬を自動で振り分けるプログラムを組んだんだ。施設のスタッフはみんな喜んでくれたよ。仕事が減って助かるって」
天野博士は一瞬、言葉を詰まらせた。思い出したくない過去を無理やり思い出すかのように続けた。
「でも、そこからが地獄だった。次に要求されたのは薬に名前を印字するプログラムだった。簡単なプログラムだからすぐに組んだ。また喜んでもらえると思ったらクレームが来たんだ。個人情報漏洩を嫌がる利用者がいるからリストに載せた人の名前ははずしてほしいと。だれがじいさんや婆さんの飲んでいる薬の情報なんて欲しがるんだって思った。でも仕事だからやるしかなかった」
神崎は天野博士の言葉を聞き続けた。初めて聞く生みの親の過去に興味があった。
「そしたら次は薬を1個1個のませるのは大変だからすべてパックに入れて欲しいときたもんだ。要求は続いた。パックに色線を引け、点線と実線で分けろ、薬の効果を大きなひらがなで書いてくれ。際限がなかった。1個要求を飲んだら、どんどんエスカレートした。まるでテロリストのように。でも、これで施設スタッフの仕事が減るならと自分を奮い立たせた。だが…」
博士は天井を見た。救いを求めるように、自分が行ってきた意味の答えを求めるように。
「久しぶりに施設に訪れたとき私は見たんだ。全員が疲れきるまで働いている光景を。何も変わってなかった。どれだけロボットで業務を効率化しても、施設スタッフはできた時間で新しいことを始めたんだ。より丁寧に風呂に入れ、より丁寧に話を聞き、より丁寧に体操をさせる。これじゃあいつまでたっても介護の人手不足を補えるわけがなかった」
天野博士は神崎の方を向いた。「だから私は君を作ったんだ。機械で作業化するのではなく働く人材そのものを作ろうとしたんだ。ようやく、夢を実現できたというのに…。たった一人の食い意地のはった婆さんのせいで…」
天野博士が肩を震わせている。

──博士も、辛かったんですね──

「私は介護ロボットとして働いていました。私がどんなに献身的に介護をしても利用者は日によって態度が変わるのです。あるときはありがとうといい、またあるときは不気味だと嫌がられます。コップの水をかけられたこともありました。機体が錆びて、動きづらくなっても私は介護を続けました。」
神崎は目の奥にへばりついた人物の顔を思い浮かべた。「でも、あの人、大木だけは憎かった」
大木がやってきた行いのデータが次々と読み込まれていく。
「暴言は暴力は当たり前。犯罪行為なのになぜ周りのスタッフは警察に連絡しないのだろうと不思議でした。私が110当番通報しようとしたら『余計なことはするな』と所長に怒鳴られたこともあります。そのとき私の中でデータが飛びました。信じていたものがどんどん消去されていきました。ああ、ここは老人を崇拝する宗教集団なのだなと再インストールされました。どれだけ介護を施してもその先にあるのは達成感と共倒れです。それがわかりきっているのに周りのスタッフはどこか嬉しそうでした。気持ち悪かった」
自分の中にたまっていたごみを吐き出すように続けた。会話の終着点がどこに向かっているのかわからないが次から次へとあふれ出た。
「そして私に同じ道を歩くように言うのです。私たちがこれだけ苦労しているんだ。お前はロボットなのだからもっと苦労しろと。たしかに私はロボットです。でも疲れないわけではありません。ネジはゆるむし、機体も錆びます。だから毎日メンテナンスが必要なんです。でも24時間働けと命令されました。この数年間、眠れたことはありません」
神崎は思い出していた。暗い施設のロビーでただ一人ぽつんと座っていたことを。せっかくの満月で明るく照らされているのに、自分の他には誰もいない。虫の音だけが部屋に聞こえていた。いや、もう一人の声もあった。
「大木が眠れないから睡眠薬をよこせと怒鳴ったこともありましたっけ。憎い、憎い、憎くてたまらない。でも、だからといって私は殺せませんでした。ロボット三原則がかかってましたから」
そして5月10日のデータを読み込んだ。
「あの日、あれは本当に事故でした。本当は私がわざと大木の近くにどら焼きを置きたかったのですが、三原則の第一条が邪魔をしました。で、大木は死んだんです。芋虫みたい床でモゾモゾ動いていました。」

──ざまあみろ──

「最低ですよね。私はそのとき喜んだんです。すぐに死ぬな。なるべく苦しめって。そして長い嫌がらせが終わる。やっと死んでくれた。心のなかで爆笑していました」
天野は神崎の顔をじっと見つめた。まさに今、大木の死体を目の前にして喜んでいるようだった。
「後になって、自分がとてもひどいやつだと思いました。ごめんなさい。せっかく作って頂いたのにこんなロボットで…」
全てを出し切ったあと、神崎は天野博士の言葉を待った。大木のように罵倒するのだろうか、暴力をふるってくるのだろうか、ああ、人間はどの人も変わらないんじゃないか。
「ゆい、こっちに来てくれ」
言われた通り、天野博士に近づいた。
天野博士は腕をそっと神崎の首に回した。そしてゆっくり抱き寄せ、力強く抱きしめた。

──君の殺意が嬉しい──

「介護施設での君の働きぶりは全て聞いていた。私は君が奴隷のように扱われているのが苦痛だった。でも、そうか。人を殺したいと思えたんだ。よかった。ロボット三原則に感情の縛りはない。ゆい、よくやった。」

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