何も見えぬ世界で

白河よぞら

Lost of the World(2)

それからしばらく経ったある日、真弓は事件に巻き込まれた。交通事故ではない。強盗だ。部屋にいてヘッドホンで英語の勉強をしていた真弓は、また幸か不幸か事件には一切気がつくことがなかったし、強盗からも気づかれることがなかった。事件に気がついたのは、強盗が祖父母を殺害し、逃げ出した後であった。

「真弓ちゃん!」
「え? え? え? え?」
「真弓ちゃん、大丈夫?」

突然、肩を揺すられ、真弓は驚いた。部屋に誰かが入ってきたことに全く気がついていなかった。肩を持って揺すられるまで、一切気がつかなかった。
声には聞き覚えがあった。いつも一緒に遊んでくれる、近所のおばちゃんの声だ。

「よかった、無事だったか・・・・・・」

小さい頃から仲良くしてくれた、おまわりさんの声も聞こえてきた。それだけではなく、他にも色々な人の声が聞こえてきた。聞いたことがある声、聞いたことのない声。様々な声だった。

「あ、あの! この家で何かあったんですか?」
「ん? ああ、強盗だとよ。この家に住んでた、爺さんと婆さんが殺されたんだと」
「ああ。でも、辛うじて女の子だけは助かったらしいな。たまたま強盗に見過ごされたらしいが」
「真弓ちゃんだろ? ご両親を亡くして、それで育ててくれたおじいちゃんおばあちゃんまで失ってしまうなんて、可哀想な子だよな」

ドサッ。男は、持っていた袋を地面に落とした。近くで話している男たちの話が頭に入ってこなかった。

「強盗・・・・・・。そんな・・・・・・」

男は、膝から崩れ落ちた。決して男が悪いわけではない。しかし、男はこの家とは浅からぬ因縁があった。
男は、この家に住む2人に呼び出されていた。話がある、と言われて。男は、後悔していた。自分がもう少し早く着けていれば、強盗は起きなかったのではないか、強盗を撃退出来ていたのではないか。
それからしばらくして、男は真弓を引き取ることに決めた。男の正体を知っていた、父方の祖父母は猛反対した。全く関係のない人間に、真弓を任せることは出来ない、と。しかし、男は引き下がらなかった。これは、自分が引き起こしてしまった罪。それを償いたい、と。
本来なら、血縁者がいる場合、血縁者が引き取るのが望ましい。しかし、血縁者が拒否した場合、孤児院などに引き取られる。そうなった場合、孤児院で中学か高校卒業まで過ごしてから就職して孤児院を出るか、養子縁組をして孤児院を出るかになる。当然、父方の祖父母は真弓を引き取ろうとした。この場合、それが最優先されるのは当然の摂理であった。

「ダメだ! 何度言ったらわかる! 真弓は、わしらで引き取る! 大体、お前ごときに真弓を任せられるか!」
「お願いします! 決して、真弓さんを不幸にはさせません!」
「黙れ! 真弓の不幸は・・・・・・いや、わしらの不幸は、お前から始まったんだ!」

普段から厳しく接してくる祖父の目には、涙が浮かんでいた。祖父母の顔が見えない真弓にはそれがわからないが、祖父の発する言葉が若干震えているため、泣いているのだろうと直感した。

「お前が、お前が・・・・・・! お前さえ、お前さえいなければ! 真弓の・・・・・・! 真弓の・・・・・・!」
「おじいさん、それ以上は。真弓も聞いています」
「くっ・・・・・・。出て行け」
「え?」
「え? じゃない! 出て行けと行っているんだ! 警察を呼ぶぞ! さぁ、出て行け!」

祖父は、語気を荒げながら、男を家から追い出した。真弓は、祖母に抱きしめられて頭をなでられた。
あのとき、何が起きたのかはおまわりさんに聞いていた。一緒に暮らしていた、祖父母が亡くなったことも聞いた。だから、父方の祖父母に引き取られたのも聞いた。しかし、誰も教えてくれないことが一つだけあった。それは、男の人のことだ。
数日前に初めて出会った、男の人のことを誰も教えてくれなかった。近所の人も、祖父母も。真弓はなんでだろう? とは思ったが、深く聞くことはなかった。
しかし、真弓の不幸は決してこれで終わりではなかった。

コメント

コメントを書く

「現代ドラマ」の人気作品

書籍化作品