覚醒屋の源九郎 第一部

流川おるたな

夫婦愛

 苦労しましたね、部長...
「就職活動で考え悩みすぎたんだろうな。体調を崩して病院に行ったら、医者にうつ病と診断された。その日の夜に自殺してこの様という訳さ」
 経緯は分かった。自殺をするほどだったのか...ニュースで見知らぬ人の自殺を知っても可哀想にと思うくらいだけれど、職場で長年の時間を共有した人だとこんなにも気持ちが沈むもんなのか。たとえ心底嫌いだった部長だったとしてもだ。ざま〜みろなどという感情は全く芽生えない。
「部長が苦労されてたのは分かりました。でも何で奥さんに姿を見せるような事をしたんですか?」
 相手は幽霊なのだけれど、もはや普通に質問している俺。
「君に詳しい事まで話せんが、大事な事を伝えなければならなくてね。どのように伝えようかと思案しているうちに、妻に姿を見られてしまった。そこで、話しかけようと努力していたのだが...このような状況になってな。すまなかった」
 やはりそういった未練があったのか。
 一つ驚いた事がある。部長が俺に対して謝罪の言葉を使ったのはこれが初めてかもしれない。くすぐったい感じがする。
 さてと、この案件どうしたら解決するかな。
「善かったら奥さんをここに連れて来ますので、話してみられたら如何でしょうか?フォローはしますよ」
「...そうだな。このままでは解決しないかも知れないしな...分かった、妻を連れて来てくれ」
 俺は頷き、二階の部屋へと向かった。
 部屋のドアを開けると、ミーコが奥さんと楽しそうにあやとりをしている。
「谷口さん、一緒に事務所へ戻って頂けますか?」
「あ、はい分かりました」
 説明を省いてしまったからか反応が悪い。奥さんは戸惑いながらも一緒に事務所に戻ってくれた。
 最初に座った椅子へ腰掛けて貰う。
「部長!こちらの対面の席へどうぞ」
 そう言うと奥さんの目の前の席にスーッと部長は現れた。
 奥さんは一瞬驚いたが、直ぐに平常心を取り戻したようである。
 部長は奥さんに話しかけた。
「こんな目にあわせてしまって、すまんな翔子」
「何か伝えたい事でもあるのでしょう?」
 部長の声は奥さんに届いている。波長とやらは大丈夫そう。
 奥さんは部長が幽霊になってでも伝えたい事があると薄々感じていたようだ。
「翔子、まずは謝らせてくれ。先に逝ってしまって本当に申し訳なかった。この通りだ」
 部長は深々と首を垂れて謝罪した。
 奥さんの目に涙が浮かぶ。
「何を言ってるんですか、わたしの方こそ貴方の苦しみを和らげる事も出来ずに本当に申し訳ありませんでした」
 今度は奥さんが深々と首を垂れる。
「翔子に落ち度はないよ。全ては俺の弱さが原因だ。だから謝らないでおくれ」
 たったこれだけの会話で俺は二人の夫婦愛を感じずにはいられなかった。

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