覚醒屋の源九郎 第一部

流川おるたな

九尾狐

 いや、止めておこう。
 時間は掛かるが張り込みするのが吉ではないか。刑事などの張り込みとはシチュエーションが違いすぎる状況だが...
 廊下で特に隠れるでもなく体育座りでジッと待つ。見えていないがシュールな見映えだ。
 30分ほど待ったがこの4階には誰一人見えない。下の階では何度か会話が聞こえたが、藍里さんらしき声は勿論、彼女に関する情報も何ら得られなかった。
 更に30分、合計1時間経過。ドラマなどで刑事の張り込みシーンは車内という別室でしかも相棒がいれば1時間など平気であろうが、俺は家の中で一人。おまけに暇つぶしで何かする事も出来ない。身動き一つせず座禅を数時間もやり遂げてしまう修行僧の方々、敬意を表します!なかなかハードな状況に思えるが、精神力を鍛える修行の場と考えれば或いは耐えられるかも知れん!
 だが此処からが真の地獄だった。結局深夜0時を過ぎ、合計5時間の体育座り張り込みは藍里さんの姿を確認するという意味では成果が無かったのである。
 豪邸の灯りは殆ど消え、住人の人々はそれぞれの部屋へと移動して就寝していった。その中に藍里さんの姿は無かったので、この階の何処かの部屋に藍里さんが居る確率は上がっている。
 1時を過ぎた頃、遂に待ちに待った瞬間が来た。中央片側の部屋から微かに話し声が聞こえその部屋のドアをジッと見ていると...突然ニュッという感じで狐の様な顔が出現した。その顔が左右をキョロキョロとしたあと、身体全体がドアを擦り抜け出て来る。
 「九尾狐!」無論、心の中で叫んだ訳だがコイツって霊獣や妖怪の類いじゃなかったか!?だとすると俺や泉音、治志、みくるのケースとは違う。漫画などでも九尾といえば桁外れの強さを持つのが相場。禍々しい妖気を纏っているのが分かる。これは心して事に当たらなければ!
 九尾狐は俺の居る方と反対方向に掛けて行き、そのまま廊下の窓を擦り抜け外へ飛び出した。
 今がチャンス!九尾狐が出て来たドアを「コンコン」とノックする。すると女性の声で「はい」と返事があった。
 ドアが開き人影が現れる。間違いない薬師寺藍里さんだ。
 藍里さんは透明化している俺を確認出来ず、身体を廊下まで出して辺りを見回す。
 その隙に部屋の中へ滑り込む。
 藍里さんはドアを閉め鍵を掛けて、部屋の奥へと戻って来た。
 姿を現して会話をすべきか!?透明化を解いた瞬間に大声を出されたらそこで終了だ。少し考えて藍里さんの背後にまわり口
を塞ぐ。
「アピア」
 透明化を解き藍里さんとの会話に臨む。
「こんな形で申し訳ない。ご友人の瀬戸さんが貴方の事を心配しています。安否を確認したくて此処に来ました」

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