帝国愛歌-龍の目醒める時-
瞳①
その時は突然やって来る。
体中が怠くて怠くてどうしようもなく、ライラはまだ夕方だというのにベッドの中でうつらうつらしていた。昼の暑さとは打って変わった涼しげな空気が、大好きなギルアの夢を見せてくれる。
せめて夢の中だけでも・・・
ふっと体が浮かんだと思ったのはその時だった。
一瞬の無重力。
そして。
「いっ・・・っあぁぁぁぁぁぁっっ‼」
潰されそうな程の圧力と、身体全体を引き裂くような痛みが疾った。
「う・・・あぁっ・・・‼」
びくんっ!と身体が跳ねる。息をする事さえ出来ない。
「シストっ!」
バンッ!とほとんど蹴破るようにして扉を開けたヴァイネルは、すぐにベッドの上のライラを見つけた。
「何があった⁉」
けれどライラは答える事が出来ない。見開いた瞳からは涙が溢れ、失いそうになる意識を保とうと歯を食いしばり、その為苦痛の叫びもあげられず。ただ何かに反応するかのようにびくんっ!びくんっ!と痙攣を繰り返している。
「ま、待っていろ!すぐに医者を・・・!」
慌てて飛び出そうとするヴァイネルの服の端を、ライラは必死の思いで掴んだ。つんのめるような形で足を止めたヴァイネルは懸命にバランスを立て直し、首だけで彼女を振り返る。
「放せっ!医者を呼ばなくては!」
「ギ・・・ルア・・・」
ライラの手から服をもぎ取ろうと奮闘していたヴァイネルがぴたりと動きを止めた。途切れ途切れに紡がれるライラの言葉に耳を傾ける。
「トパ、レイズ・・・ギルアが・・・消、滅する・・・」
ふっとライラの体から力が抜け、掴んでいたヴァイネルの服がひらりと風を切った。
瞳はまだ涙に濡れているが、痙攣は収まったようである。大きく荒い息を何度か繰り返し、何とか口を開く。
「トパレイズがギルアに戻ってる。力を使ってる!今ギルアに掛けられてる呪いは、総て私に返ってくるようになってるのよ。だからトパレイズがギルアに何かをした場合、私に影響が出る」
ギルアの大地が悲鳴を上げている。樹々が、動物達が。絶対的な力の圧力から、助けを求めている。
「紫杏・・・紫杏・・・っ!」
私をギルアに───あなたの所に呼び寄せて!
たとえどんなに遠く離れた所にいようと、龍とその巫女には関係ない。互いの声は、届く!
「ちょっ、ちょっと待てシスト」
咄嗟に伸ばした腕がライラの体に触れた時だった。ぐにゃりと視界が歪み、眩暈が襲い来る。
ヴァイネルは今まで体験した事のないその感覚に、思わず膝を付いた。頭の中がぐらぐらと揺れているようだ。地面に手を突いて、ぶるぶると頭を振る。
そしてふと。
「土?」
砂混じりのざらりとした感触。王宮の、ライラに与えた部屋には決して有り得ない。そこは紛れもなく違う場所。自然の大地。
「ここは・・・?」
「あらぁ、お早いお着きねぇ」
さぁっ、と血の気が引いていくのがわかった。
頭上から響く間延びした声は、可愛らしさの中に毒がある。だからこそ恐ろしい。怒鳴られるより、冷めた口調で紡がれる声よりも、より恐怖を煽られる。
「トパレイズ」
彼女がわざとそうした口調で話しているのは知っていた。
憎しみと怒りと、嘲りと。その他総ての複雑な感情から。そしてそれをまだ最低限に抑えているからだ。
彼女の感情が爆発する時。それはギルアの消滅とカルスの死を意味する。ライラの最も恐れる事だ。
「あのシアンとかいう黒魔法使いに送ってもらったの?でも残念ねぇ。力は全く残っていないようよぉ」
残虐な笑みと共に、トパレイズはライラの体を蹴り付けた。
「シストっ!」
ゲホゲホと咳き込むライラに駆け寄り、抱き起こす。
「シストぉ?お笑いねぇ、まだそんなお遊びやってたの」
ザッと土を踏みしめ、上から見下ろして言った。怒りの瞳が見上げてくるのが楽しいのだ。けれど、気に入らないのが一つだけ。
一番の楽しみがこちらを見ていない。何よりも誰よりも苦しみを見せなければならないライラが、俯いたままだ。
体に力が入らない?そんなのは知った事じゃない。交わした約束は、一生をかけて楽しませる事。
守れない時は───
「カルスは殺させない」
やけにしっかりとした口調だった。焦りも怯えも何もない、強い意志を感じる声音。
ゆっくりと上げられた紫の瞳が、トパレイズの視線と絡まる。
フン、と鼻先で嗤ったトパレイズは、人差し指でライラの顎を持ち上げた。合わさっていた視線が、より近付いていく。
「どうやって?黒魔法使いなんかでは私に敵わないのよぉ?」
くすくすと楽しそうに続けるトパレイズ。
「それでもギルアの皇妃だったの?わかってないわねぇ」
「わかっていないのはどちらかしら?」
支えていてくれたヴァイネルの腕の中から抜け出し、両手を胸よりも少し下に差し出す。まるで何かを軽く包み込むかのような形で動きを止めたまま、ライラは言った。
「私と紫杏が、一体何時黒魔法を使ったと言うの?」
訝しげに眉根を寄せるトパレイズ。何時も何も、幾度となく使っていたじゃないの。とでも言いたそうな表情だった。
「あんなに小さなB・J《ブラッディ・ジュエル》一つで、本当にここまで来られると思っているの?」
それに。
「わかるでしょう?今、紫杏は私の側にいないし、B・J《ブラッディ・ジュエル》も持ってはいない」
ハッと目を瞠ったトパレイズは、無意識の内に一歩後ずさっていた。
ニッとライラが笑う。
「ヴァイネル陛下、約束の物は頂くわっ!」
そう言うと、ヴァイネルの服の内側から子供の握り拳程度の大きさをした透明な水晶が飛び出した。
それは真っ直ぐにライラの元まで行き、差し出された手の平から僅かに浮いた所でピタリと動きを止める。すると透明だった水晶が、中心から徐々に紅く染まりだした。
「ま、まさかそれは・・・!」
本能が告げる。
それは目覚めの瞬間。
「なんで・・・なんでっ⁉あともう少しなのに!」
そのブラッディ・ジュエルが誰の物か、理解してしまった。そして、今まさに目覚めようとしているその者を止める事など、トパレイズには出来そうにない。
「・・・コゥ・・・ガ・・・」
哀しかった。悔しかった。
やはり何も出来ない自分が、何よりも惨めだった。
「コウガアァァァァァァァッッ‼」
体の中の力を爆発させるかのように、トパレイズは絶叫した。
ドンッッ‼
大地も空気も、一瞬にして張り詰める。
命さえ燃やす程の巫女の強い想いが、その龍の力をも引き上げる。
「なっ⁉」
ぐらぐらと揺れる大地の上では、上手くバランスを取れる筈がない。ライラはよろめいてその場に手を突いた。その拍子にブラッディ・ジュエルはころころと転がっていく。
「我が巫女・・・」
全身を覆う黄色い鱗は、短く刈られた髪の毛に。真実の姿である龍の身体は人間の形に変え。けれど黄玉の瞳だけは、変わらず限りない強さと優しさを映す。
人間よりも強く、人間よりも心優しき一族。
「泣かないでおくれ、私の大事な巫女」
巫女を想う気持ちは、どの龍も同じ。そこに差は僅かも有りはしない。だからこそ、龍王の絶対的な眠りの命令からも抜け出せる。
「願いは、叶えてあげるから」
例えそれがどんなに道から外れた事でも、巫女が総てを賭けたものならば。
ライラの手から離れ再び透明な水晶に戻ったブラッディ・ジュエルを、コウガは僅かに指を動かしただけで手元に呼び寄せた。
キッ!と視線をライラに向け、コウガは空を駆ける。
「お前は身体に宝石を持っていない!巫女でも、ましてや最初から皇族でもないお前なんかに、我が龍族の命を持つ資格など・・・!」
龍の巫女の証は、身体の何処かに宝石が埋まっている事。
よろめきながら立ち上がったライラに、コウガは一直線に向かっていく。
(我が巫女を苦しめる者は、誰であろうと許さない!)
どんなに愛したギルアの民であろうと。龍王の庇護する皇家の人間であろうと。
(殺すっ!)
黄色い光に包まれた身体は、瞬時にして大きな牙と爪を持った龍の姿に変わった。
体中が怠くて怠くてどうしようもなく、ライラはまだ夕方だというのにベッドの中でうつらうつらしていた。昼の暑さとは打って変わった涼しげな空気が、大好きなギルアの夢を見せてくれる。
せめて夢の中だけでも・・・
ふっと体が浮かんだと思ったのはその時だった。
一瞬の無重力。
そして。
「いっ・・・っあぁぁぁぁぁぁっっ‼」
潰されそうな程の圧力と、身体全体を引き裂くような痛みが疾った。
「う・・・あぁっ・・・‼」
びくんっ!と身体が跳ねる。息をする事さえ出来ない。
「シストっ!」
バンッ!とほとんど蹴破るようにして扉を開けたヴァイネルは、すぐにベッドの上のライラを見つけた。
「何があった⁉」
けれどライラは答える事が出来ない。見開いた瞳からは涙が溢れ、失いそうになる意識を保とうと歯を食いしばり、その為苦痛の叫びもあげられず。ただ何かに反応するかのようにびくんっ!びくんっ!と痙攣を繰り返している。
「ま、待っていろ!すぐに医者を・・・!」
慌てて飛び出そうとするヴァイネルの服の端を、ライラは必死の思いで掴んだ。つんのめるような形で足を止めたヴァイネルは懸命にバランスを立て直し、首だけで彼女を振り返る。
「放せっ!医者を呼ばなくては!」
「ギ・・・ルア・・・」
ライラの手から服をもぎ取ろうと奮闘していたヴァイネルがぴたりと動きを止めた。途切れ途切れに紡がれるライラの言葉に耳を傾ける。
「トパ、レイズ・・・ギルアが・・・消、滅する・・・」
ふっとライラの体から力が抜け、掴んでいたヴァイネルの服がひらりと風を切った。
瞳はまだ涙に濡れているが、痙攣は収まったようである。大きく荒い息を何度か繰り返し、何とか口を開く。
「トパレイズがギルアに戻ってる。力を使ってる!今ギルアに掛けられてる呪いは、総て私に返ってくるようになってるのよ。だからトパレイズがギルアに何かをした場合、私に影響が出る」
ギルアの大地が悲鳴を上げている。樹々が、動物達が。絶対的な力の圧力から、助けを求めている。
「紫杏・・・紫杏・・・っ!」
私をギルアに───あなたの所に呼び寄せて!
たとえどんなに遠く離れた所にいようと、龍とその巫女には関係ない。互いの声は、届く!
「ちょっ、ちょっと待てシスト」
咄嗟に伸ばした腕がライラの体に触れた時だった。ぐにゃりと視界が歪み、眩暈が襲い来る。
ヴァイネルは今まで体験した事のないその感覚に、思わず膝を付いた。頭の中がぐらぐらと揺れているようだ。地面に手を突いて、ぶるぶると頭を振る。
そしてふと。
「土?」
砂混じりのざらりとした感触。王宮の、ライラに与えた部屋には決して有り得ない。そこは紛れもなく違う場所。自然の大地。
「ここは・・・?」
「あらぁ、お早いお着きねぇ」
さぁっ、と血の気が引いていくのがわかった。
頭上から響く間延びした声は、可愛らしさの中に毒がある。だからこそ恐ろしい。怒鳴られるより、冷めた口調で紡がれる声よりも、より恐怖を煽られる。
「トパレイズ」
彼女がわざとそうした口調で話しているのは知っていた。
憎しみと怒りと、嘲りと。その他総ての複雑な感情から。そしてそれをまだ最低限に抑えているからだ。
彼女の感情が爆発する時。それはギルアの消滅とカルスの死を意味する。ライラの最も恐れる事だ。
「あのシアンとかいう黒魔法使いに送ってもらったの?でも残念ねぇ。力は全く残っていないようよぉ」
残虐な笑みと共に、トパレイズはライラの体を蹴り付けた。
「シストっ!」
ゲホゲホと咳き込むライラに駆け寄り、抱き起こす。
「シストぉ?お笑いねぇ、まだそんなお遊びやってたの」
ザッと土を踏みしめ、上から見下ろして言った。怒りの瞳が見上げてくるのが楽しいのだ。けれど、気に入らないのが一つだけ。
一番の楽しみがこちらを見ていない。何よりも誰よりも苦しみを見せなければならないライラが、俯いたままだ。
体に力が入らない?そんなのは知った事じゃない。交わした約束は、一生をかけて楽しませる事。
守れない時は───
「カルスは殺させない」
やけにしっかりとした口調だった。焦りも怯えも何もない、強い意志を感じる声音。
ゆっくりと上げられた紫の瞳が、トパレイズの視線と絡まる。
フン、と鼻先で嗤ったトパレイズは、人差し指でライラの顎を持ち上げた。合わさっていた視線が、より近付いていく。
「どうやって?黒魔法使いなんかでは私に敵わないのよぉ?」
くすくすと楽しそうに続けるトパレイズ。
「それでもギルアの皇妃だったの?わかってないわねぇ」
「わかっていないのはどちらかしら?」
支えていてくれたヴァイネルの腕の中から抜け出し、両手を胸よりも少し下に差し出す。まるで何かを軽く包み込むかのような形で動きを止めたまま、ライラは言った。
「私と紫杏が、一体何時黒魔法を使ったと言うの?」
訝しげに眉根を寄せるトパレイズ。何時も何も、幾度となく使っていたじゃないの。とでも言いたそうな表情だった。
「あんなに小さなB・J《ブラッディ・ジュエル》一つで、本当にここまで来られると思っているの?」
それに。
「わかるでしょう?今、紫杏は私の側にいないし、B・J《ブラッディ・ジュエル》も持ってはいない」
ハッと目を瞠ったトパレイズは、無意識の内に一歩後ずさっていた。
ニッとライラが笑う。
「ヴァイネル陛下、約束の物は頂くわっ!」
そう言うと、ヴァイネルの服の内側から子供の握り拳程度の大きさをした透明な水晶が飛び出した。
それは真っ直ぐにライラの元まで行き、差し出された手の平から僅かに浮いた所でピタリと動きを止める。すると透明だった水晶が、中心から徐々に紅く染まりだした。
「ま、まさかそれは・・・!」
本能が告げる。
それは目覚めの瞬間。
「なんで・・・なんでっ⁉あともう少しなのに!」
そのブラッディ・ジュエルが誰の物か、理解してしまった。そして、今まさに目覚めようとしているその者を止める事など、トパレイズには出来そうにない。
「・・・コゥ・・・ガ・・・」
哀しかった。悔しかった。
やはり何も出来ない自分が、何よりも惨めだった。
「コウガアァァァァァァァッッ‼」
体の中の力を爆発させるかのように、トパレイズは絶叫した。
ドンッッ‼
大地も空気も、一瞬にして張り詰める。
命さえ燃やす程の巫女の強い想いが、その龍の力をも引き上げる。
「なっ⁉」
ぐらぐらと揺れる大地の上では、上手くバランスを取れる筈がない。ライラはよろめいてその場に手を突いた。その拍子にブラッディ・ジュエルはころころと転がっていく。
「我が巫女・・・」
全身を覆う黄色い鱗は、短く刈られた髪の毛に。真実の姿である龍の身体は人間の形に変え。けれど黄玉の瞳だけは、変わらず限りない強さと優しさを映す。
人間よりも強く、人間よりも心優しき一族。
「泣かないでおくれ、私の大事な巫女」
巫女を想う気持ちは、どの龍も同じ。そこに差は僅かも有りはしない。だからこそ、龍王の絶対的な眠りの命令からも抜け出せる。
「願いは、叶えてあげるから」
例えそれがどんなに道から外れた事でも、巫女が総てを賭けたものならば。
ライラの手から離れ再び透明な水晶に戻ったブラッディ・ジュエルを、コウガは僅かに指を動かしただけで手元に呼び寄せた。
キッ!と視線をライラに向け、コウガは空を駆ける。
「お前は身体に宝石を持っていない!巫女でも、ましてや最初から皇族でもないお前なんかに、我が龍族の命を持つ資格など・・・!」
龍の巫女の証は、身体の何処かに宝石が埋まっている事。
よろめきながら立ち上がったライラに、コウガは一直線に向かっていく。
(我が巫女を苦しめる者は、誰であろうと許さない!)
どんなに愛したギルアの民であろうと。龍王の庇護する皇家の人間であろうと。
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