帝国愛歌-龍の目醒める時-

如月 環

過去の記憶①

ギルア皇宮の中心。皇家の紋章と同じ龍の姿が刻まれた大理石の床に、ドーム状の天井は水晶張りという明るいホール。

「時間だ」

空を見上げていたカルスが言った。太陽は、龍の掴む宝玉の真上。

「ヒル、キューア、サークルの中に入れ」

あれから思い出した事がある。まだライラと二人、幼かった頃の事。
半分悪戯心で取った行動が、今役に立つ。
カルスはライラから渡された生命石をポケットから取り出した。

「俺一人じゃ、あの場所には行けない。でも・・・」

ここにライラはいる。
キュッと唇を引き締め、生命石を太陽と床の宝玉の線上に差し出す。

「陛下?」
「まぁ、見ていろ。こうすれば直接あの方の所にいける」

その時、天井から一筋の光が降りてきた。それはカルスの持つ生命石を貫き、龍の掴む宝玉へと吸い込まれていく。

「あの時、教えてもらった事だ」

瞬間、サークルの中は紫の光に包まれた。




光の射し込まぬ闇の中に、赤い光を放つ石。何も見えないその場所では、それだけが頼りだった。
でもカルスは知っている。憶い出した。

「そこにいるんだろう?姿を見せてくれよ。それとも、ライラがいなけりゃ駄目か?もう一人のお前がいないと、駄目なのか?」

《総て、憶い出したのか?》

ニッと笑ってカルスは頷いた。

「もちろんだ」

そしてその名を呼ぶ。

「龍王・紫杏しあん

その途端に、闇に包まれたその場所は充分な明かりを取り込んだ。ライトが付いた訳でも、太陽の光が入り込んだ訳でもない。ただ、そこにいる者から溢れ出した力が、光となってその空間を照らし出したのだ。

「久しぶり、と言うべきかな?その姿のあなたに会うのは、七歳の時以来・・・九年ぶりだから」

泣きたくなって、それでも泣くまいとカルスは眉間に力を込めた。

「あなたは、今もその姿なのですね」

人間の姿ではない、紫杏しあんの本当の姿。ちっぽけな人間の体とは比べ物にならないくらい大きな、龍の体だ。
カルスはその大きな顔に頬を寄せた。伝わってくるのは、ひんやりと冷たい石の感触。

「陛下、これは・・・?」

呆然と紫杏しあんの姿を見上げ、ヒルトーゼが問う。目の前の、カルスが『紫杏しあん』と呼んだ者の姿が、どうしても信じられなかった。
別に龍の姿に驚いているのではない。それは少し前から見当を付けていたし、キュアリスと共にライラから話は聞きだしている。
驚いたのは紫杏しあんが龍の姿でいる事より。そんな事よりも・・・

「龍の、石像・・・?」

決して開く事のない瞼に、風に揺れる事のない髭。それはまさしく、自らの体に鼻先を埋めて眠る、龍の石像だった。

「その昔、初代皇帝・ザイトが龍に生命石を贈られたという話は知っているだろう?」

龍達の為に戦いの中へと身を置いた国。その国の統治者であるザイトは、龍ととても深い友好関係を築いていたと伝えられている。

「『龍』というのは龍族を総称した呼び名だ。巫女の有する宝石の色の名を取って、それぞれ『黄龍おうりゅう』、『青龍せいりゅう』など様々な種族がある。能力もそれぞれだ。そして、ザイト皇帝に生命石を贈った龍というのが、龍族の王にあたる『紫龍しりゅう』の一族」

龍族の総てをまとめ、総てを決める一族。それが紫龍だ。

紫杏しあんは紫龍の長なんだ。一族の象徴である色の名前を、自分の名の中に持っている」

人々の記憶から『魔法を持つ龍』の存在を消す事を決めたのは、彼自身。これ以上愛するギルアの民の死を見たくは無かったから。
もう一人の自分である、巫女もそれを望んだ。

「代々ギルアの皇族を護る生命石は、人々の記憶と、巫女の記憶と力を封印する物でもある。けれど生命石は龍の命の源だ。それを抜いてしまったら・・・」

この石像のような姿になってしまうのだ。

《その通りだ。本当に総てを憶い出したようだな、カルス》

嬉しそうに語りかけてくるのは、目の前の石像である。口を動かせるわけではないから、直接頭の中に声を送っているのだろう。

「あなたが皇宮の地下で眠っているという事も、ライラが『紫龍の巫女』であるという事も、総て憶い出しました」

ライラから渡された生命石と自分の持っている生命石を手の平に乗せ、カルスはそのまま高く手を掲げた。
脈打つように赤い光を放つ生命石は、やがて紫色の光に包まれ、陽炎のように浮かび上がった人型の紫杏しあんの胸に消えていく。それまであやふやだった輪郭がはっきりとし、思わず見惚れる程美しい、『シアン・ジュエル』が完成した。

「ザイトの血を濃く受け継ぐ、ギルアの若き皇帝・・・いや、カルスと呼ぶべきだな。お前は私にとって守護する皇家の人間であると同時に、私の大切な巫女・ライラの、何よりも愛する夫だ」

これからずっと、共に生きていくであろう人。ザイトの子孫だから、ギルア皇家の人間だから関わるのではなく、大切な友人として。

「カルス、お前には皇帝として今回の事件の総てを聞く義務がある。けれどライラはトパレイズと同じ龍の巫女として、その総てを背負った。巫女であるライラとは違い、お前にはトパレイズに立ち向かえる力はない。もしかしたら死んでしまうかも知れない今回の事件、ライラはお前を渦中に置きたくはないのだ」

本当なら、一人で終わらせるつもりだった。何も知らせず、何も起こらず、平和なギルア帝国のままで。

「だから、これは権利だ」

義務ではない、それはカルスの意思。聞くも聞かないも、それはカルスの自由なのである。
ふ、と笑ってカルスは言った。

「情けない所ばかり見せたけど、俺はやっぱり皇帝なんだ。トパレイズがやろうとしてる事も、本当なら俺に向けられるべき事だし、俺が何とかしなくてはいけないんだ」

それに何より。

「ライラが俺の死を望まないように、俺だってライラの無事を願うし、これからもずっと一緒にいたい」

離れる事なんて出来ない程、愛している。たとえ憎んでも、殺してやりたいと思う程怨んだとしても、辿り着くのは。

「愛しているから」

どんな結末になろうと、それだけは変わらない。これまで一緒にいた時間を否定する事など出来なかった。

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