帝国愛歌-龍の目醒める時-

如月 環

ジュエル③

たった数分の短いやり取りだけで、彼は相手を引き込む魅力を持っている。まるで、ライラと同じ様な。

「別に、私には何も用事はありません」

ただ・・・

「今、ライラは起き上がれない程疲れています。それはもちろん、その生命石に力を込めたからですけれど」

龍の巫女の意識を逸らす。
言葉で言うのは簡単だが、実際にやってのけるには大変な力がいるのである。
そこまでしてライラが伝えたかった事。気付かせたかった事。

「言葉には力が宿る。ギルア皇家の人間である陛下は、その事をよく知っていますよね」

そんな事は確認するまでもない。だからカルスも答えなかったし、紫杏しあんもそれを待っていたわけではなかった。

「ですから直接言葉にするわけにはいきませんが・・・」

一つだけ。

「『生命石』のもう一つの呼び名を御存知ですか?」

もう一つの呼び名?
そんなものは聞いた事がなかった。今までずっと、『生命石』と教えられていたのだから。

「教えて差し上げましょう」

ふ、と瞳を細めて紫杏は言った。

「ブラッディ・ジュエル、と言うのですよ」

深紅の宝石は、まさに血の色。

「ブラッディ・・・ジュエル?」

ハッと紫杏しあんを見た時には、既にその姿はなかった。
シアン・ジュエル。そしてシスト・ジュエル。
これは何かの符号か。

(ブラッディ・ジュエル・・・?)

目を見開いたまま、カルスは服を握りしめた。

(何だ?)

何かが引っかかる。
あのキスの時も、シアンも。そしてブラッディ・ジュエルという名も。
ずっとだ。ずっと、もどかしいくらいに何かが引っかかっている。
─────ワレ・・・リュ・・・オウ・・・ン
とぎれとぎれの言葉。昔、どこかで聞いた筈の言葉がフラッシュバックする。

(どこだ?)

カルスは髪をくしゃくしゃっと掻き乱し、眉間にしわを寄せた。

(思い出せ!)

懸命に自分に言い聞かせる。
もう総ての駒は揃った。後はそれを繋げるだけなのだ。

─────珍しい、紫の瞳。

青くもなく、赤くもなく。完全な紫の瞳を持つ者を、カルスはライラ以外に知らなかった。
確かに紫っぽい瞳はいる。けれど。

(完全な紫?)

そう、恐らくはライラ以外にはいない。

(でも・・・)

シアンがいる。ライラと全く同じ色の瞳を持つ者が。

「シアン・・・?」

俯いていたカルスが、急に顔を上げた。キュアリスが驚いたように尋ねる。

「カ、カルス陛下?」

しかしその声は届いていなかった。

「そうだよ、何で気付かなかったんだ」

全く同じなんて有り得ない。必ず違いはある筈なのだ。
普通なら。

「行くぞ」

何だかすっきりした表情で歩き出したカルスに、キュアリスは慌てて問い掛ける。

「え?あの、陛下。どこに?」

ニッと笑ってカルスは言った。

「ギルア皇宮」




「ライラ?」

微かな月の光さえ差し込まぬようカーテンを閉め、彼女はベッドの上で猫のように丸まっていた。
紫杏しあんは溜め息を一つ付くと、シャッとカーテンを開け、ライラの隣に腰掛ける。そしてシーツの上に広がった長い黒髪を撫でてやった。慈しむように、とても優しく。

「月の光は癒しの力がある。カーテンを閉め切るより、開けておく方がいい」

一日の元気を与えてくれるのが太陽なら、月は一日の疲れを癒してくれるもの。ほのかな優しい光は、今のライラに丁度良い筈だ。

「ラ・イ・ラ?」

指先で頬をくすぐってやると、もぞもぞと向きを変える。

「・・・わかってるけど、今は凄く・・・眩しいのよ。石もないし・・・」

肌身離さず持っていた皇妃の石─────ブラッディ・ジュエルは、カルスに渡してしまった。己の力を総て石に託して。
決して充分とは言えない明るさの、月の光。けれどそんな光さえ眩しいと感じる程、ライラの体に力は残っていないのだ。
こうして話をしている今も、瞼は開かないし意識は夢現。ぷかぷかと宙に浮いている気分である。

「ねぇ・・・それより・・・」

瞳は閉じたまま、半分不明瞭な口調で問い掛ける。

「・・・だいじょーぶかな?」

何を、とは訊かない。

「大丈夫だろう。信じてやれ、お前の夫だ」
「・・・うん」

それだけ言うと、ライラはすーっと眠りの世界に落ちていった。


(始まりは、いつだった・・・?)

あれは、まだたった七歳の時。両親も健在で、カルスの事を『皇子』と呼んでいた頃。




暗い暗い土の中。それは広くて、まるで洞窟のようなのに、何故か入口も出口も無かった。
どこから入ったのか、自分達にもわからない。けれど、どうやってここに入ったのか、それだけは何となく理解できた。
ここはギルア帝国。かつては龍の生息していた不思議な国。そして皇族は、龍と深い関係を持っている。

「ね、カルス皇子。これってやっぱりそれのせいかなぁ?」

出入口も無ければ窓も無い。明かりのまったく差し込まないその場所で、それでも相手が見えるのは。

「多分な」

首からぶら下げた、龍の紋章のペンダント。埋め込まれた赤い宝石が、まるで何かに導かれているかのように光を放っている。

「それが龍の心臓だって言う話、ホントだったみたいね」

こくんと頷くカルス。

「ただの言い伝えだと思ってたんだけどな」

うんうんとライラも頷く。
あの時。皇帝である父も、皇妃である母も会議で忙しくて。
カルスはライラと二人、ある事を思い付いた。皇帝の証であるペンダントをこっそり持ち出し、皇宮の中央にあたる場所へ行ったのである。
収穫祭が近くて皆忙しいと言う事もあったのだろう。そこには誰もいなかった。
美しく磨かれた大理石の床に、皇家の紋章と同じ龍が刻まれ、ドーム状の天井は全面水晶張り。太陽の光を目一杯取り込めるようになっている造りは、そこに眠る龍の為の物だと教えられている。
八百年前に絶滅してしまったと言われる龍だが、その死体も、骨や化石さえ誰も見た事がない。本当に生きていたのか、知る者は誰一人いない。
だからこそ興味を持った。ギルアに住む者として。ギルア皇家の正当な血を引く者として。

「『ギルア皇宮に眠る龍族の王。命の源・生命石を初代皇帝・ザイトに与え、永い眠りについた』」

語り継がれる神話。その真意を確かめたくて仕方がなかった。
本当にこの皇宮に龍が眠っているのか。

「『龍の掴む宝玉に光映る時、道は開かれる。ザイトの血を濃く受け継ぐ者、ザイトの魂を強く受け継ぐ者、この道を通れる者なり』」

一日に一度、太陽が真上に昇る。その中でも僅かな時間だけ、一筋の光が龍の掴む宝玉に伸びる時があるのだ。
ドーム状になった水晶張りの天井が、まるで虫眼鏡のように光を縒り集め、寸分違う事なく宝玉に当たる瞬間。

「本当だったなんてな」

はぁ~と感嘆の溜め息をもらし、カルスは周りをぐるっと見回した。
言い伝え通りの『宝玉に光映る時』、突然紋章に埋め込まれた赤い石が眩い光を発したかと思うと、彼らはいつの間にかここにいたのである。

「でもまだ龍が眠ってるってわかった訳じゃないわよ?それに、どうやってここから出るの?」

うっ!と言葉に詰まるカルス。
道の開き方は知っていても、帰り方なんか聞いていない。

「どうしようか・・・」

まさか本当に道が開くなんて思っていなかったのだ。ただ好奇心で、遊ぶだけのつもりでペンダントを持ち出した。

《ザイ・・・。我が・・・ん・・・》
「何?」
「どうした?」

急に立ち止まったライラを振り返り、カルスは首を傾げる。

「今、何か聞こえた」

頭に、心に直接届く声。何故かわからないけれど、胸が騒ぐ。
懐かしいような、そんな不思議な感覚。

「カルス皇子、私、この場所知ってる」
「え?」

恐らく自分自身にも理由がわからないのだろう。もどかしげに額を押さえ、眉根を寄せる。
その時、再び石が強い光を放ち始めた。

「うわぁっ!」

驚き、慌てるカルスとは反対に、ライラは悠然と手を差し出す。つられて浮かび上がる石を掲げ、口を開いた。

「『龍族の命の源・生命石よ、力を解き放て。半身たる我が命じる』」

それは初めて見る表情だった。貴族の姫として育てられ、他よりは大人びた所もある少女だけれど、確かに普通の女の子である。
それが。
近づけない程神々しく、言葉を紡ぐ。

「『目醒めよ、龍族の王・紫杏っ‼』」

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