帝国愛歌-龍の目醒める時-
巫女②
「どうして」
「それは我々もお聞きしたいですね」
割り込んできた第三者の声は、ライラのよく知ったものだった。
扉のすぐ側に立っているであろう二人の気配。わかったが、だからこそそちらを向く事が出来なかった。
「ヒルトーゼ殿、それにキュアリス殿まで」
「こんな夜分に失礼いたします、国王陛下。しかしまず、我々の皇妃様からお離れ願えますか」
丁寧な物言いの中に、怒りが見える。ヴァイネルは慌ててベッドから離れ、手近の椅子に座り直した。
ライラも素早く衣服の乱れを直したが、落ち着きは戻ってこなかった。
失言。
その言葉が頭の中を駆けめぐる。
(だめ)
ここで終わらせるわけにはいかないのよ!
《話してあげればぁ?》
直接頭の中に聞こえてくる声。幾度と無く語りかけてきていたあの声だ。少し前にライラが言ったのと同じ言葉を、語尾上がりの独特な口調で繰り返す。
しかしこの時ばかりは息を止めた。
「何?何なのよ、この声?」
怯えたように辺りを見回すキュアリス。
俯いていたライラが凄い勢いで顔を上げ、彼女と他の二人を見比べた。
「あなた達も、聞こえるの・・・?」
声が震えている。
自分達よりも怯えているようなライラに、三人はそろって視線を向けた。するとまた、あの声が聞こえてくる。
《当然よぉ。聞こえるようにしたんだから》
今度はどこから聞こえてきたのかすぐにわかった。真正面だ。ライラと、三人の丁度真ん中。誰もいないのに、そこから声が聞こえてくる。
ぐにゃりと空間が歪んだ。
「はぁい、ラ・イ・ラ」
何もなかったその空間から、無理矢理次元を割って現れたのは。
「トパレイズ」
苦り切った表情でその名を呼ぶ。かつては自分付きだった女官の名を。
少し丸っこい、美人と言うよりは可愛らしい顔つき。けれど今の彼女が纏っている雰囲気は、紛れもなく禍々しいもの。
こちらも思わず微笑みたくなるような、あの愛らしい彼女はどこにもいない。
「何で、トパレイズが・・・?」
呆然と呟いたキュアリスの声が聞こえたのか、トパレイズはくるりとそちらを振り返った。つかつかと歩み寄って、自分より少し高めの視線に合わせる。
「キュアリス!」
真っ青になったライラは、ベッドを飛び降り、キュアリスの腕を引っ張って自分の後ろに庇った。
「キューアも、ヒルも、ましてやヴァイネル陛下には何の関係もないでしょう。手を出さないで」
「関係ないはずないでしょぉ?」
ポンとライラの肩を押して、ベッドに座らせる。そして上から見下ろして言った。
「二人はライラとカルスに仕える者達。そして、ハリシュア国王もすでに、ライラとカルスに深く関わっている。関係大ありよぉ?」
ライラだけを不幸にしたいんじゃない。その対象にはカルスも含まれている。二人に仕える者、二人に関わった者。総ては二人の不幸の為に。
「それにねぇえ?みんな知りたがってるじゃない。あなたが話し辛そうだから、私が代わりに教えて上げるって言っているのよ。感謝して欲しいくらいだわぁ」
周りを巻き込めば、それだけライラは苦しむ。それがトパレイズには幸せだった。
ギルアで一番幸せな二人。それが何より気に入らない。
「いーい?よーく聞いてね?」
「まずは私の事をお話して差し上げる」
そう言うと、トパレイズはふわりと宙に浮いた。驚いたキュアリスがライラの服を掴むと、楽しそうに瞳を細める。
「見ての通り、私は魔法使い。けれどライラの連れてるシアンとか言うのとは違う。私のは白魔法よ」
龍が使う純粋な魔法が白魔法。けれどもそれは人間に使う事は出来ない。
そんな説明をカルスから受けていただけあって、みんな疑問顔だ。
もちろんそうなる事はトパレイズにもわかっていた。だからすぐにもう一つの説明を始めてやる。
「白魔法の例外的な使い手。それが私を含めた、『龍の巫女』と呼ばれる者達」
龍と対になって生まれる者。それが『龍の巫女だ』。同じ星の元に生まれ、同じ運命と力を分かち合う者なのである。
龍は同じ人間でも、巫女にだけは力を与える事が出来たのだ。それは意識して与えられるものではなかったけれど、だからこそ巫女達は自分の意志で魔法を使う事が出来る。このトパレイズのように。
「私は黄龍の光であり、影である者。黄の巫女。これが証拠」
片手で前髪を掻き上げたトパレイズの額には、小石程度の大きさの宝石・黄玉が埋まっていた。
「巫女の体には、必ずどこかに宝石が埋まっている。私は額だけど、腕や、足に埋まっている人もいる」
黄色い宝石、黄玉ならば『黄の巫女』。青い宝石、青玉なら『青の巫女』である。
「本当なら誰も知らない事。魔法を求め、争いを繰り返す人間達から、龍は記憶を消し去り、そして眠りについたのだから」
魔法が存在しなければ、人は争わなかった。龍という存在がいたとしても、それがただの生物としてなら、人は心穏やかに過ごしてくれると信じて。龍は人々の記憶と共に眠りについたのだ。
そしてその中には、巫女達の記憶もすべて入っている。
「なのに私がこうして真実を知っているのはどうしてなのかしらねぇ、ライラ?」
「わかってるわよ!」
つい怒鳴ってしまい、ライラは唇を噛む。
「あらら、黙っちゃうの?面白くないわねぇ」
反応を見て楽しむのだ。怒っても泣いてもいい。ただ笑ってさえいなければ。
「あなたは私を満足させればいいのよ。簡単でしょぉ?」
人差し指でライラの顎を上げさせ、言った。
「ここにいるみんなの前で言いなさい。あなたの真実を」
真実。誰もが知りたかったライラの心。
でも。
誰も巻き込みたくない。これはライラとトパレイズ、そしてカルスの問題だ。
「・・・どうして、ここに来るのよ」
ベッドに突っ伏し、ライラは声を絞り出す。それが自分達に向けられているのだと知り、ヴァイネル達は拳を握りしめた。
良い事だと思ってした事が、逆に彼女の立場を危うくしている。
深く首を突っ込む事ではなかったのに。
「それは私がみんなに聞いてほしい言葉ではないわ。カルスを殺されてもいいの?」
「やめてっ!」
シーツを握りしめ、ライラは叫ぶ。
「そうよっ!私は誰よりもカルスを愛しているわっ!あの人のいない世界なんて考えられない程にっ!」
本当はいつだって側にいたい。離れたくなどなかった。
けれどそれ以上に大切な事があったのだ。側にいる事よりも、愛し合う事よりも強い願いが。
「たとえ憎まれても、殺してやりたいと思う程怨まれても!」
生きていてほしいのよっっ‼
心の底からの叫び。
生きていてくれればそれでいい。同じ空の下で生きていてくれるなら、他は何も望まない。その為なら、たとえ憎まれようと構わないのだ。
「なんでトパレイズがカルス陛下を殺さなければならないの?何故、こんなにもライラを苦しめなければならないのよ」
ライラの哀しい叫びがキュアリスの心を突き刺す。
どうして忘れていたのだろう。彼女がどれ程カルスを愛しているのか知っていたのに。
「何故、と言ったの?」
トパレイズの瞳に殺気が宿る。
「復讐に決まっているじゃない。でも・・・そうよねぇ。あんた達みたいなお偉い人達には、私の事など記憶にも残らないわよねぇ」
「ベーヴィス」
皮肉気に言ったトパレイズの言葉に重ねるように、ヒルトーゼは口を開いた。途端にトパレイズがそちらを向く。
口許は何とか笑みの形を保ってはいるが、いつ崩れてもおかしくない程震えていた。
「ふぅ、ん・・・あんたは知ってるんだぁ」
ヒルトーゼは答えない。真っ直ぐに彼女を見返すだけである。
「それは我々もお聞きしたいですね」
割り込んできた第三者の声は、ライラのよく知ったものだった。
扉のすぐ側に立っているであろう二人の気配。わかったが、だからこそそちらを向く事が出来なかった。
「ヒルトーゼ殿、それにキュアリス殿まで」
「こんな夜分に失礼いたします、国王陛下。しかしまず、我々の皇妃様からお離れ願えますか」
丁寧な物言いの中に、怒りが見える。ヴァイネルは慌ててベッドから離れ、手近の椅子に座り直した。
ライラも素早く衣服の乱れを直したが、落ち着きは戻ってこなかった。
失言。
その言葉が頭の中を駆けめぐる。
(だめ)
ここで終わらせるわけにはいかないのよ!
《話してあげればぁ?》
直接頭の中に聞こえてくる声。幾度と無く語りかけてきていたあの声だ。少し前にライラが言ったのと同じ言葉を、語尾上がりの独特な口調で繰り返す。
しかしこの時ばかりは息を止めた。
「何?何なのよ、この声?」
怯えたように辺りを見回すキュアリス。
俯いていたライラが凄い勢いで顔を上げ、彼女と他の二人を見比べた。
「あなた達も、聞こえるの・・・?」
声が震えている。
自分達よりも怯えているようなライラに、三人はそろって視線を向けた。するとまた、あの声が聞こえてくる。
《当然よぉ。聞こえるようにしたんだから》
今度はどこから聞こえてきたのかすぐにわかった。真正面だ。ライラと、三人の丁度真ん中。誰もいないのに、そこから声が聞こえてくる。
ぐにゃりと空間が歪んだ。
「はぁい、ラ・イ・ラ」
何もなかったその空間から、無理矢理次元を割って現れたのは。
「トパレイズ」
苦り切った表情でその名を呼ぶ。かつては自分付きだった女官の名を。
少し丸っこい、美人と言うよりは可愛らしい顔つき。けれど今の彼女が纏っている雰囲気は、紛れもなく禍々しいもの。
こちらも思わず微笑みたくなるような、あの愛らしい彼女はどこにもいない。
「何で、トパレイズが・・・?」
呆然と呟いたキュアリスの声が聞こえたのか、トパレイズはくるりとそちらを振り返った。つかつかと歩み寄って、自分より少し高めの視線に合わせる。
「キュアリス!」
真っ青になったライラは、ベッドを飛び降り、キュアリスの腕を引っ張って自分の後ろに庇った。
「キューアも、ヒルも、ましてやヴァイネル陛下には何の関係もないでしょう。手を出さないで」
「関係ないはずないでしょぉ?」
ポンとライラの肩を押して、ベッドに座らせる。そして上から見下ろして言った。
「二人はライラとカルスに仕える者達。そして、ハリシュア国王もすでに、ライラとカルスに深く関わっている。関係大ありよぉ?」
ライラだけを不幸にしたいんじゃない。その対象にはカルスも含まれている。二人に仕える者、二人に関わった者。総ては二人の不幸の為に。
「それにねぇえ?みんな知りたがってるじゃない。あなたが話し辛そうだから、私が代わりに教えて上げるって言っているのよ。感謝して欲しいくらいだわぁ」
周りを巻き込めば、それだけライラは苦しむ。それがトパレイズには幸せだった。
ギルアで一番幸せな二人。それが何より気に入らない。
「いーい?よーく聞いてね?」
「まずは私の事をお話して差し上げる」
そう言うと、トパレイズはふわりと宙に浮いた。驚いたキュアリスがライラの服を掴むと、楽しそうに瞳を細める。
「見ての通り、私は魔法使い。けれどライラの連れてるシアンとか言うのとは違う。私のは白魔法よ」
龍が使う純粋な魔法が白魔法。けれどもそれは人間に使う事は出来ない。
そんな説明をカルスから受けていただけあって、みんな疑問顔だ。
もちろんそうなる事はトパレイズにもわかっていた。だからすぐにもう一つの説明を始めてやる。
「白魔法の例外的な使い手。それが私を含めた、『龍の巫女』と呼ばれる者達」
龍と対になって生まれる者。それが『龍の巫女だ』。同じ星の元に生まれ、同じ運命と力を分かち合う者なのである。
龍は同じ人間でも、巫女にだけは力を与える事が出来たのだ。それは意識して与えられるものではなかったけれど、だからこそ巫女達は自分の意志で魔法を使う事が出来る。このトパレイズのように。
「私は黄龍の光であり、影である者。黄の巫女。これが証拠」
片手で前髪を掻き上げたトパレイズの額には、小石程度の大きさの宝石・黄玉が埋まっていた。
「巫女の体には、必ずどこかに宝石が埋まっている。私は額だけど、腕や、足に埋まっている人もいる」
黄色い宝石、黄玉ならば『黄の巫女』。青い宝石、青玉なら『青の巫女』である。
「本当なら誰も知らない事。魔法を求め、争いを繰り返す人間達から、龍は記憶を消し去り、そして眠りについたのだから」
魔法が存在しなければ、人は争わなかった。龍という存在がいたとしても、それがただの生物としてなら、人は心穏やかに過ごしてくれると信じて。龍は人々の記憶と共に眠りについたのだ。
そしてその中には、巫女達の記憶もすべて入っている。
「なのに私がこうして真実を知っているのはどうしてなのかしらねぇ、ライラ?」
「わかってるわよ!」
つい怒鳴ってしまい、ライラは唇を噛む。
「あらら、黙っちゃうの?面白くないわねぇ」
反応を見て楽しむのだ。怒っても泣いてもいい。ただ笑ってさえいなければ。
「あなたは私を満足させればいいのよ。簡単でしょぉ?」
人差し指でライラの顎を上げさせ、言った。
「ここにいるみんなの前で言いなさい。あなたの真実を」
真実。誰もが知りたかったライラの心。
でも。
誰も巻き込みたくない。これはライラとトパレイズ、そしてカルスの問題だ。
「・・・どうして、ここに来るのよ」
ベッドに突っ伏し、ライラは声を絞り出す。それが自分達に向けられているのだと知り、ヴァイネル達は拳を握りしめた。
良い事だと思ってした事が、逆に彼女の立場を危うくしている。
深く首を突っ込む事ではなかったのに。
「それは私がみんなに聞いてほしい言葉ではないわ。カルスを殺されてもいいの?」
「やめてっ!」
シーツを握りしめ、ライラは叫ぶ。
「そうよっ!私は誰よりもカルスを愛しているわっ!あの人のいない世界なんて考えられない程にっ!」
本当はいつだって側にいたい。離れたくなどなかった。
けれどそれ以上に大切な事があったのだ。側にいる事よりも、愛し合う事よりも強い願いが。
「たとえ憎まれても、殺してやりたいと思う程怨まれても!」
生きていてほしいのよっっ‼
心の底からの叫び。
生きていてくれればそれでいい。同じ空の下で生きていてくれるなら、他は何も望まない。その為なら、たとえ憎まれようと構わないのだ。
「なんでトパレイズがカルス陛下を殺さなければならないの?何故、こんなにもライラを苦しめなければならないのよ」
ライラの哀しい叫びがキュアリスの心を突き刺す。
どうして忘れていたのだろう。彼女がどれ程カルスを愛しているのか知っていたのに。
「何故、と言ったの?」
トパレイズの瞳に殺気が宿る。
「復讐に決まっているじゃない。でも・・・そうよねぇ。あんた達みたいなお偉い人達には、私の事など記憶にも残らないわよねぇ」
「ベーヴィス」
皮肉気に言ったトパレイズの言葉に重ねるように、ヒルトーゼは口を開いた。途端にトパレイズがそちらを向く。
口許は何とか笑みの形を保ってはいるが、いつ崩れてもおかしくない程震えていた。
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