帝国愛歌-龍の目醒める時-

如月 環

白と黒②

「シアン、ですか?彼はシスト───いえ、リル皇妃の兄上では?」

同じジュエルと名乗ったし、雰囲気は確かに似ている。今までずっと兄妹だと思っていた。

「兄妹⁉」

ハッ!と怒りも露わに笑い飛ばす。

「冗談じゃない。あれがライラの兄であってたまるか!ライラには兄どころか姉も、弟や妹だっていやしない」

カルスもライラも共に一人っ子だ。強いて言えば、お互いが兄であり、姉だった。

「じゃあ、彼はいったい?」

言うべきか言わざるべきか。迷うカルスにライラは言った。

「話してあげれば?別に徹底して隠せなんて教えられてないでしょう?」

話してはいけないと言われた事はない。ただ誰も信じないだけ。軽く見られるなら、話さなければいいと言われただけだ。
今のこの状況なら、話さないより話す方がいい。すでにヴァイネルは、ギルアのごたごたに巻き込まれているのだから。
彼には、聞く権利がある。
覚悟を決め、カルスは口を開いた。

「魔法というものはこの世に存在すると思いますか?」
「ま、魔法ですか?」

突然何を言い出すのかと思ったが、真剣な様子で待っているカルスを見ては、答えないわけにはいかなかった。

「無い、と思いますが」

そりゃああればいいなとは思うけれど、実際に見た事もないし、そんな不可思議なものがこの世にあるとは考えにくい。

「残念だが、不正解。魔法は、この世に存在するんだ」

ちらりとライラを見る。
彼女は仕方ないなと言う風に肩を竦めてから、どこからか小さな赤い石を取り出した。手の平に乗せ、その上から紫杏しあんが握りしめる。

「百聞は一見に如かずってね」

何事かぶつぶつと唱えていた紫杏しあんが手を離すと、二人の姿は元に戻っていた。髪と瞳の色が変わっただけだというのに、随分印象が違う。
たった一瞬の出来事だったが、それはそこにいた者達の度肝を抜くには十分だったようだ。

「これが、魔法。ただし・・・」
「黒魔法だ」
『くろまほう?』

その場にいた全員が同時に疑わしげな声をあげる。今見た現実さえもよくわからないというのに、またまた理解不能だ。

「まず、何故今現在魔法が存在しないと思われているかだが。皆さんは、昔この世界に龍が存在していた事を知っていますね?」

全員が頷く。
八百年程前、龍と呼ばれる生物がこの世に生きていた。体は大きいが、気性は穏やかで人の言葉も話せたとされている。

「その龍が、実は魔法を使えたんだよ」

正確には、龍だけが。
人間が息をするのと同じように、龍は魔法を使っていたのだ。
本当は誰も知らない事。龍の存在は知っていても、それが魔法を使えたと言う事は何故か誰も知らない。
知っているのはギルア皇家の人間だけ。

「魔法には大きく分けて二種類」

ピッと人差し指を立てて、カルスは説明を始めた。

「第一に白魔法。これは人間には使えない。人間には魔力を生み出すだけの力も、それに耐えられるだけの体もないからだ。白魔法が使えるのは、かつてこの世に存在していたと言われる、龍族だけ」

純粋に魔法と呼べるのは、龍族の使う白魔法だけだ。
自らの体で魔力を生み出し、それを現実のものとして具現させる。それが『白』と呼ばれる魔法なのである。

「第二に」

ピッともう一本指を立てる。

「黒魔法だ」

紫杏しあんが使っているというその魔法。
カルスは怒りを押し殺して説明を続けた。

「龍が生み出すのが白魔法。そしてその力を利用するのが黒魔法。自分で魔力を生み出せないのなら、生み出せる者からそれを得ればいい。それが黒魔法なんだ」

今まで黙ってそれを聞いていたライラが、補うように付け足してくる。

「けれどそんな事は不可能なのよ。龍にはそれを人間に分ける事は出来なかった。命を他人に譲る事が出来ないように、魔力も人間に与えられるものじゃない。何故なら、魔力は龍にとって命そのものだから」

例えば誰かが死んで。どうしてもその人に生き返って欲しくて。自分の命を与えたいとどんなに願っても、それだけは叶わない。
それが龍にとっては魔力なのだ。
命尽きれば人は死ぬ。そして、魔力が尽きれば龍は死ぬ。
龍は人間にとても好意的な生物とされている。人を愛し、人と共にある事を望む生物だと。
そんな龍が、人の願いを叶えてやりたいと思わなかっただろうか。いや、思ったに違いない。心優しい龍達は、きっとどうにかして人間に魔法を伝えようとしただろう。
けれどそれは叶わぬままに、龍は突然姿を消した。

「矛盾していると思うだろう?」

今の説明からいくと、黒魔法は実現不可能だ。けれど黒魔法は実現している。紫杏しあんは人間なのに、確かに魔法を使っていた。これ程矛盾した事はない。

「確かに今の説明では黒魔法は存在しない事になる。けれど一つだけ。一つだけ龍から魔力を得る方法があったんだ」

その方法とは。

「龍を殺す事」

室内が静まり返る。冷たい汗が背中を流れ落ちるのを感じた。
ライラが後を継ぐ。

「魔力は龍の命の源。ならば、龍の心臓にはきっと魔力が宿っているだろう」

しんと静まり返ったホールに、朗々と響くライラの声。

「魔法を使いたかった人間達は、何の躊躇いもなく龍を殺した。そしてその心臓を抉り出したのよ」

既に言葉は無かった。あまりの事実に皆が血の気を失っている。

「抉り出された心臓は、人間の予想通り魔力を宿していた。それから人間達は『力ある言葉』を研究し始めたの。つまり魔法を発動させる『呪文』ね」

龍の声には力が宿っていた。例え意味のない言葉だったとしても、龍が力を込めた声だったのなら、魔法は発動する。
ただし人間は違った。
正しい言葉で、正しい発音で。人間の使う魔法は、そんな厳しい律の中に存在する。少しでも間違えば、魔法は発動しない。

「でも、どうして龍は心臓を奪われたの?そんな力を持っているのなら、どんなに大勢の人間に攻撃されようと、逆にその人間達を殺してでも逃げられるじゃない」

キュアリスの言葉は最もだった。
確かに龍はそれが可能だ。人間など簡単に殺してしまえる力を持っている。

「龍はとても優しいからよ」
「え?」

何故か泣きそうな顔でライラはキュアリスを見た。

「龍は人間が大好きだから、たとえ自分の命が奪われようと、人間を殺す事だけは出来なかった」

たくさんの人間達に襲われた時、龍は何の抵抗もしなかった。それどころか、己の持つその鋭い爪で人を殺してしまわないように、自らの牙でその総てを折ったのである。
生きながらにしてその心臓を抉り出されるのは、それこそ死よりも苦しい。想像を絶する痛みの中で、それでも龍は叫びを上げなかった。ひたすら声を出すまいと、口を開くまいと歯を食いしばっていたのだ。
人間の為に。
叫びをあげる為に顎を開けば、その鋭い牙で殺してしまうだろうから。

「そんな・・・そこまで人を愛してくれる龍を殺すなんて・・・」

真っ青になりながらキュアリスは叫んでいた。

「黒魔法なんか最低よっ!」

挙げ句の果てには涙までこぼれてくる。
そんなキュアリスの肩を掴んで、カルスは諭すように言った。

「キューア、すべての黒魔法が悪いんじゃないよ」

涙の止まらぬ瞳で、カルスのエメラルドの瞳を見つめる。

「深く深く龍と信頼しあった人間は、龍の死後、その龍自身の心臓に守られる。殺して奪った心臓よりも格段に力は劣るけれど、それも黒魔法なんだ」

龍の寿命はとても長いけれど、いずれは尽きてしまう。その死した後の心臓は、最も大好きだった人間と、その家族、子孫を守ると言われている。
カルスは服の内から、首にぶら下がったペンダントを引っぱり出した。

「これも、その一つだ」

丸い水晶のペンダント。ロケットのように左右に開き、内側には薄い銀盤が張られている。左側には彼の名前。そして右側にはギルアの紋章。
真っ赤な宝玉を前足で抱え、悠然と佇む龍の姿。その龍の抱えている宝玉こそ。

「初代のギルア皇帝と深い関係を持っていた龍の心臓。これはギルア皇帝だという証であると共に、俺の守護石だ。生命石と呼ばれている」

これは最低ではないだろう?とカルスは笑い掛ける。

「はい」

ごしごしと涙を拭き、キュアリスは頷いた。
そしてふと。

「それは、皇妃の紋章も同じと言う事ですよね?という事はもしかしてあれは」
「違う!」

思わずカルスは叫んだ。ビクッと怯えたようにキュアリスが後ずさったのを見て、ハッと我に返る。

「あ、あぁ、すまない。でも、あれは・・・あれは違う。あんなに力のある生命石は」

色だけとはいえ、二人の人間の姿を変えているのだ。カルスやライラの紋章に埋め込まれている生命石には、そんな力は残っていない。
あれは紛れもなく。

「殺して奪った心臓だ」
「そうよ」

ライラはあっさりと認めた。握りしめていた手の平を開いて、赤い石が見えるように傾ける。まるで脈打つように光を放つそれは、何故か美しかった。

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