異世界になったこの世界を取り戻す

文戸玲

過去にある現在⑯~再登場~


「アトラス・・・・・・!」

 一斉に身構えた。なんだ,と群衆はどよめいている。

「こいつなの?」

 ベルが唇を噛んでアトラスを睨む。「こいつが黒幕だ」とジャンは答えた。

「そう殺気立たないでください。それとも・・・・・・ここを血の海にしますか? 女子供も,あなたが大切にしている村の人も大勢いますが」

 ベルは肩の力を抜いた。だが,その目は闘志でぎらついていた。

「場所を変えて,まずは話をしましょう。でも,言葉を選んでね。内容によっては,あなたを殺さなければならない」
「ええ,場所を変えましょう。そのほうがいいわ。きっと,あなた残念な判断を下すでしょうね。私がその人を殺したと直接聞いたなら」

 アトラスは無残な肢体のまま放置された長老を見て口の端を上げた。それを笑顔と呼ぶには,あまりにも冷たかった。
 その一言を聞いた途端,近くにいた男の一人がとびかかった。汚い言葉ののしりながら,首元をめがけて腕を伸ばした。その手がアトラスに触れたと思ったが,男の動きが止まった。男と被ってアトラスの表情は見えない。何が起きたのだろうと,いぶかしんでいると,アトラスの周りがどよめいた。そして,逃げるようにして二人から教理をとった。男の背中は徐々に赤色の液体が滲み,広がっていった。刺されたのだ。
 何人かの男が血迷ったかのようにアトラスにとびかかった。「やめて!」と叫ぶベルの声もむなしく,あたりは大乱闘になる様相を呈していた。自分の命を顧みない人々の姿に,弔い合戦の凶器を感じさせた。
 もみあいになるかと覚悟したとき,あたりで突風が巻き起こった。団子のようになった集団が弾き飛ばされ,中央にはアトラスと一人の男が剣を交えて顔を合わせていた。アトラスの表情は追い詰められているものであり,もう一人は不敵な笑みを浮かべていた。「今度はだれ?」もうこれ以上はこりごりだといった様子でベルが言う。でも,その顔は自分にとってこの世で一番安心感をもたらす顔だった。

「じいちゃん!」

 そこに立つ老人に向かって叫んだ。ベルが目を丸くして見比べている。老人は「遅くなったのう」と親指を立ててウィンクをした。

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