異世界になったこの世界を取り戻す

文戸玲

過去にある現在⑨~センス~

 有無を言わせずチチカカの脇腹にブローを食らわせた。そのまま右のクロス。武道にたけているという自覚は一切にないし,手ほどきを受けたわけでもないのに体が素直に動く。チチカカの動きを見て,体の使い方が脳みそにインプットされているような感覚だ。
 権を取り出し,振り切る。わずかに髪の毛に触れたが,かろうじてかわされた。さすがに反応速度が速い。と同時に,こちらの打撃には対応するのがいっぱいいっぱいであることも感じ取れた。剣をしまう。

「バカにしてくれるわね。剣をしまっちゃって。それとも,武の心得を今しがた身に着けたとでも? そんなに甘くないわよ。でも,センスはいいわね。接近戦でやりあうなら,剣を使うよりも,ピストルを使うよりも,拳が圧倒的に優れている」

 はあ! と気合を入れたかと思うと,チチカカの周りが別世界のようにゆがんだ。闘志が周りの環境に影響を与えているのだ。

「久しぶりだわ。こんなに興奮するのわ。体が喜んでる。猛ってるわあ。たっぷりといたぶってあげるからね。私を満たしてちょうだい」

 思いっきり打ち込んだボディブローは確実に骨を痛めたはずなのに,まるで何もなかったかのように攻めてきた。心底この境地を楽しみ,相手を痛めつけることに快感を感じている。たとえ自分が傷ついたとしても。
 こいつらは自分たちとは違う。その感覚に鳥肌が立った時,チチカカは攻撃の手を激しくしてきた。

「やるわね。じゃあ,次で決めましょう。楽しかったわ。あの世であの子たちよろしくね。それから,おじいさんにも」

 その言葉に火が付いた。そうだ,ここでやられるとあの子たちは一気に窮地に追い込まれる。ジャンもバーボンで手一杯なのに,こいつを送るわけにはいかない。じいちゃんの居場所もはかせていないじゃないか。
 傾きかけた自分の心をもう一度立て直す。チチカカが全身全霊の拳を向けてきた。腕をしならせ,その拳に拳を交えた。



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