異世界になったこの世界を取り戻す

文戸玲

過去にある現在③~赤と青~


「この村を北に進んだところに,ホープ火山という山がある。やつらの目的は何か知らんが,その山の場所を聞かれた。きっとそこに向かったはずじゃ」

 「北ね。ありがとう」そう言ってさっそく向かおうとすると「待たれよ」と長老に呼び止められた。

「ベルを連れて行くと良い。土地勘はあるし,それにこやつはなかなかやりおる。きっとお役に立てるはずじゃ」

 ベルは胸を張って一度うなずき,よろしくな,と顔にしわを寄せて笑った。その屈託のない笑顔は幼さと妖艶さのどちらも兼ね備えていた。
ベルの反応を見ると,彼女はおそらく事前に長老から話を聞いていたのだろう。どういういきさつでそうなったのかは分からないが,土地勘のある人が付いてきてくれるのはありがたい。それに,たった一晩泊まっただけの旅人が次に取る行動を予測して打ち合わせしている当たりかなり段取りがいい。何か企みがあるとは思いたくはないが,もしかしたら注意する必要もあるのかも知れない。

「じゃあ早速向かおうか。火山っていっても,付いてしまえば中は意外と涼しいんだ。道中少し歩くけど体調に気をつけながら頑張ろう♪」

 ご機嫌そうに歩き始めたベルの後に続いて屋敷を後にした。ミュウはベルに早速なついたようで,肩に乗っかって頬ずりをしている。
 村を出てどれくらい歩いただろうか,火山の入り口は意外なことに登るための傾斜ではなくて,下っていくための緩やかな勾配になっていた。そこから中にはいっていくと,もう少しでとろけてしまうのではないかと思わせる気温がぐっと下がり,風通しも良く乾いた風がじっとりとした素肌を冷ましててくれる。ミュウもやっと過ごしやすい環境にこれたからか,ベルの肩でぐったりとしていた様子はなくなり,前足で気持ち良さそうに毛繕いをしている。

「実はこの奥は長くないんだ。広めの空間が一つあるだけ。驚くぞ~」

 ウキウキした様子でベルは言う。まだまだ続くのかと思っていた自分とバオウはホッと胸をなで下ろしたが,ジャンはきつく口を結んでいた。そうか。この先にジャンと父さんの敵がいるのかも知れない。そう思うと,嫌でも体がこわばってくる。
 初めて碧神の男を見たときのジャンの激昂を思い出す。怒りからあふれるパワーと勢いは思わず後ずさりをしてしまうほどのものだったが,冷静とは言いがたかった。自分に物心がつくまえの出来事。きっとその時もまるで役に立たなかったに違いない。出来れば,自分の手で親の敵を取りたいと思うと自然と肩がこわばってきた。

「人のことを心配したり,欲が出たり・・・・・・,ソラはほんと大変だな」

 ジャンは胸をぽんと叩いた。

「大丈夫だ。安心しろ。おれは冷静だ。ソラも絶対守る。もう二度と,大切な物を失うわけにはいかないんだ」

 たとえこの命に代えても,と呟いたのを聞き逃さなかった。むっとして言い返そうとも思ったが,やめた。ベルは不思議なものを見るような表情でジャンを見つめている。かっこいいとこあるじゃん,と頬を緩めてベルが言うのと,奥から声が響くのが同時だった。

「ずいぶんとのんきなものだな。鈍臭さも何もかも,まるで変わっちゃいねえ。偉そうなこと言ってるが,お前も所詮いつまでも守られる存在だ」

 聞き覚えのなる声が響いてきた。顔色を変えてジャンが駆け出す。そのあとに皆で続いた。薄暗さに目が慣れてきて視界が徐々に明瞭になっている。そこにいたのは,チチカカとあのときの青い髪の男だった。


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