異世界になったこの世界を取り戻す

文戸玲

時空を超えて②~パラレルワールド~


「急に何だって言うのよ? 野蛮ねえ。食べちゃいたいくらい♡」

 赤髪の男は唇を舐めながら剣越しにこちらをみて笑みを浮かべている。

「チチカカ。なぜここにいる・・・・・・!」

 チチカカはこちらの剣を薙ぎ払って,そのまま自分の刀を鞘にしまった。そしてアトラスに語りかけた。

「うーん,記憶にないんだけど,どいつのことを言っちゃってんのかしら? この坊や」
「この世界のチチカカよ。あれはダメだったわね。やられちゃった。治療しようと思ったけど,手遅れだった。この程度の敵にやられるぐらいなら使い物にもならないでしょうし。手を尽くすこともしなかったわ」
「あらあら・・・・・・。もしかして,この子どもにやられたっていうの?」
「手を焼いていたのはあの銀髪の男性よ。ジャンと言ったかしら・・・・・・。彼にとどめを刺されたわ」
「あら~。いい男じゃない。それならこの世界のチチカカも本望だったんじゃない? まさかこのひ弱な子どもにやられたんじゃあねえ。あの色男もやり手のようだけど,やられるほどだったの?」
「別世界から来たあなたの足元には及ばないでしょうね」

 何を言っているんだ。頭が混乱してついていけない。バオウもイライラしているようだ。

「訳の分かんねえこと言ってねえで,何の用だか早く言え。わざわざ組織のトップが何事か言いに来たんだから要件があるんだろうがよ」

 せわしない人ね,と冷笑を浮かべてアトラスは頬に手を当てている。なんだ,この感じ。これまでとは全く雰囲気が違う。悪意に満ちたオーラが体中からあふれ出ている。やっぱり,黒なのか。

「わざわざ私たちがここへ来たのはね・・・・・・」
「なあ,そのペンダント・・・・・・。なぜそれを?」

 アトラスの会話を遮ったのは,正気を取り戻したジャンだった。その顔はひどく困惑している。

「それは・・・・・・時の欠片だろ? なぜそれを・・・・・・。まあいい。それをこっちによこせ」

 目が血走ったジャンに向けて、アトラスはペンダントを外してジャンに見せるようにして突き出した。

「そう,時の欠片よ。この世界には複数の時間軸が存在する。例えば,今あなたたちが殺したヒューゴが死んだこの世界。ヒューゴが殺されずに生きている世界。それらをパラレルワールドと呼びましょう。このペンダントは,そのパラレルワールドを行き来することが出来るものよ」

 何も分からない自分とバオウに言い聞かせるようにして語った。パラレルワールド? 本当にそんなものが存在するのか? もしそんなものが存在して,それを自由に行き来できる人がいるのなら・・・・・・,何ができるのだろう。

 ジャンとバオウは青ざめてアトラスを見ている。アトラスは続けた。

「やっぱり,あなたも訳アリってことね。名前は知っているわ。あなた,死神のジャンね」

 ジャンは一瞬うつむいて何も答えなかった。しかし,ふっと息を吐いて,再び顔を上げた。



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