異世界になったこの世界を取り戻す

文戸玲

偽りのほこら③~命だけは~

「いやだ」

できるだけそっけなく言った。ここで熱くなってはダメだ。できるだけ感情を込めずに突き放す。それが相手をあしらう一番の方法だった。戦いを求めている相手だろうが求愛してくる人だろうがそれは同じことだ。求愛されたことはないのだけれど。
 しかし,対面する相手の体温が徐々に上昇していくのが離れていても分かる。目はぎらぎらと燃え,組んだ腕が盛り上がって欠陥が破裂しそうなまでに太くなっている。何を言っても無駄だ。やるしかない。考えれば,バオウの目的はジャンとやり合うことだ。この目の前にいる貧弱極まりないゴボウのような男とやり合う時間すら惜しいのだ。
 ただ,バオウとやり合いたくないのには訳がある。ヒートアップして見境がなくなるのだ。いや,知っている。こいつはわざと目の前のことに熱中して考えも及ばなかったふりをして一線を超える。単純に人を気付つけるのが好きなのだ。世渡りの上手さは圧倒的で教官からも慕われ,その実力も買われて一目置かれているのだが,凶暴化したバオウの目を知っている人は「あれは人の目じゃない。人を食らう獣の目だ」と口をそろえて言う。一度ターゲットにされたもので学校に来れなくなった者もいる。軽い気持ちで受けたらだめだ。ジャンがいるから死ぬことはないだなんて考えられない。止めに入る隙も無い間にやられて,ジャンが激高する。その状態での戦いを望んでいるという可能性すら考えられる。自分が楽しめる状況になるならなんだって顧みない。ある意味一番恐ろしい相手かもしれない。
 やるなら覚悟を決めなければ。これから何度だってピンチはある。ここで逃げ腰で行けば,それこそどうなるか分からない。やるならできる限りのことをやってみよう。それでも,言おう。やられそうになったら,命だけは乞うのだ。こんなところで,まだ村も出ていないところで絶対死ぬわけにはいかない。自分の人生の主人公は自分だなんてよく言うけど,こんなところで死ぬほど情けない主人公はいない。絶対に死んでたまるか。
 母さんの怒った顔,喜んでくれる顔,厳しく追い込んだトレーニング,剣を教えてくれたじいちゃん。走馬灯のように今までの思い出が駆け巡る。覚悟を決めて剣を手に掛けようとしたとき,後ろから声をかけられた。

「やめるか? 旅」

背筋が凍りついた。鳥肌が立ち,こめかみから汗が流れた。なんだこの雰囲気。振り返ると,ジャンがこちらを見ていた。声の主がジャンだと気付くのに時間がかかった。声色は確かにジャンのものだ。ただ,こんなに冷酷で,凍てつくような声質を投げかけられたことはない。いつも温もりで溢れていた。それが,今は触れたら凍りつきそうなとげが立った言葉を向けている。

「お前,今やる前から負けを覚悟しただろ。命乞いを考えただろ。許しや助けを乞おうとしただろ。負けを覚悟して剣を握っただろ。・・・・・・命を懸けるっていうことを舐めてるのか? そんなやつとは旅ができない。これから先,辛いことや苦しいことがたくさんある。もしかしたらおれの命がお前の行動に関わるときもあるかもしれない。そんな時に,できること精いっぱいしようとしたりしないやつとは一緒に入れない。ここで死んだ方がいいんじゃないのか?」

その目は氷のように冷たかった。

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