異世界になったこの世界を取り戻す

文戸玲

真実を求めて③~日記の中身~

 とうとう明日はこの世を去らなければならない日がきた。自分の死ぬ日が分かるというのも不思議な気持ちじゃのう。もしかしたら,何かの間違いでわしが生き続けることがあるかもしれん。この心の臓がぶり返す可能性もあるんじゃないのかのう。まあ無駄な希望的観測はよそう。とにかく,娘とジャンにこの世界で何が起きようとしているのか,旅の中で見てきたこと,彼らがしなければならないことを伝えることが出来た。この世界を取り戻すためじゃ。これぐらいのことは神様も許してくれるじゃろう。もし許さないというならば,生きてわしに罪を償わせるはずじゃ。それも良いがのう。
 とにかく,この世界では時空を思うままに飛び越えて移動をし,自分の望む未来を作り上げるものがいるのじゃ。
 その者の名はクロノス。
 ただし,やつは名前を変える。隠したり,役所に登録されたものに小細工をするなんて甘っちょろいものではない。過去に戻って,自分の名前を名付け親に変えさせる。それぐらいのことが出来るのじゃ。自分の思うままに歴史を改変し,都合の悪いことや気に喰わないものはこの世から消し去り,今の世界を操作する。生きるべき人は死に,幸せになるべき人の未来が変わる。
 つまりじゃ,この世界は今とは違う,異世界になりつつある。お前が生きていること,母さんが生きていること,これから生まれる子ども,・・・・・・全てが嘘になる。わしはそんなことをして得た幸せは正しいとは思わない。
 この世は,だれかがやり直して都合の良いように作り直すことはできない。だからこそ,本気で喜び,後悔し,感動し,恨み,絶望し,苦しむ。
 じゃが,それこそが人が生きるということではないのか。
 だからこそこの世に美しくて慈しむべきものが溢れるのじゃ。
 この世界を取り戻すのは,ソラ,お前じゃ。わしはこの世界が大好きじゃ。お前ならできる。この世界を取り戻してくれ。


 続きのページをめくりたかったが,それは叶わなかった。どういうことか,この日記はこのページで終わっている。続きはどうして記されていないのか。じいちゃんはどこへ行ったのか。どうして直接伝えずにこの日記を見せて伝えようとしたのか。聞きたいことはたくさんある。そしてこれからのことについても考えた。
 クロノス,と小さくつぶやいた。自分がやるべきことが決まった気がする。どこを向いたら良いか分からなかったコンパスが方向を定めるように,心と身体がはまった気がした。 



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